第18話 魔王様は自らの死を予感させました
戦いは終わった。
リュミアーナを無力化することもできた。
しかし、事件はまだ終わっていない。
結局、リュミアーナが事件を起こした動機も全く不明のままだ。
眠ったままのリュミアーナは、ひとまずシェリィがロープで拘束する。
魔力の源を失った以上、この少女にできることは何もないだろうが警戒は必要だ。
「……あのぉ、ロレンスさぁん?」
リュミアーナの状態を確認し終えたリリィが、我が主へ呼びかける。
その顔つきは、どこか思いつめたような感じで、こっちを真っすぐ見据えている。
リリィだけではない。
シェリィとマリィ、三姉妹全員が同じような雰囲気を纏っている。
「どうして『
ぶッ!
それか。よりによって今ここで、それを確認してくるのか!?
「そうよね。私もそこを聞きたいわ。魔王打倒に並ぶ目的なんて、今まで一回も言ったことなかったじゃない。どうして教えてくれなかったのよ?」
マリィが我が主に詰め寄ろうとする。
だが、教えようにも教えられるはずがない。さっき生まれた『設定』だし。
「あたしもマリィと一緒かな」
シェリィも言葉少なに、妹に同調を示す。
その顔は、明らかに不満げな表情を浮かべて、軽く腕組みなどする。
リリィについては、記すまでもあるまい。
三姉妹で最初に尋ねてきたのが彼女だ。その様子は推して知るべし、とだけ。
「…………」
三姉妹に囲まれてしまう我が主。
無言、無表情はいつも通りではあるが、その実、必死に言い訳を考えてます。今。
この男、何か言い訳を考えるときは右手の人差し指をクルクル回す。
出てんだよ、そのクセが。
私しか知らない、必死に言い訳考えてますっていう目印がよォ~。プププ~!
「ロレンス?」
「ロレンス君?」
「ロレンスさぁ~ん?」
三人がズズイと我が主に迫る。
さて、この思わぬ窮地、我が主はどのようにして切り抜けるのか。見ものだな。
「……俺は」
我が主は顔を三姉妹から逸らし、しかし目線だけは三人を見て、口を開く。
「俺は――、『影なる教主』の『
ぶっはァ!!?
ま、待て、我が主! おっま、何を言い出してんだよ、オイ!?
「そんな、し、『魂の形代』って!?」
魔法に最も精通しているマリィが、その顔を真っ青に変えて愕然となる。
「全魔法の中でも特に邪悪とされる『三大禁呪』の一つ。術者が他人を魂を保管するための『魂魄金庫』に改造することで、肉体を不死化させる邪法じゃない!」
「ええッ! 何それ!?」
「ロレンスさんが、そんなぁ……!」
案の定、我が主の爆弾発言は三姉妹の間に激震を走らせた。
成功すれば疑似的な不死を実現させる『魂の形代』。
あれはまさに禁断の魔法で、魔族領じゃ準備だけで即極刑という邪法中の邪法だ。
いくら『設定』だからって、そんなものまで持ち出すのか、おまえは。
私は、我が主を見誤っていた。
まさか自らの『設定』を深堀りするためなら、ここまで無節操になれるとは……。
「『教団』に買われた俺は『福音牧場』で様々な実験の対象となった。その中で判明してしまったのだ。俺の魂の波長が、あの『影なる教主』と合致することが……」
「『魂の形代』を使用できるのは術者と同じ魂を持つ者だけ。でも、それって確率にすれば極々低確率のはずよ。ましてや、そんな大それた相手と同じ魂だなんて」
我が主の説明を、マリィが補足する。
なまじ彼女が知識豊富だけに、我が主の話の説得力が無駄に増していく。
「魂の同一性を知られた俺は『影なる教主』の供物として捧げられた。そして、あの男の影として全身に改造を受けて『魂の形代』にされてしまったのだ」
「待ってよ、ロレンス君。それと『影なる教主』のことをあたし達に教えてくれなかったことと、一体どういう繋がりがあるのかな……?」
シェリィがそこを鋭く指摘する。
隣に立つマリィの切羽詰まった顔を見るに、そっちは事情を察しているようだ。
「『魂の形代』を作った術者は不死身になるのよ、姉さん。それを殺せるのは『魂の形代』にされた本人だけ。……だから、そういうことなんでしょ、ロレンス?」
「…………」
確信をもって問い返すマリィに、我が主は押し黙ることで明言を避ける。
しかし、彼女のまなざしは突き刺すようでいて、だが、その瞳は潤み始めている。
「『魂の形代』は術者にとって己の魂を保管するための存在。つまり、不死身になった術者を殺せる方法はただひとつ。その魂が宿した『魂の形代』自らが死を……」
「マリィ、もういいよ。言わないで、やめて」
シェリィが、マリィの言葉を途中で遮った。
惚れた男が自ら死を選ぶ未来。そんな結末を、誰が耳に入れたいものか。
「ロレンスさんはぁ、魔王を倒したらそうするつもりだったんですかぁ、最初から」
「未だ来たらざる終末。選択肢は数あれど、俺が選ぶべき道は一つだ」
相変わらずの回りくどい言い回しだが、我が主はリリィに肯定の意を返す。
「させません」
それに対して、リリィはきっぱりとそう言い切った。
その瞳に、涙を輝かせて。
「それだけは、絶対にさせませんからね!」
いつもの間延びしたしゃべり方からは想像できない、リリィの力のこもった言葉。
もちろん、彼女だけではない。
「やらせないわよ。やらせてたまるもんですか!」
マリィだって、リリィと同じだ。涙目になっての叫びは、まるっきり咆哮で。
「……ロレンス君が死ぬのは、やだなぁ。うん、やだ」
シェリィだけは変わらぬ口調だが、低くなったその声に必死さが垣間見える。
三姉妹はすがるようにして、あるいは逃がさぬようにして、我が主を抱きしめる。
絶対に死なせてなるものか。
その想いを言葉と表情と行動で表した、力強い三姉妹の抱擁である。
そして――、
『……どうしてこんなことになっちゃったのかな、ロンちゃん』
我が主の本音がこれだよ!
