第19話 魔王様は伝家の宝刀を抜き放ちました

 上、下、右、左、何か斜め、何か斜め、何か斜め! 何かすごい斜め!

 揺れる揺れる、派手に揺れる。うおわわわわッ!


「きゃあッ!」

「た、立ってられませぇ~ん!」

「これは、ちょっと辛いかな~……?」


 マリィとリリィが堪えきれずに膝を折り、シェリィもその場に何とか踏ん張る。

 長女のみ堪えられているのは、体幹の鍛え方が違うからだろう。


 しかし、それでも踏ん張るのが精いっぱい。

 揺れはあまりにも大規模で、見るからに重い石の長椅子がひっくり返って砕ける。


 我が主も何とか倒れてはいない。

 顔をやや上に向けて、そこに浮いている陽気な女を睨みつけている。


「ニャッハハ~ハハァ~♪」


 震え続ける地下礼拝堂の天井近く、そこに浮遊して陽気に笑う女がいる。

 裸体に骨のドレスを纏う、血の色の髪をした魔王崇拝者アンナだ。


「いいこと教えてあげるよ~。実はここ、侯爵家の直下にあるんだよね~」


 侯爵の屋敷の真下に、この地下礼拝堂が……?


「ここが崩壊したら、真上の屋敷はどうなっちゃうかな~? どうなると思う~?」


 な……ッ!

 この女、なんてことを考えているのだ。


 私達がいる地下礼拝堂は、かなりの広さがある。

 ここが崩壊すれば、上の屋敷とて間違いなく無事では済まない。巻き込まれる。


「屋敷には多くの使用人がいるよね~」


 アンナが、ニッコリと無邪気に笑う。


「さて、この礼拝堂の崩壊で、一体何人死ぬだろうねぇ~?」

「ふざけんじゃ、ないわよ!」


 何とか踏ん張って立ち上がったマリィが、アンナに向かって火弾を放つ。


「ふふ~ん♪」


 しかしアンナは動かない。

 代わりに、纏う骨のドレスの片腕が動き出して、その指先から魔力を迸らせる。

 マリィが放った火弾は、あっさりと虚空に消失してしまった。


「その程度の魔法じゃ、ぼくには触れることもできないよ~?」

「この……ッ!」


 余裕綽々のアンナに、マリィは悔しげに唇を噛んだ。


「まぁまぁ、観念して死んじゃってよ。お三人さん、この国じゃ有名人なんでしょ~? 今はね、そういう有名人のむごたらしい死に様が必要な時期なんだよね~」


 ワケのわからないことを言って、アンナがケラケラ笑い出す。

 それは明らかに周りの人間を煽り立てるもので、私も結構ムカついてきている。


「……影より来たりて、陰へと還りゆくものよ」


 だが、そんなアンナに水を差したのが、我が主だった。


「『結社』は闇に沈み陰に在ることを是とする組織のはずだ。それが、ここまで規模の大きな事態を自ら引き起こそうとするとは、少し違和感があるようにも思うが」

「はぁ~~~~ん?」


 アンナが、我が主を上から露骨に見下してくる。


「何だい、変な格好した変なカラスを従えた変なヤツだと思ってたら、存外鋭いね」


 うん、そうだよな、やっぱり我が主は変な格好してるよな。私は変じゃないが。


「ま、確かにね~、ウチは長年コソコソ隠れながら存続してきたけど、それもここまでさ。雌伏のときは終わったんだよ。ここからは……、そう、ここからは――」


 アンナが、言葉の途中で急に両腕で自らを抱きしめて体を縮こまらせる。

 そして、全身をブルブルと震わせ始めたかと思うと、


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 魔王ォォォォォォォ様ァァァァァァァァ――――ッ!」


 手足をバッと広げて、我が主を称え始めた。


「はぁ~、やっと、やっとぼく達『結社』があなた様のお役に立てる日が来るのです、魔王様! ディギディオン・ガレニウス様! やっと、やっとです! ずっとずっとこの日を待っていました! 魔王様! ディギディオン様ァ――――ッ!」


 その顔を歓喜に歪ませ、惜しげもなく涙を流して、頬は真っ赤に上気させて。

 ヤベェ、こいつ真性の魔王フリークだ。と、私は確信するに至る。


『ほら見ろよ、魔王ガチ恋勢だぞ。気分はどうだ、我が主』

『……勘弁してくれないかな』


 魔王への愛を炸裂させるアンナを前に、私と我が主は凪のような心持ちになった。


「もう隠れる必要なんてないね! 魔王様は間もなく人の世を蹂躙すべく動き出すのだから! 来たるべきとき、ぼく達はかの方の手足となって存分に働くのさ~!」


 あ~あ、そういうことかぁ~。察しちゃったぞ、私。


『どうするんだ、我が主。これ完全に、おまえのやらかしが原因だぞ』

『そうみたい、だねぇ……』


 人類最大国家でやらかした、我が主の対人類宣戦布告(その気はない)。

 アレが『結社』を動かすきっかけになってしまったのだな、これは……。


『それなら、仕方がない』


 我が主の念話に、そこはかとなくにじむ決意の響き。


「責任はとる」


 我が主が右手を掲げると、その手に自分よりも巨大な漆黒の超重剣が現れる。


「これぞ我が愛刀『覇極天殺超黒神剣アルティメイタル・ブラックゴッド・バスターソードMURAMASA/タイプ参式』」


 ダ、ダセェ……!

