第16話 魔王様は熾烈な闘いを繰り広げました
※今回は専門用語が乱舞しますが、全く意味はありませんのでご安心ください。
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リュミアーナが、はらはらと涙を流す。
「わたくしは思うのです。何故――、人は罪を犯すのか、と」
なかなか根本的な疑問だった。
だが、これからバトルしようってヤツが抱く疑問か、それ。
「わたくしは考え、気づきました。人は、人であるがゆえに罪を犯すのだ、と」
なかなか根源的な答えだった。
だが、これから殺し合おうってヤツが語るようなことか、それ。
「
リュミアーナが、目元の涙を拭って語り出す。
「それは人が生まれながらに抱えし、血塗られた
ああ……。
「苦しき世。まるで
ああああ……。
「さぁ、もうよいのです。もう、苦しむ必要はありません。わたくしがあなた方の『
ああああああああ……!
「果たされるべき大いなる使命――、
あああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!
「大罪の十字架はこのわたくし、『
そしてリュミアーナは、優しさ溢れる慈愛の笑みを浮かべる。
だが、私はここに乞う。
お願いだから、もうやめてェェェェェェェェェェェ~~~~ッッ!!!!
痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ! 痛すぎる!
全力でのたうって転げ回りたいレベルで、聞くに堪えない痛口上ッッッッ!
く……ッ、最近慣れかけてて忘れていた、この感覚!
主が初めて『
極まった観測者羞恥は周囲に甚大すぎる精神ダメージを与える。
そんな当たり前のコトを、不覚にも私は忘れていた。
我が主の奇行が日常と化していた弊害が、こんなところで露呈しようとは……!
「フフフ。声もない、という御様子ですわね。嗚呼、苦しみに喘ぐ羊達よ。あなた方の苦しみは人であるがゆえのもの。己の
クソッ、こいつ、自分の痛々しさを自覚せず、平然と上から目線を!
だがこれだ。これこそが、こいつらの最大の特徴。
周りを意に介することもなく、自己の世界観を貫ける絶対的強度のメンタル。
我が主もそうだが、一体どうやればこんな強メンタルを獲得できるんだ。
断言するが、この女は痛いぞ。間違いなく痛い。どこから見ても痛い。しかし、
「あんた、さすがに言ってることが恥ずかしすぎるわよ?」
「フフフフ、自らの罪を見ることもできない、盲目であり続ける沈黙の子羊よ」
マリィから至極真っ当な指摘を受けながらも、微塵も通じないのである。
どれだけ周りから腫れ物扱いされようと、この手の連中はそれを全く苦にしない。
だからこそ『我が道を行く』などという言葉が成立する。
我が主含め、この手のタイプはとかく自分の趣味に全振りだ。少しは周りを見ろ!
ゆえに、今のリュミアーナに、三姉妹の言葉は決して届かない。
では誰の言葉なら届くのか。――決まっている。
「……絶えぬ憎悪の渦。愚かしきは人の業、か」
濃密な魔力に満たされた地下礼拝堂に、この場で唯一の男性の声が静かに響く。
礼拝堂に入って以降、ずっと私の台座になってたヤツが、ようやく動き出す。
「ロレンス……、ッ」
「ロレンスさ……、ひぅ!?」
臨戦態勢を保ちながらこちらへ振り向いたマリィとリリィが、動揺に声を呑む。
それは、我が主の異様な雰囲気を察したからだろう。
私とてヒシヒシと感じている。
今まで沈黙を貫いていた我が主が纏う、重苦しくも突き刺すような気配を。
我が主が放っているものは、強烈な怒気に他ならなかった。
「ロレンス君……?」
「我が宿業のしるべが、今ここに一つの光明を指し示した」
意訳『ここは俺に任せろ』らしい。
「……ん、わかったよ」
シェリィは静かに共にうなずいて道を譲り、我が主がリュミアーナが対峙する。
「あなたは――」
「『
「……あら」
低く抑えられた我が主の声に、リュミアーナが小さく反応を見せる。
何か一瞬、彼女の瞳がキラキラ輝いたような……。
「そう、『黄昏に躍る悪夢遣いの漆黒淑女』。わたくしの『洗礼称号』ですわ」
「やはり、そうなのか……」
ギヂリッ、という何かが軋む音がする。
それは我が主が拳をきつく握りしめた音だと、私は気づいた。
これまでずっと、感情を表に出してこなかった、ロレンス時の我が主。
だが今は誰でも明確にわかるほど、はっきりと声に怒りが現れている。
その怒りは本当に唐突なもので、私は深い戸惑いを覚えた。
何なのだ。一体、リュミアーナの何が、我が主の逆鱗に触れたというのだ……?
