第25話 魔王様は満月を背に断罪の三日月を担ぎました
太陽が墜ちてくる。
それは、街一つを易々と焼き尽くせる圧倒的超熱量の暴力だ。
空を見上げる人々は、蛇に呑まれることを確信した蛙のように一切を忘れた。
表情も、感情も、思考も、何もかもが真っ白になった。
彼が、彼女が自失して棒立ちになっている中、一人だけ膝を屈する者がいる。
それこそは誰あろう、我が主であった。
絶望したのか。
それとも、悲嘆に暮れたのか。
いいや、そのどちらでもあるものか。
何故ならば、我が主の両手には、長大な刃を誇る大鎌が出現したのだから。
「シェリィ、マリィ、リリィ、街の人々を頼む」
それだけを言い、我が主が一層深く膝を曲げる。
「舞うぞ、インターラプター」
限界まで太ももに力を溜め込んで、我が主が獄炎に染まった空をしかと見上げる。
「――断罪の
そして、飛翔。
ポールウェポンを思わせる長い柄をしっかりと握り締め、我が主が空へと躍る。
余計なことはしない。
ただただ一直線に、迫りくる巨大な火球へと向かって。
その直後を、私も続いていく。
私は彼の使い魔。いついかなる時も、我が主のそばにあるもの。
「我が
我が主が聞く者が私しかいないのにまたしても自分語りを開始する。
本当に、隙あらば自分語りを欠かさないな、この男は。
「だがその一方で、今、俺がこの手に握るのは集団戦闘、もしくは広域殲滅を重視した対魔王兵装。その効果は単純無欠。使用者の魔力を吸い取り、変換し、圧縮し、増幅し、そして解き放つ。ただそれだけの機能しか持ち得ない」
自分語りは淀みなく、スラスラと続いていく。
だが、その声はいつになく張りつめて、遊びで語っているのではないとわかる。
そこでようやく、私は気づいた。
そうか、これはスイッチというか、ルーティンなのだ。
我が主はこれから始まる戦いに没頭するために、意識を切り替えようとしている。
基本、争いごとを好まない我が主は『なりきり』によって己を戦士に変える。
今、こうして続く自分語りも、それをなすために必要不可欠な工程なのだろう。
「刮目せよ。そしてこの刃の名を耳にして、恐怖におののき、打ち震えるがいい」
迫る、迫る、炎と我が主。
あとに続く私までもが、凶暴な熱量を前にジリジリと焼かれ始める。
我が主の黒い甲冑の表面が、煙を上げ始める。
間もなく、炎が主に直撃する。そのタイミングで、我が主が大鎌を振りかぶった。
「これこそは、一切を薙ぎ払い、合切を消し飛ばす死白の一閃」
重厚にして鋭利な大鎌が、円弧の軌道をもってダイナミックに振るわれる。
「――『
出た、クソダサネーミング!
だが名前こそどうしようもないが、行使された大鎌の機能はまぎれもない本物。
その刃より解き放たれた強大なる魔力の波動が、今――、
「な、なにィィィィィィィィィィ――――ッッ!!?」
巨大火球をものの見事に真っ二つにして、サラマンデの度肝を抜いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
結果としては、相殺だった。
我が主の大鎌より放たれた魔力波動と、サラマンデの超巨大火球。
正面からぶつかり合ったそれらは、互いを打ち消し合った。
魔力波動は火球を切り裂いたことで消滅し、裂かれた火球も虚空へと消えた。
ゴゥと、私の耳元で大気が音を立てて激しく荒れ狂う。
ぶつかり合いによる衝撃と熱波の拡散によって、場の空気が乱されたのが原因だ。
無軌道に吹き荒れる暴風が、私の体をどこかに吹き飛ばそうとする。
しかし私とて魔王の使い魔たる身。
これが如きそよ風程度、軽々とかいくぐってみせようではないか。
『とりゃ~~~~!』
翼を羽ばたかせ、風と風との隙間を縫って、私は夜空に大きなカーブを描いた。
着地点は、空中にて静止している我が主の右肩。
今の私にとって他に戻る場所などない。そこは私だけの特等席なのだ。
『無事かい、ロンちゃん』
『無論だ。私を誰だと思っているのだ、我が主』
右肩に足をつけた途端、我が主に案じられてしまった。
それが嬉しくもあり、嬉しいと感じている自分が少し恥ずかしくもあり……。
「ぐ、ぎぎぎぎ……!」
悔しげに歯噛みする声が聞こえる。
眼下、翼を開いた状態でこちらを見上げて厳しく睨みつけるサラマンデがいる。
「その胸に無念を抱えるがいい、サラマンデ・バニングブラス」
蒼白く冴え渡る丸い月を背にして、我が主が大鎌を左肩に担いだ。
「貴様の暴虐など、俺がこの断罪の刃をもって諸共に絶つのみだ」
