第24話 魔王様は闇に沈みし己の在り方を再確認しました
バーミュル三姉妹、大人気。
「ぁ、あの、もしかして『猛々しい盗人』のシェリィさんですか!?」
「うぉ~、本物のシェリィさんだぜ! スゲェ~! 初めて見たけど、カッケェ!」
「すいません! サ、サインもらえませんか!」
まずは長女のシェリィ。……すごい、囲まれてる。
「はいはい、そんな必死にならないでもいいよ~。サインなら書くからさ~」
シェリィ自身、快く対応するから人だかりはさらに分厚くなるワケで。
で、そんな彼女がいる一方で――、
「は? サイン? 何言ってるのよ。そんなのするワケないでしょ?」
冷たい表情、冷たいまなざし、冷たい声と、冷たい返答。
次女のマリィは姉とは全く正反対の、完全無欠の塩対応を決め込んでいた。
「ああ、カッコいいわ、マリィ先輩……」
「そうよね。あの人の凛とした佇まいに、気高さに満ちた表情、素敵……」
ところがそんな感じで、マリィ遠目に眺めてときめく女性が多いのだ。
どうやらマリィは、男より女に人気が出るタイプらしい。また、すぐそば――、
「ぁ、あの、ぇっとぉ~……、サ、サインなんて言われても、困りますぅ~……」
二人と同じく、自分を囲むファンの群れからサインをせがまれているリリィ。
しかし彼女はそれを受け入れるでもなく拒むでもなく、ただただ困り果てていた。
「くぅ、やっぱ可愛いぜ……、リリィちゃん!」
「わかるぜぇ~、優しくしたくもあり、でもちょっといじめたくもあり……」
困るリリィを囲んでいるのは、そのほとんどが男だった。
うん、これについては『いつも通り』って感じではあるが、でもすごい人気だ。
かくして、温泉を出た途端に大勢のファンに囲まれた三姉妹である。
夜だというのに街のど真ん中で何とも賑やかなことだ。
囲んでいるファンの半分近くが、同業の冒険者であるようだった。
冒険者という生業は、非常に刹那的だ。
そこには、死の危険と大きな浪漫の両方が遍在している。
他の冒険者からすれば、三姉妹のような成功した冒険者は羨望の的なのだろう。
その分、やっかみも多かろうが、それもまた名声の大きさの証でもある。
「…………」
で、三姉妹を人の輪の外から眺めて後方腕組み無関係者ヅラしてるのが我が主だ。
「……おい、何だあいつ。すごい黒いぞ?」
「……バカッ、見るなよ! ああいうのは近寄っちゃダメなんだよ!」
聞こえてる、聞こえてるよ、そこの通りすがりの冒険者諸君。
だが、我が主のスルー力を侮らないでもらいたいモノだ。
ファルードのギルドで日々白いまなざしを向けられ、遠ざけられてきた男だ。
ちょっとやそっとの冷たい視線など、さしたる痛痒にもならない。
え、私?
ものすごく辛いけど?
温泉入って気持ちよくなった直後に、何で冷たい視線を浴びなきゃならんのだ。
体はポカポカあったかいのに、メンタルは冷水ぶっかけられた気分だよ!
「――光と闇」
そして、このタイミングでいつもの発作が始まる我が主。
「もはや俺からおまえ達に教えることは何もない」
おまえ、三姉妹に何か教えてあげたことあったっけ?
「冒険者よ、おまえ達は光の道を往くがいい。……俺は、闇に沈みて陰を往く」
これから一緒にファルードに帰るけどな。
「いと高く羽ばたけ、冒険者よ。共に歩むには、俺はあまりにも穢れすぎた」
これから一緒にファルードに帰るけどなッ!
「陽の当たる道は、俺には眩しすぎる。所詮、俺は邪道の徒。――即ち、
即ち、どういうことだってばよ?
「ゆくぞ、インターラプター。此処よりまた、血塗られし復讐の旅が始まるのだ」
バサァッ、と大きくマントを翻して、我が主が歩き出す。
私は問うた。
『で、どこに行くのだ?』
『本屋さん!』
我が主の声は、とても弾んでいた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
……買ったなぁ、本。
『ンフフフフフフフフフ~~~~♪』
……楽しそうだなぁ、我が主。
『これで燃やされた蔵書の2.4%は揃えられたぞ~』
ちなみにこの男、ファルードでも王都でも、コツコツ本を買い集め続けている。
だがそれでもまだ5%にも届かないとか。……先は長いなぁ。
『まぁ、ボチボチやっていこうよ。ここは人類領だし、わざわざロンちゃんに買いに行ってもらう必要もないからね。ルーグネル戦記の新刊も購入できたし!』
我が主、実にホクホク顔である。
なお、現実の方では相変わらずの無言・無愛想・無表情のままだ。
内心でこれだけ悦に浸りながら無表情を貫けるのは、実は大したものなのでは?