我が主が言った。
「――貴様、『教団』の手の者かッ」
叩きつけるかのような物言い。
しかし、その口から出てきた単語は。……ん? んん?
「…………」
対して、リュミアーナはそこで一瞬の沈黙。
かすかに見開かれたその瞳は、驚いているのか。それとも呆けているのか。
「『
我が主が、久々にそのクソダサ称号を名乗り上げる。
「それが、俺の『洗礼称号』だ」
「……まぁ!」
我が主が告げたその言葉に、リュミアーナは顔に喜悦を浮かべ、声を上げる。
満面の笑顔でパンと両手を打ち鳴らす様は、年相応の少女に見えた。
しかし、次にリュミアーナが口にした言葉は、到底聞き逃せるものではなかった。
「まぁ、まぁ、まぁ! 何ということでしょう! あなたも『教団』の
教導者? 教導階位? 海導士? 灼導士? 何だ、それはッ!?
次々に繰り出される数多の専門用語に、私はあっという間に混乱の極みに達した。
「俺にランクはない。俺は『教団』の第三六五七秘蹟研究施設――、通称『
「……ああ、教導者ではなく殉教者なのですね。それで」
我が主の淀みない返答を受けて、リュミアーナの態度が一変する。
それまでは興味津々といった感じだったのに、それが一気に冷め切ってしまった。
「そう、殉教者なのですね。それなのに『洗礼称号』を授かっているとは……。あの『福音牧場』での実験を生き抜いたことを考えるに、あなたはよほど優れた殉教者だったのですね。『教団』より栄えある『洗礼称号』を授かるほどに……」
我が主へ、家畜を見るようなまなざしリュミアーナ。声の調子も低くなっている。
「栄えある、か……。俺からすればこの称号は、烙印と何ら変わらぬものだ」
ゆるりとかぶりを振って、我が主がそれに応じた。
「それが烙印であるのでしたら、どうしてあなたは自ら名乗っているのですか?」
当然すぎるとしか思えない、リュミアーナからの問いかけ。
しかし、次に言葉を重ねたのも、彼女だった。
「あなたは『教団』に属している事実を誇りに思っていらっしゃるのです。だからこそ烙印などと言いながら、自ら『洗礼称号』を名乗っておられるのでしょう?」
「なるほど、そうとも受け取れるか」
我が主が皮肉げに唇の端を吊り上げる。
「先入観とは怖いものだな。俺の言葉を聞きながら、そうも容易く曲解した結論を導き出せる。……改めて思い知らされるな。『教え』の恐ろしさというものを」
「何を……」
「この称号は俺にとって忘れてはならない烙印であり、そして『恥』だ」
吐き捨てるかの如き、我が主の物言いだった。
「俺は生涯、この称号を名乗り続けるだろう。だがそれは自らの出自を誇るためではない。俺自身が何者なのかを、永劫に忘れないためだ」
「その口ぶり……。もしやあなたは『あの御方』の命を?」
また何か、新しい用語が出てきたんだが?
「そうだ。俺は、この手で『あの男』を――、『
何、その生きる目的。初耳、私、思いっきり初耳ぞ!?