握る手を介して魔力を注がれた大鎌が、キィンと小さく共鳴する。
ちなみにこの大鎌、本当の銘は『
こちらも相応にアレなネーミングだが、製作者が我が主なので仕方がない。
そう、実は我が主が自らの手で作り上げた魔法具なのである。
『対集団戦闘用広域殲滅型魔法具って、カッコいいと思わない?』
と、いうのが、この鎌を鍛え上げた直接の動機だった。
完成させた後で『あ、これものすごく危ないや』と気づいてお蔵入りしたのだが。
我が主らしいというか、何というか。
ま、こうして役立つときが来たのだから、製造は無駄ではなかったということで。
「……ぅぅぅぅぅぅぅ」
サラマンデが、牙を剥き出しにして低く呻く。
直後、それは私達はおろか街の人々にまで届く大声での絶叫となった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああッ! 何で俺の邪魔をしやがった、てめェェェェェェェェェェェェェェェェ――――ッ!」
迸る憤怒をそのまま声にして、サラマンデが開けた口から炎を吐き出す。
「てめぇのせいで街を焼けなかったじゃねぇか! 人間共が灰になるところを見られなかったじゃねぇか! よくも、よくもよくも、よくもッ! ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
口だけでなく、全身から炎を噴出するサラマンデは、まさしく怒りの権化だった。
変わらない。
この男は、本当に相変わらずだ。
魔王軍四天王の一角――、『火』を司るサラマンデ・バニングブラス。
無類のいくさ好きでありながら武人ではない、性根からして腐り切った男だ。
強い敵と戦うことを好むと同時に、己の炎で弱者を焼くこともまた好む。
武に生きる者の心意気など、この男には微塵もない。
戦うことと焼くことしか意識を向けない、歪んだ嗜好のもとに生きる竜人。
それが、サラマンデという男であった。
『……だが、何故サラマンデがここに?』
ロオシュディアは人類領の辺境。
魔族領からは遠く離れすぎている。サラマンデがここに来る理由がわからない。
『ロンちゃん、それはあとだ。とにかく、今はサラマンデに対処しなきゃ』
『む、そうだな……』
我が主の言う通りだ。
現状、サラマンデをどうにかしなければ、多くの犠牲が出てしまう。
「クソッ! クソクソクソクソクソクソクソクソッ! クソがァ!」
サラマンデは全身に怒りの炎を纏い、我が主へと罵りの言葉を叩きつける。
街への被害を防ぐという意味では、この男は非常にやりやすい。
我が主に対して誰何の声もない。
ただ、我が主を焼き殺す。その目的だけに、頭が支配されている。
強靭な肉体と、圧倒的な火属性の魔力。操る炎は本物のドラゴンをも凌駕する。
出力だけでいえば魔王軍四天王でも最強の男、ではあるが――、頭が残念すぎる。
「やい、てめぇ!」
我が主に指を突きつけてくるサラマンデ。
大きく見開かれた瞳は、私が見てもわかるくらいに充血している。
「てめぇだけは許さねぇぞ! てめぇは、この魔王軍四天王が一人、『火』を司るサラマンデ様の邪魔をしやがったんだ! その罪を俺に焼き殺されてつぐな」
「隙だらけだ」
「え」
我が主が一気に踏み込んで、大鎌を振り下ろす。
切っ先は、寸分の狂いもなくサラマンデの脳天を捕らえ、赤い鱗をブチ抜いた。
上から下へと描かれる、三日月の軌道。
大鎌の一閃が、竜人族の雄たるサラマンデの体を、左右二つに両断する。
断たれた身から、大量の鮮血が空に溢れる。
それは我が主と私を汚し、サラマンデはそのまま地面へと落ちていく。
殺した。勝った。
状況だけを見れば、誰もがそう認識するであろう場面。
しかし我が主はすぐさまその場を離れて『斬禍の三日月』を握り直す。
サラマンデの亡骸が空中に大爆発を起こしたのは、直後のことだ。
爆音は空の果てまで響き渡り、爆光が夜闇を遠ざけて刹那に世界を照らし出す。
そして、立ちこめる黒煙の向こう側、赤く燃え盛る何者かの影が垣間見える。
「……グハッ」
短く笑うその声から、怒りの色は失せていた。
二つに断たれたはずのサラマンデ・バニングブラスが、バサッ、と翼を広げる。
やはり、すでに展開されていたか。
魔王軍四天王にのみ許された、己を自然災害に変えて滅びなき肉体を得る能力。
「これが『
我が主はこれから、不滅の火竜と戦わなければならない。
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