とかちょっと感心していたら――、
『ああ、違うんだよ、ロンちゃん』
『ふむ? 違う、とは……?』
『今の僕が無表情を保ち続けていられるのは、銀仮面のおかげなんだ』
『何ぞそれ?』
『この仮面はね、僕の自作の魔法道具で、着用者を無表情にする効果を持つのさ』
待て、前はそんな機能なかったじゃないか。最初のダンジョンのときとか。
『あのときはただの仮面だったけどね~。でも、何かの拍子で素の表情が出たら困るでしょ? だから改造したんだ。僕がロレンス・アルゲント二世としてのロールプレイに徹するための、僕専用の装備としてね……ッ!』
そんなに力を込めて自慢することか。
何が『ロールプレイに徹するための』だ。現状を見越してたワケでもあるまいに。
『そりゃあ、僕だって予知能力なんてないけどね。でも――』
『でも? 何だ?』
『人類領の来てからのここ一か月は、そんなに悪くないと思ってるよ』
……ふむ。まぁ、そうかもしれないな。
三姉妹との生活も、私としてもひどいと思えることは少ない。今のところはな。
毎日毎夜の添い寝だの、日常的なスキンシップなどは未だ腹立つけど。
それだって彼女達も一線を弁えた上でやってるから、本気で怒るには至らない。
『だが、我が主。私達がここにいる目的は忘れてくれるなよ?』
『それはもちろんだよ。冒険者として名を上げて、その声望と影響力をもって人類側から魔族と戦争をしないよう働きかける。忘れるはずがないさ。それだけは』
我が主の声色はいつになく低く、重かった。
素の状態で主がこんな声を出すなんて、滅多にないことだ。
『戦争だけは起こさせない。……がんばろう、ロンちゃん』
『ああ、そうだな』
丸い月に照らされて、私と主が決意を新たにする。
そうだ、それでこそ我が主だ。
こいつはクソボケロールプレイヤーではあるが、考えなしのバカではないのだ。
「あ、いたわ!」
往来に響き渡る、マリィの声。
道を両側から照らする魔力照明が、走ってくる三姉妹を夜道に浮かび上がらせる。
「はぁ、ふぅ……、もぉ~、どこ行ってたんですかぁ~、ロレンスさん~……」
これ見よがしの女の子走りでリリィが駆け寄ってくる。
「……はぁ、はぁ、はひぃ。疲れましたぁ~」
息も絶え絶えではないか……。
汗にまみれてしっかり上気した肌に、濡れた唇と激しく乱れた息遣い。
極めつけに、呼吸のたびに大きな胸がタプンと揺れる。
ちょっと走った程度でどうしてこうもエロくなれるのだ、このピンク色の三女は。
「ロレンス君ってば、いつの間にかいなくなってたから、探したよ~?」
一方で、こっちは微塵も息を乱さず、余裕を保っているシェリィも来た。
三人は人だかりから脱してきたようで、三方から囲うように我が主の前に立つ。
「どこをほっつき歩いてたのよ、もう」
真ん中には、腕組みをして細い肩をいからせているマリィ。
その右にシェリィ、左にはリリィ。三人そろって、こっちをジッと見つめてくる。
「……虚ろを満たせ、夢見し者のいさおしよ。語り部は綴る、勇ましき詩を」
そして我が主の返しが、それである。
マリィが一瞬キョトンとなって、だが、すぐに『ああ』と納得した顔になった。
「また本を買ってきたの? 本当に好きよね、ロレンス」
「仕事がないときはしょっちゅう読んでるモンね~」
シェリィもうんうんうなずいて、マリィに同調した。
ロレンス言語の通訳がすっかりと身についてしまっているのが、何だかウケる。
「そういえばぁ、あそこに本屋さんがありますねぇ~」
リリィが指さしたのは、まさしくついさっき我が主が本を買った店だった。
もう閉めるらしく、店主が出てきて色々片付け始めている。
「もぉ、それならそうと一言だけでも言ってほしかったわ」
「それは無茶じゃないかな~、マリィ。物理的に隔てられてたワケだしね」
「姉さん、でも……」
シェリィになだめられながらも、マリィはどこか不服そうだ。
だがそこで我が主、
「おまえ達に、これを」
「何ですぅ~?」
我が主が差し出したものを、リリィが顔を近づけて見やる。
布製の小さな袋が三つ。それを、我が主は三人にそれぞれ一つずつ渡していった。
三姉妹は、己の手の中にある袋に目を落とす。
私は感づいていた。三人の顔にほんのりと表れている、確かな期待の色を。
「……開けていいの?」
シェリィに問われ、我が主が無言でうなずく。
最初に袋を開けたのはリリィだった。
「――わぁ」
袋に入っていたものは、彼女の奉ずる教会で流通しているホーリーシンボルだ。