それは、困惑しきった、完全に途方に暮れた我が主からの救援要請だった。
『どうしてもこうしてもないだろ……。何で『魂の形代』とか言っちゃったの?』
と、私からはそう返すしかないのである。
おまえがそんなことを言わなきゃ、こんな展開にはなってなかったんだよ!
『いや、あの、予想外の流れにテンパりすぎちゃって、つい、ね?』
その『つい』で『三大禁呪』を持ち出すバカがどこの世界にいるんだよ……。
『適当に『設定』でも呟いてお茶を濁せばよかったものを……』
『その『設定』が思いつかなくて、ノリと勢いで辻褄を合わせたら、こんなことに』
『反射神経のみで生きてるおまえは実は虫か何かじゃないのか?』
『ひどいよ、ロンちゃん!?』
何言ってんだよ。ひどいのはこの現状の方だろうが!
あ~あ、もう本当にどうするんだ、これ。
ただでさえロレンスにベタ惚れなのに『最後は死ぬ気だった』とか言われてさ。
そんなの、命をかけて守ろうとするに決まっているではないか。
もう、何があっても我が主から離れんぞ、三姉妹。
このバカは、苦しまぎれの思いつきで三人にその決意を固めさせてしまったのだ。
『我が主。とやかくは言わんが、ちゃんと最後まで三姉妹の面倒を見るんだぞ?』
『うん、わかってる。このままにはできないからね……』
『もういっそ三人共娶ってしまえ。どの子もいい子ではないか。なぁ?』
『それはさすがに話が飛躍しすぎだよ、ロンちゃん』
我が主から軽く苦笑する気配が伝わってくる。
まだ三姉妹は我が主を抱きしめたままだが、ひとまず何とか落ち着きそうか。
そう、私が思ったときだった。
「あれあれぇ~? 何これ、思わぬ愁嘆場~?」
聞こえてきたのは、女の声だった。そして、聞き覚えのある声でもあった。
そうか、そうだった。
まだこいつがいたのだと、私はそちらへ振り向く前に思った。
「君は……」
いち早く抱擁を解いたシェリィが再び長剣を鞘から抜いて、声の主へと振り返る。
そこにいたのは、シェリィとは異なる色合いをした赤い髪の女。
リュミアーナの側付きの侍女アンナであった。
「あ~らら、リュミちゃん、とっ捕まっちゃったのね~」
石床の上に転がっているリュミアーナを、アンナは様付けで呼ばなかった。
それは侍女の態度ではない。が、今の彼女は服装からして大きく変わっていた。
裸だった。
アンナはその身に一糸も纏っていなかった。
リュミアーナの部屋ではわからなかったが、随分と女性らしいその肢体。
手足はスラリと長く、豊かな乳房に目立つ腰のくびれ。メリハリのある体型。
惜しげもなく晒されている白い肌。
そして大事な部分だけを隠すようにして、死体が絡みついている。
アンナの肌よりもなお白い、白骨死体である。
乳房を、腰を、際どくも覆っている、二、三人分の白骨が組み合わさった骨細工。
右肩に置かれた白い頭蓋骨の額には、角が生えているのがはっきり見える。
それはまぎれもなく、魔族の頭骨だった。
「……骨のドレス。それは『
「『怪異物』を知ってるんだ? って――」
アンナの目線が口を開いた我が主に移り、直後に近くの床の方へと巡っていく。
そこにあるのは、リュミアーナの『怪異物』の破片だった。
「っちゃ~、せっかく回収に来たのに、壊されたあとか~。これは参った」
額に手を当てて、全然残念じゃなさそうに言うアンナ。
どうやらリュミアーナの『怪異物』を回収しに来たようであるが、ちょっと遅い。
「ま、いっか~。リュミちゃんに貸したの、一番の安物だったし~」
……何? 『貸した』、だと?
