第17話 魔王様は長き戦いに『終止符』を打ちました
リュミアーナの秘密。
と、言われても、私が思ったのは『しょーもな』であった。
『も~、何でもいいから早く終わらせてくれ、我が主』
『あれッ!? 何かロンちゃんが冷たい!』
そりゃあもう、今の私は全身全霊をもって投げやりだぞ。
結局、我が主とリュミアーナの間で繰り広げられた全てが茶番だったワケだしな!
『茶番じゃないよ。僕とリュミアーナさんはお互いのプライドを賭けて『設定』という武器を用いて全力で殴り合ったのさ。それが互角だったっていうだけで――』
『茶番じゃん?』
『何でェェェェェェェェェ~~~~!?』
我が主の情けない悲鳴が、私の乾いた心に深く染み渡る。
こういうちょっと頼りないところもまた、この男の魅力の一つなのだよなぁ……。
そして、それは三姉妹も知らない、私だけが独占している事実なのだ。
フフフフフフフ、特に理由はないが、何か優越感。
「……
おっと?
動きを見せていなかったリュミアーナが、やや俯き加減で何事かを呟く。
「あなた如き『
彼女が見せる様子は、いかにも怒りに打ち震えているようだった。
崇敬する存在を虚仮にされたことに憤慨している。まさしくそんな仕草と表情だ。
でも、それ非実在『影なる教主』なんだよなぁ……。
ありもしないただの『設定』に、よくもここまで感情を露わにできるものだ。
こいつと我が主、逆にすごいんじゃ?
私の中にそんなふざけた疑念すら生まれつつあった。
が、どうあれ、リュミアーナは危険な存在だ。
その認識は、彼女がどれだけたわけたキャラクターをしていようとも変わらない。
この広い地下礼拝堂を満たす、リュミアーナの魔力。
それは、魔法として形を得ていないだけで、すでに一つの暴力にも等しい。
人の身でありながらこんな魔力を宿す彼女が、危険でないはずがない。
霊獣である私がそう感じているのだから、人間である三姉妹はなおさらだ。
それでも彼女達が動きを示さないのは、我が主に全幅の信頼を置いているからだ。
我が主が、静かに右手の人差し指をリュミアーナに突きつける。
さて、何を言う気だ?
おそらくはドヤ顔キメキメで言ってた秘密なるものについてだろうが――、
「聞け、『
わざわざリュミアーナの『洗礼称号』とやらを口に出して、我が主が呼びかける。
リュミアーナも、一瞬動きを止めてその意識を我が主へと向けた。
――我が主が、告げる。
「『
…………? 誰だそれ?
真実を白日に晒すが如き言い方でお出しされた名は、聞き覚えがないものだった。
まるでピンと来ない。本気で『誰?』とすら思った。
だが、その名前を聞かされたリュミアーナの反応は劇的であった。
「な、な……! ……なッ!?」
その顔を驚愕に歪めたかと思うと、全身を小刻みに震わせ始めたのだ。
驚愕が過ぎ去って、次に見せたのは露骨な狼狽。しかし、それもすぐに消える。
最後に現れたのは一瞬で顔が真っ赤になるほどの強烈な憤激だった。
瞳には涙をにじませて、引きつる頬と震える唇に溢れんばかりの激情が表れる。
「……ゆ、許さないッ!」
リュミアーナが激昂し、吼える。
怒りと殺意を滾らせる彼女の急激すぎる変化に、私は認識が追いつかない。
彼女をここまで怒らせるティファーリアというのは誰だ?
なんて悠長なことを考える間も与えてもらえずに、礼拝堂に魔力が吹き荒れる。
「許さない、許さない! 許さない! 私に恥をかかせたおまえを、まず最初に滅ぼしてやるわ! あの男よりも先に、私に滅ぼされてこの世界から消えてしまえ!」
暴走する魔力が渦を巻く。
そして、地金を晒したリュミアーナの怒号、まごうことなき彼女の本音。
あの男、というのが誰を指すかはわからない。
しかしここで出てくる以上、彼女にとっては重要な立ち位置にいる人物だろう。
「潰してやる、滅ぼしてやる!」
掲げた右手に魔力が集まり始める。
それが魔法としての形を得たならば、どれほどの威力になるか、考えたくもない。
けれど、彼女は知らない。
自分が相対しているものが、どれだけふざけた存在なのか。
「……隙を見せたな、リュミアーナ・フォン・ザルツェンバーグ」
その一声と共に我が主の左腕が鋭く振るわれる。
きっと、リュミアーナには見えるどころか認識もできなかっただろう。
我が主の腰の左側に差してある二本のダガー。
そのうちの一本を、我が主が閃光の如き抜き撃ちによって投擲した。
音はなかった。
真っすぐ飛翔したダガーは、リュミアーナが頭上に戴く白いティアラに命中する。
パキッ、と硬質ながらも軽い音がして、ティアラは粉々に砕けた。
直後、リュミアーナが集束させつつあった魔力が幻のようにあっさりと霧散する。
「ぁ……、ぇ?」
やっと己に起きた事態に気づいたか、彼女は目を見開いて小さく声を漏らす。
シェリィが動いたのは、ほぼ同時のことだった。
「マリィ、今!」
その合図に応じて、マリィが杖の先をリュミアーナへ向ける。
「
行使されたのは短時間の睡眠を強いる、初級の状態異常魔法。
相応の魔力を持つ相手なら、軽く弾かれてしまう程度のものでしかない。
だが、リュミアーナの矮躯がグラリとかしぐ。
マリィの放った魔法は、見事に少女を深い眠りへと落としていた。
気がつけば、そこには決着の光景が広がっている。
声もなく石床に横たわるリュミアーナと、それを見下ろす我が主と三姉妹。