銀色のチェーンが絡められたネックレス型で、赤い宝石があしらわれている。
「
「い、いいんですかぁ……?」
「高価なものではない」
言葉少なに、我が主はリリィに受け取るよう促す。
彼女は驚き九割の顔で、手の中のそれを首にかける。とてもよく似合っていた。
「こっちは、ブレスレット……?」
マリィが袋の中身を確認する。
それは、やや灰色がかった銀色の素材に『火竜の涙石』がはめ込まれた腕輪だ。
「不活性ミスリル銀を用いたブレスレットだ。不活性ミスリルは武器に使うには強度が足りないが、属性魔法を強化する魔法具に用いる場合、強化倍率を高める性質を持つ。これを装備すれば、火属性魔法の効果が少しなりとも上昇するだろう」
「ロレンス……」
ブレスレットをギュッと両手で胸に抱え込んで、マリィは言葉を失った。
「不活性ミスリルは武器に加工することができない安物だ。こちらも高くはない」
「ぅ、うん。ありがとう……」
別に値段のことなどマリィは気にしていないだろうが、我が主が律儀に説明する。
「わっほぉ~、これはすごいな~!」
シェリィがこれ以上ないほどにはしゃいでいる。
彼女に渡した袋の中に入っていたのは、一振りのダガーだった。
柄の部分に少し大きめの『火竜の涙石』が埋め込まれた片刃のダガーで、何よりも目を引くのが、刀身全体に走る鋼色の濃淡からなる見事なマーブル模様である。
ダマスカス鋼、という特殊な構造をした積層鋼らしい。
「ヴェガント火山で産出される鋼鉄を素材に使っているダガーだ。魔剣としての機能を持ち、刃に高熱を帯びさせることができる。おまえならば上手く使えるだろう」
「いいの? いいの? もらっちゃっていいの!?」
「無論」
我が主がうなずく。
あのダガー、確かに魔剣ではあるが、魔剣としての質はそこまで高くはない。
しかし、シェリィにとってはどれほどの価値になるやら。
彼女の輝く瞳と歓喜に満ちた笑顔を見れば、窺い知れるというものだ。
せっかくだから三姉妹に何か贈り物をしよう。
それを言い出したのは、我が主であった。
本屋の隣にある冒険者向けの武具店に気づいたのが、そのきっかけだ。
確かに、今日まで私達は三姉妹に世話になりっぱなしだ。何かお礼は必要だろう。
と、私も賛同した。
そう、賛同したのだ。特に反対することもなく、腹を立てることもせずに。
「あー! インターラプターちゃんも足に指輪はめてる~!」
チィッ! シェリィに気づかれた!
ああ、そうだとも。
私とて受け取ったさ、我が主からの贈り物をな!
それが、この白カラスの私の右足にはめられた『火竜の涙石』の指輪だ!
おまえ達三人が受け取るよりも先に、私が、この私がいの一番に贈られたんだよ!
我が主はとんだすっとぼけ野郎だが決して朴念仁ではない。
こんな風に気の利いたことだってできるんだぞ。すごいんだぞ、えらいんだぞ!
「わぁ、わぁ~、みんなでお揃いですぅ~……」
「…………」
「ウヒヒヒヒヒヒヒヒ、サプライズなんてロレンス君ったら、もぉ~、もぉ~!」
花の如く笑顔を咲かせるリリィ。
一切の動きを止めるほどの感激に見舞われているマリィ。
そして、変な笑い方をしながら我が主の肩をバシバシ叩いてくるシェリィ。
まさに三者三様、三姉妹。
しかし、ここまで喜んでもらえるとさすがに気分がいいな、我が主よ。
見ろ、我が主。
三姉妹の喜びが伝播したかの如く、空があんなにも明るく――、え、何で明るく?
「グハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!」
それは、絶対に聞こえるはずのない笑い声だった。
いや、聞こえてはいけない声だ。在ってはならない声だ。だって、だって……ッ!
「……ぇ、太、陽?」
私の耳に届く、全く色を欠いたシェリィの呟き。
明るい。
空が明るい。滅法明るい。
月の隣に、月も、星も、夜の闇も消し飛ばすくらいの輝きを放つものがあるから。
それはシェリィの言う通り、太陽にしか見えなかった。
だが、太陽であるはずがない。
火球だ。それも太陽に見まごうばかりのサイズと輝度を持つ、超巨大火球。
そしてその火球のすぐ下には、見覚えのある赤い鱗の竜人の姿。
『――サラマンデ・バニングブラス!』
宙を舞い、夜を薙ぎ倒す超巨大火球を掲げる竜人が高らかに笑う。
「グハハハハハハハッ! 焼き尽くされちまえよ、人間共ォ――――ッ!」
ヴェガントの街めがけて、焦熱の大火球が撃ち放たれた。
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