第23話 魔王様は三姉妹と裸の付き合いをしました

 夜。

 ふと見上げれば空に月。そして瞬く星々。


 月は大きく丸く、今宵は満月。

 かすかに流れる雲が月明りに影となり、朧を作ってそこに幻想を醸し出す。


 風流に浸る私の目の前を、白く流れていくものがある。

 雲、ではない。それは湯気だった。


「ねぇ~、ロレンスく~ん?」

「こっちに来ましょうよぉ~、ロレンスさぁ~ん」


 聞こえてくる、長女と三女の甘えた声。


「バカ言ってんじゃないわよ、二人ともッ! ロレンス、あっち向いててよ!」


 一方で、対極的に怒気と羞恥に満ちた次女の声。


「…………」


 我が主は相変わらず無言、無表情のクールキャラを貫いている。

 ただ、その顔は汗に濡れている。


 焦っている、というのはあるだろうが、それが表に出てしまったワケではない。

 単に体が熱を持ち、汗が噴き出しているだけに過ぎない。


 ま、そりゃそうよな。

 だって我が主、今現在、露天風呂に浸かっているワケであるからして。


 ……混浴のな!



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 時をさかのぼること、半日前。


「エルダーンで『対魔王軍』を議題にした国際会議、ねぇ~」


 ファルード行きの馬車の中、シェリィがそれを口にする。

 それは、ザルツェンバーグ侯爵から入手した情報だ。

 侯爵が激務に追われていた理由が、どうやら国際会議に向けた準備らしかった。


 この国際会議には、人類領の主だった国が全て参加するという。

 それは、ここ七十年で一度もなかった、人類領全体にまたがる歴史的イベントだ。


 だが、それが開催されることになったきっかけは魔王軍の侵攻ではない。

 それはまだ二年近く先の話。


 今回の国際会議のきっかけになったのは、我が主の大チョンボである。

 あれ、何か『大戦布告』とか名付けられて、ものすごい影響が出てしまっている。


「七十年ぶりの魔王軍侵攻に向けた協力体制の構築と、対策の話し合い、か……」


 呟いて、マリィも何事かを深く考えている。

 その隣に座るリリィも、同じように何かを思案し続けている。


 この気配、三姉妹はエルダーンに行くつもり、か?

 もしそうだとしたら、私は心の底から御免被りたいのだが。


 いやぁ、早いって。

 いくら何でも展開が早すぎるよ。


 一年後に開催とかであれば、まだ受け入れられる。

 我が主の目的は、人魔の間で起きるであろう戦争を回避することだからして。


 当然、人類領全体を巻き込む話にはなるだろう。

 それは織り込み済みで、だからこそ自由度の高い冒険者をやっているワケなのだ。


 高ランクの冒険者は、身分を越えて様々な分野に影響を与えやすい。

 我が主の狙いもまさにそこにある。


 ……と、思いたい。いや、思う。うん。そのはずだ。うん。


 最近の我が主を見るに、趣味に突っ走りすぎてる感がどうしても否めないけど。

 それでも、本来の目的は忘れていないとは思う。


 とんだクソボケ野郎ではあるものの、それでも私はこいつの志を信じている。

 私が知る限り、我が主は他に類を見ないレベルの甘ちゃんなのだから。


 しかし、国際会議か。

 勘弁してもらえんかな~。さすがに展開早すぎてついていけんて……。


「うん、行こっか、エルダーン」


 私が抱いたはかない願いも、シェリィのその一言によってあえなく打ち砕かれた。


「世界中からお偉いさんが集まるなら、何かいい話が聞けるかもしれないしね~」

「『教団』も動くかもしれない……。いえ、間違いなく動くわ」

「だったらぁ、エルダーンで何か事件が起こるかもしれないですよねぇ~……」


 三姉妹が口々にエルダーンへと向かう根拠を告げていく。

 そして、中でもリリィが言ったそれは、我が主としても無視できるものではない。


 ―――『教団』、いや、『結社』。


 我が主の『設定』のおかげでややこしいことになっているが、連中は明確に敵だ。

 魔王崇拝者の組織など、我が主の目的からすれば相容れられる相手ではない。


 だが『大戦布告』を契機にして『結社』も活動を活発化させる気配を見せている。

 そこに開催される国際会議。


 連中からすれば、それはまさしく格好の標的だろう。

 これは、どうやらエルダーンに向かう以外の選択肢はなさそうだ。


「ロレンス君。ってなワケで、エルダーンに行こうと思うけど、どうかな~?」


 ずっと黙りこくっていた我が主へ、シェリィがお伺いを立てる。


「……うむ」


 我が主は一言、それだけでうなずいて終わる。

 なお、その本心――、


『…………ぎぼぢゎるぃ』


 私以外の乗り物に乗ると、こいつはこうなるのであった。


「ん。ロレンス君もやる気みたいだね。よきかなよきかな!」


 シェリィもうなずき返して微笑むのだが、どんな解釈をしたらそうなる?