そこに至る一連の流れは、電光石火の早業と評するのに苦しくない。
直に目にしながら、私は正直、舌を巻いていた。
無論、我が主の勝利は疑っていなかった。
しかし、リュミアーナの魔力消失直後に動いたシェリィには、大層驚かされた。
我が主に任せると言いつつ、彼女は彼女でひそかに機を窺っていたのだ。
それも見事ならば、姉の指示に瞬時に呼応して敵を無力化したマリィもまた見事。
高ランク冒険者は伊達ではない。
その事実を、まざまざと見せつけられた気分だった。
「……ロレンス君」
眠っているリュミアーナを見守っている我が主のもとへ、シェリィが寄ってきた。
「何がどうなったの?」
彼女の聞き方は非常に簡潔だった。
その視線は、床に散らばっている白いティアラの破片へと注がれている。
シェリィも、全てを了解した上で動いたワケではなかったようだ。
それでもあの判断ができたのは、さすがだと思うが。
「これは『
我が主が大きめの破片を拾い上げて、そんなことを言う。
また新しい『設定』――、というワケではない。
何故なら、その言葉を聞いたシェリィの顔色が明らかに変わったからだ。
驚き、よりも先におののきが来ている。そんなような顔つきだ。
「『怪異物』? これが? 魔王崇拝者の中でも限られた者しか持っていなかったっていう、魔族の肉体を素材にして造られたとされる、禁忌の魔法具……!」
いつもは飄々としているシェリィの顔から、一切の余裕が消し飛んでいる。
それは、私もまた同じだった。
私は、魔王崇拝者については知っている。
しかしながら、魔族の肉体を素材とする『怪異物』なるものは今、初めて知った。
「『怪異物』は魔王崇拝者の象徴であり、信仰対象であり、そして力の源でもある」
淡々と行われる説明は、私にあてたものだろう。
そしてそこに含まれる『力の源』という言葉から、私もやっと合点がいった。
リュミアーナが見せたあの嵐のような魔力は、彼女自身の力ではなかった。
砕けた白いティアラこそが、その源泉であったのだ。
『なるほどな……』
私は、全てに納得がいった気がした。
『リュミアーナがあれほど奇矯な人物であったのも、全てはその『怪異物』とやらの影響を受けて精神が大きく歪んでしまっていたからなんだな』
そうでもなければ、我が主と『設定』で競い合うことなどするはずが、
『いや、あれはリュミアーナさんの素だよ』
『…………』
素か。……そっか、素なのか、あれ。そっかー。
「ねぇ、ロレンス」
今度は、マリィが何事かを確認するために我が主に声をかける。
「リュミアーナに何を言ったの? 随分と取り乱してたみたいだけど」
ああ、それもあったな。
我が主がリュミアーナに告げた名前。三姉妹には聞こえていなかったようだが。
「……形なきは言の葉。なれども毒を含み、刃となりて無惨に心を切り刻む。やめておけ、俺に罪を重ねさせるな。俺は、おまえ達を傷つける気など毛頭ない」
意訳『すごい悪口言いました。でも、悪口すぎて君達には言いたくありません』。
そろそろ私も、我が主のこの難解な言い回しに慣れてきてるな。
「ロレンス……!」
そして、我が主のただの方便でしかない思いやりに、マリィはちょっと感激。
こいつもこいつでしっかり我が主の言葉を理解できている。
『で、本当は何だったんだ、あの名前』
『ああ、ティファーリア・カッツェルのこと?』
そーだよ。それそれ。
『サー・ゲヴェンス著『ルーグネル戦記』』
ん?
それは、確か……。
『リュミアーナさん読んでた戦記物の小説のタイトルだね』
『もしかして……?』
『そうだよ。ロンちゃんの予想通り、ティファーリアはその作品の登場人物だよ』
そうか、そうだったのか。
だからリュミアーナは、あんなにも我を忘れるような怒りを見せて――、待てぃ。
『小説のキャラクターの名前を聞いてブチギレるっておかしいだろ!?』
『そうだねぇ、普通なら、おかしいよねぇ~』
当たり前のことを言う私に、我が主も当たり前に応じる。
しかし、そこに何か含むものを感じ、私はひとまず我が主の次の言葉を待った。
『でもリュミアーナさんにとっては、それはクリティカルな怒りのツボだったんだ。何故なら、ティファーリアは彼女のなりきりプレイの元ネタだったんだから』
……元ネタとな?
『そう。元ネタ。甘き滅びを謳う黒き聖女『
『それを指摘したことが、リュミアーナの怒りを誘った、と?』
重ねての私の問いかけに、我が主は無言のままうなずく気配だけを伝えてくる。
『僕達ロールプレイヤーとって、なりきるキャラクターがオリジナルであることはすごく大事なポイントなんだ。そうじゃない人もいるけど、リュミアーナさんはそうだった。そして、そんな彼女にとって元ネタバレはとてつもない恥辱だったんだよ』
そ、そういうものなのか?
『そういうものだね』
そういうものらしい。
私にはちょっと理解が及ばない世界の話ではあるが。……って、待てよ?
もしや、我が主が言ってたリュミアーナの秘密っていうのは。
『ロンちゃんが思っている通りさ』
我が主が私に向かって肯定の意思を寄越し、存分にカッコつけながら明かす。
『リュミアーナさんの秘密。――それは、彼女のキャラが二次創作だったことさ!』
やっぱり、しょうもなかった。
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