 おまえ、魔王家に伝わる由緒正しい宝剣に、何というバチ当たりな名前を!?


「天地万物に絶てぬものなし。之、まさしく絶対なりし断絶の一振り也」


 我が主が、クソダサネームの超デカ魔剣を演劇風味に大きく構えビシッとキメる。


「ハッ、アハハハハハハハハ、アハハハハハハ! 何なのかな、その変なデッカイ武器。こんな場面でそんなもの出して、一体どうしようっていうのかなァ~!?」


 アンナが、空中で腹を抱えて爆笑した。

 変な武器扱いは不憫なことこの上ないが、本来は代々の魔王が愛用した品である。


 真の銘は『人喰い鋼牙マンティコア』。

 数多の人間の命をその刃に吸い続けたことで『万象破断』の能力を得た魔剣だ。


 我が主が言っていた『絶てぬものなし』という部分については、偽りはない。

 つまり――、


「こうするのだ」


 我が主が、逆手に持ち替えた『人喰い鋼牙』を床に深く突き立てる。

 それだけで、地下礼拝堂の揺れがピタリと収まった。


「…………は?」


 両手で腹を抱えた格好のまま、アンナが固まる。

 突き立てられた魔剣の切っ先が彼女の魔法のみを断絶し、揺れを消したのである。

 そして、我が主はアンナが見せた隙を見逃すほど甘くはない。


「舞え、インターラプター」


 我が主に命じられ、白カラスの私は翼を広げてアンナへと突撃する。


「何だよ、このカラス!」


 それに瞬時に呼応して、骨のドレスが何本か腕を伸ばしてくる。

 だが遅い、私は骨の腕をスルリとかわし、そのままアンナのすぐ横を通り過ぎた。


「……え?」


 アンナは気の抜けた声を出して、攻撃せずに終えた私をその目で追う。

 実に愚かしい反応だ。

 本命は、すでに動き出しているというのに。


「もらったよ」


 という声がする。アンナのすぐ耳元でのことだ。

 彼女は、驚きの表情をもって声のした方を振り向こうとして、動きが止まる。


 そのときにはとっくに、長剣を振り上げたシェリィが間合いを詰めていたからだ。

 さすがは『猛々しい盗人』。

 物言わずともこちらの意図を読み切ってくれた。


「う、ぁ……」


 固まるアンナへ、跳躍、空中、肉迫。そして、一閃。

 Sランク冒険者が全力を振り絞った斬撃が、魔王崇拝者の脳天に振り下ろされる。


「う、ああああああああああああああああああああああああああッ!?」


 悲鳴でしかない絶叫を響かせ、アンナの姿がパッとその場から消える。

 宙を舞う潰された紙切れが、シェリィの刃に切り裂かれた。それは生還符だった。


「逃がしたか~、残念」


 軽やかに石畳に着地したシェリィが、剣を鞘に納めて髪を掻く。

 生還符が使えたということは、この礼拝堂は小規模なダンジョンだったらしい。


『追えるか、我が主?』

『難しいかな。転移した先を探ることはできるけど、他の逃亡手段も万端でしょ』


 まぁ、そうだろうな。

 あのアンナとかいう女、軽薄そうに見えて即座に逃げを打った判断力は侮れない。

 今頃は馬か馬車でも使って、より遠くへ逃げているだろうな。


「終わったのね」


 この一件に終幕を告げたのは、マリィのその一言だった。

 クソふざけた殺害予告から始まった今回の依頼。


 蓋を開けてみれば護衛初日に事件が終わるという、超スピード決着ではあった。

 しかし、その裏に潜んでいたものは魔王崇拝者。そして『結社』。


 私と我が主にとっては、今後確実に悩みの種になるであろう存在であった。

 人魔の開戦を阻止するという目的を考えれば、大きな障害になることは必至。


 しかも『結社』が動き出したきっかけが、我が主の盛大なやらかしが原因とかね。

 全く、頭痛の種ばかりが増えていく。冗談じゃないぞ、ホント。


「ぅ、ん……」


 眠らされたままのリュミアーナが、小さな呻き声を漏らす。

 彼女は、魔王崇拝者ではあった。


 だが、アンナの言葉を借りればまだまだ体験学習中だった。

 アンナが連れ帰らなかったのも、放置しても構わない程度の小物だったからか。


「そういえば、動機も聞かせてもらわないといけないね」


 リュミアーナに目をやりながら、シェリィが小さく呟いた。

 ザルツェンバーグ侯爵に恥をかかせる。


 それを語ったのは本人ではなくアンナだが、そこにきっと偽りはない。

 侯爵令嬢は何故それを目的としたのか、私達は明らかにしなければならない。


 そうすることで、ようやく今回の一件は本当の意味でカタがつく。

 やっと、というには展開が早すぎたが、それでも言わせてもらうとしよう。


 ――やっと終わった。

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