 まぁ、こっちが何もせずとも話が進むのは楽だからいいけど……。


「じゃあ、ファルードに帰る前にちょっと寄り道して英気を養おっか?」


 そして彼女がそんなことを言い出した。

 まさかその寄り道が混浴の温泉だなんて、このときには知る由もない私であった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 チャプン。

 すぐそばで水が跳ねる音がする。


「はぁ~、気持ちいいね~……」


 シェリィがわざわざ湯からスラリと長い生足を突き出し、濡れた肌を手で撫でる。

 そしてチラリと我が主を見る。これ見よがしの露骨なお誘いである。


「本当にぃ~、体がポカポカになりますねぇ~……、はわぁ……」


 頬を上気させたリリィが、いつも以上にとろけた声を出す。

 湯に浸かる彼女だが、その豊かな乳房の上半分がしっかりと覗いている。


 彼女はシェリィとは違ってこっちを意識していない。ように見える。

 何とも無防備に映るのだが、これは天然か? それとも天然を装ったお誘いか?


「信じられないわ……。本当に、信じられない……」


 ずっとブツブツ言い続けているのがマリィだった。

 彼女はただ一人、我が主に背を向けている。

 こっちから見えるのは後ろ姿でどんな表情かわからないが、耳は真っ赤だ。


 だが、そんなマリィだが、全裸だ。

 温泉に入るのに布で体を覆うなんて無粋、なんて言っていた。


 なのにこの現状は何だ、おまえ。

 今のその態度、実は単なる誘い受けなのではないか?


 ちなみに、我が主は腰を布で覆って温泉に入っている。

 その隣で白カラスの姿をした私も湯に浸かっている。ほあぁ~、気持ちええ。


「ここぉ、いいところですよねぇ~」


 いつの間にか我が主に近寄っていたリリィが、話しかけてきた。


「ここはヴェガントっていう温泉街でぇ~、あっちの方におっきな火山があってぇ、そこの地熱を利用した温泉なんですぅ。リリィ達も時々寄ったりするんですぅ~」


 彼女は火山がある方向を思いっきり指さすのだが――、あの、おっぱい。

 そんなに身を乗り出したら、おっぱい見えちゃいますけど~? いいんですか~?


「火山にはぁ、結構おっきなダンジョンがあってェぇ~」


 しかし、リリィは自分の状況に気づいた様子もなく、説明を続けている。

 彼女のいる一は我が主のすぐそばで、湯に濡れたリリィの柔肌はすぐそばである。


 しかも説明に集中しているため、水面からはみ出す乳房に気づいていない。

 大きく丸みを帯びた豊かな乳房の上を、水滴が伝い落ちていく。


 何なの、この子。

 何でこんなに無防備なの? え、実は故意? 全部、計算の上での行動……?


 我が主も股間にデバフかけつつ、チラチラ覗き見するんじゃありません!

 このムッツリが、実はおっぱい派であることを知っているのは私だけでいいのッ!


「ほらほら~、マリィもこっち来なってぇ~」

「ちょ、姉さん! そんな、引っ張らないでよ……!」


 バシャバシャ水を跳ねさせつつ、シェリィがマリィの手を掴んで引っ張ってきた。

 うおおおおお、シェリィが隠す気皆無で迫ってくるゥゥゥゥゥゥッ!


 リリィなど問題にならないレベルで、むしろ誇る勢いで、彼女は全てを見せた。

 ほどよい朱色に染まった張りのある肌に、細い肩、薄く割れた腹筋。


 三女に比べれば大きさは及ばないながらも、上向いた乳房は非常に形がよい。

 くびれた腰から尻へ繋がる曲線は実に滑らかで、そこには確かな『美』が宿る。


 何よりも、バランス。

 均整がとれた、という言葉では言い表しきれない、黄金比を感じさせるその肉体。


 芸術家が生涯を賭して造り上げた一大傑作たる神像。

 シェリィの裸体にそんなイメージを抱き――、あ、我が主のデバフが強まった。


「リリィが左側だから~、あたしは右側も~らいっと! エヘヘヘ~!」


 子供みたいに笑って、シェリィが我が主の右腕にガバッとすがりつく。

 そうなると当然、おっぱいが当たって我が主の股間デバフがさらに重なっていく。


「……冗談じゃないわよ」


 最後に、マリィが我が主の後ろに回る。

 彼女だけは、シェリィのように自らを誇らず、リリィのように無防備でもない。


 我が主に自らの姿を見られまいと、わざわざ主の背後に回っている。

 だがマリィよ、私を欺けると思うなよ?

 貴様、我が主の背中に思いっきり自分のおっぱいを押しつけているだろう?


「絶対にこっち向かないでよね、ロレンス……」


 言いつつ、マリィは我が主の胴に腕を回す。抱きついてんじゃねーよ。

 こいつ、三姉妹の中ではおっぱいこそ一番小さいが、この態度がとにかく小癪ッ!