「アハ♪」
アンナが一声笑う。すると、その身からジワリと魔力がにじみ出す。
リュミアーナの暴威の如き魔力とは質が違う、空間を侵食するような魔力だ。
「……こ、の魔力ッ!?」
マリィが、驚きと共に息を飲む。
「部屋で感じた『多重幻覚』を作ってた魔力!」
「あ、わっかるぅ~? そうそう。アレやったのリュミちゃんじゃなくてぼく♪」
まさか、それでは……。
「主犯はリュミアーナちゃんじゃなくて、君の方だったんだね」
私が思ったことを代わりに口にしてくれたシェリィに、アンナは肩をすくめる。
「え~? べっつに~? ぼくは侯爵閣下に恥をかかせたいっていう、リュミちゃんのお願いにちょ~っと力を貸してあげただけだし~? 主犯扱いは心外かな~って」
ザルツェンバーグ侯爵に恥をかかせたい。
それが、リュミアーナが今回の一件を画策した理由だというのか。
「でも、どうやら失敗したみたいだね~。ま、仕方がないか。リュミちゃんは憎悪はイイ感じだったけど、魔王様への敬意が薄かったからね~。こんなモンだよね」
アンナに言われて、私はハッとする。
そういえば魔王崇拝者という割に、リュミアーナは魔族への賛美などはなかった。
彼女は、真の意味での魔王崇拝者ではなかった。
本来あるべき姿の魔王崇拝者は、今、目の前にいる骨のドレスを着た女か!
「あ、冒険者の皆様~、リュミちゃんは好きにしていいよ。『怪異物』も回収し損ねちゃったし、魔王崇拝者の体験学習もこれで終わりにするから~」
怖気を掻き立てるような不気味な魔力を放ちながら、だが当人はいたって明るい。
こちらに向かって満面の笑顔でヒラヒラと手を振ってきている。
だが当然ながら、三姉妹はそれに応じなどしない。
シェリィを先頭に置いて、その両脇をマリィとリリィが固めている。
我が主も、一歩前へと進み出た。
「おっと、怖い怖い。ぼくは別に、ここでやり合う気はないんだけどね~」
軽く両手を挙げて非戦アピールするアンナだが、今の三姉妹にそれは通用しない。
「ヘラヘラしてんじゃないわよ、『教団』の手先!」
「あなたは絶対に逃がしませんですよぅ~」
「そうだね。この先のために『影なる教主』の情報、吐いていってもらわなきゃ」
三姉妹がやる気をみなぎらせている。
その隣で直立不動、無表情、無言の我が主が、よく見るとかすかに震えている。
ホント、おまえってヤツは……。
「……きょーだん? ぐる・しぇいだる?」
ほら見ろ、アンナがおめめまん丸、表情ポカ~ン、ではないか!
アンナは魔王崇拝者ではあるだろうが、それ以外は『設定』とは全く関係が――、
「う~ん、ま、いいか。ぼくも早く『結社』に帰らないといけないしね」
…………『結社』?
『『教団』のモデル。っていえばわかる?』
『おい』
聞こえてきた我が主からの念話に、私は即座に噛みついた。
『おまえの『設定』はオリジナルなんじゃないのか? 元ネタありではないか!』
『元ネタじゃないです~。モデルです~!』
『同じだろ!』
『同じじゃないよ! ただの着想元だよ! 僕の『設定』は一次創作だよ!』
一次も二次も私にはわからんし、元ネタとモデルも大差ないわ。
そんなことよりも『教団』の着想元って、もしかして闇深案件ではないのか?
『そうだね、相当ね。『結社』は五百年の歴史を越える魔王崇拝者の団体で、ずっと前から人類社会の歴史の裏側で暗躍し続けてる、本物の『悪の秘密組織』だからね』
何と、そんな連中が存在しているのか、人類領。
脳筋がメイン層を占める魔族領でそこまで考えて活動してる組織、あるかな……。
個人レベルならば、ファムティリアとかが該当するのだろうけどなぁ。
『まさか本物の『結社』の構成員に会えるなんて思ってもみなかったよねッ!』
ちょっと興奮気味に言うのやめろ。こんな場面で妙な好奇心を発揮するな!
「重ねて言うけど、ぼくは戦う気はないよ」
アンナが言うと共に、彼女を覆う骨のドレスの一部が動き出した。
背中に隠れていた左右二本の白骨の腕が淀みない動きで伸びて、それが印を結ぶ。
――瞬間、魔力が大きく弾けた。
「だから、皆さんはここで死んじゃってね~」
そして彼女の笑い声が響き渡る中、地下礼拝堂が突然の衝撃に揺れた。
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