 十分以上に魅力的な肢体を密着させて、耳元で囁かれる反発的な言動。

 恥ずかしさと照れによるウィスパーボイスが、我が主の脳みそを破壊しにかかる。


 行動と態度の矛盾という、狙ってやってるとしか思えないギャップ戦術。

 案の定、我が主の股間デバフがさらに激しさを増した。


「う~~ん、ここまでやってもダメかぁ~、さすがはロレンス君だね~」


 シェリィが、ニヒヒと笑う。

 何という女だ。温泉で我が主の油断を誘っておいて、理性を壊しにかかるとは。


「――勘違いをするな」


 と、ここで初めて、我が主が口を開いた。


「おまえ達は、皆、美しい。だが、その輝きは今の俺が手を出してよいものではない。俺は光に焦がれども、光を己の腕に抱けるほど清廉な男ではない……」


 意訳『みんな魅力的だけど自分はヘタレなので手を出せません』。

 しかし、我が主が私以外の女を褒めるのは、やっぱりムカつくなぁ、何か。


「……今の俺、か」


 我が主の言葉をゆっくりと咀嚼して、シェリィが笑みを深める。


「うん、当面はそれでいいかな」


 何かに納得したように、彼女はうなずく。

 が、これは『当面はそれでいいかな(こっちは攻め手は緩めないけど)』だぞ。


「それにしても、ロレンス……」


 後ろから我が主に抱きついているマリィが、気づいたように言い出す。


「すごい傷跡ね。背中にも、肩にも……」

「そうですよねぇ~、腕にも幾つも傷跡がありますよぅ~」

「ロレンス君の裸は初めて見るけど、これは圧倒されるね……」


 三姉妹が指摘する、我が主の全身に刻まれた無数の傷跡。

 小さいものから大きいものまで、斬られた傷から穿たれた傷まで、とにかく多い。


「憐憫は無用だ。この傷はいわば俺という存在に刻まれた歴史そのもの。この傷の数だけ、俺は何かを得て何かを失ってきた。だが魔王を倒すその日まで、俺は戦い続ける。どれだけ傷つき、どれだけ失おうとも、俺は復讐を完遂し、勝利を手に入れる」

「うん、そうだね……」


 ゆっくりと月を見上げる我が主に、シェリィが静かに寄り添った。


「勝とう、絶対。あたし達も手伝うから、魔王を倒そうね」

「ええ、ロレンスは負けないわ」


 マリィもそれに同調し、しっかりと我が主を抱擁する。


「リリィ達も手伝いますからぁ~!」


 最後にリリィが決意を述べ、シェリィと同じように反対側から我が主に寄り添う。

 そして四人は、魔王打倒という目的に向かい、改めて心を一つにした。


 ――まぁ、その傷跡、全部『多重幻覚ハルシネイト』なんだけどな!



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 同時刻、ヴェガント火山、火口。


「ふぃぃ~、いい湯だぜェ~!」


 魔王軍四天王の一人サラマンデが、溶岩風呂に浸かって英気を養っている。

 彼は『火』を司るだけあって、無類の溶岩風呂好きだ。


 大陸中の火山を巡っては、火口で溶岩に飛び込んで入り心地をレビューしている。

 今回は、なかなかの浸かり心地だ。百点中七十点はやってもいいだろう。


「いくさ働きの前にゃあ、体を清めておかんとなぁ~」


 とは言うものの、サラマンデは本気で人類に戦争を仕掛ける気はなかった。

 彼はバトルマニアでウォーモンガーだが、別にバーサーカーではない。


 戦争には準備が不可欠であることは重々理解している。

 それでもこうして人類領にやってきたのは、単純にストレスを発散するためだ。


 七十年前の前戦争。

 惜しいところまで行きながら、結局は人類に敗北した。


 その責任を先代魔王に押しつける気はない。

 自分の負けは素直に受け入れられる。サラマンデはそれができる男だった。


 ただ、戦えないという状況に対しては、不満を募らせるしかなかった。

 あのディギディオンという腰抜けが魔王となって以来、その不満は高まり続けた。


 長年蓄積したこのストレス。

 それさえ発散できれば、以降はファムティリアに従うつもりでいる。

 彼女であれば、自分の望む方向にコトを進めてくれる。


「このムカつきも、街の一つでも焼き尽くしてやれば収まるかねぇ」


 白熱する溶岩で顔を洗ったサラマンデが、軽く一息つく。

 ちょうどよいことに、火山のすぐ近くにそこそこの大きさの人間共の街がある。


 本当にちょうどいい。

 溶岩風呂のおかげで心身共に十分あったまっている。


「一人残らず、骨まで灰にしてやるよ、人間共」


 竜人族の雄は、牙を剥き出しにしてほくそ笑むのであった。

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