「そんな大それたことを、一殉教者でしかないあなたにできるとでも?」
「思っている。そして、やってみせる」
二人の会話は、そこで途切れた。
そしてリュミアーナと我が主は互いに視線をぶつけ合って、虚空に火花を散らす。
さて、それでは話も落ち着いたところで基本に立ち戻ろう。
何で会話成立してんの?
いやいや、何でだよ。『教団』って我が主の作った『設定』だろうがよ!?
そして『洗礼称号』ってのはリュミアーナが言い出した『設定』だろうがよ!!?
それでどうして普通に会話が成立してるんだよ、おまえら!
実は存在するのか、『教団』。
そして実際にあるのか、あのクソダサ『洗礼称号』。
わからん。全くわからん。
わからないから、実際に我が主に確認してみた。
『おい、我が主』
『は~い。どうしたの、ロンちゃん?』
返ってくる、聞き慣れた抜けた調子の我が主の声。
ああ、これだよこれ。この気の抜けたゆるい感じこそが我が主の――、ではなく、
『あのさ『教団』って実在してるの?』
『え? そんなワケないじゃないか。あくまでも僕が考えた『設定』だよ~』
だよな。そうだよな!
『じゃあ、何でリュミアーナと普通に会話してるんだよ! おかしいだろ!?』
『え、別に僕はあの子と会話なんてしてないよ?』
はァ?
『してただろ、会話! 噛み合ってただろ、内容!』
『違う違う、違うんだよ、ロンちゃん。今のはね、そういうのじゃないんだよ』
優しく諭すような言い方で、しかしどこか自慢げに我が主は私に答える。
『僕と彼女がやっていたことはね、いうなれば『設定』の
何それ?
『リュミアーナさん、教導者とか教導階位とか言ってただろ?』
『ああ、言っていたな。そんなものがあるなど、私は今まで知らなかったが……』
『あれは『教団』というワードから彼女が紡ぎ出した、即興の『設定』だよ』
『はぁ~!?』
念話なのに思いっきり裏返ってしまう、私の声。
『僕の『福音牧場』とかもそう。リュミアーナさんが口に出した『設定』を聞いた上で、僕がそれを膨らませて数秒かけずに作った即興の『設定』さ!』
我が主の口調が、この上なく弾んでいる。……え、マジで言ってる?
『じゃあ、海導士とか、灼導士とかは……?』
『即興だろうね』
『では、我が主が言ってた『殉教者』も……?』
『即興』
『恐ろしい『教え』とか『影なる教主』も……!?』
『もちろん即興』
『いかにも因縁ありげに言葉の応酬を繰り返してたのも……!!?』
『全部即興。お互いに、自分が組み上げた『設定』を好きに語ってただけ』
『……………………』
私、絶句。
『僕と彼女は自分が考えた『設定』をぶつけ合って、それをきっかけにして新たな『設定』を紡ぎあげていったのさ! いやぁ、楽しいよね、こういうの!』
ホクホクしてんじゃねーよ!!?
『アハハハハハハハハハ』
笑いごとかよ。……いや、もう一周回って笑うしかないな、これ。
バチバチの言い合いをしていたと思ったら、ただの設定バトルだったとか……。
そりゃあ笑うさ。
その笑いも、もれなくよく燃える薪並に乾燥しきってるがな!
『こうなると、リュミアーナが魔王崇拝者というのも怪しく思えてくるな……』
『あ、そっちは本当だよ。今の人類領で魔族文字を扱えるの、魔王崇拝者だけだし』
『もう、何が現実で何が『設定』なのかわからんくなる……』
頭抱えそうだよ、私は……。
『ごめんね。ま、こういう『設定』は自分でお話を書くのでもない限り、どこまでいっても自己満足のためのものだしね。……でも、さ。ねぇ、ロンちゃん?』
『何だよ~、もぉ~、まだ何かあるのかよぉ~』
今の私にあるのは疲れだけだぞ。それも、相当深いぞ。疲労で困憊だぞッ!
『これまでのやり取りで、リュミアーナさんの秘密がわかっちゃった、僕』
我が主から、ちょおっと得意げにドヤる気配が伝わってくる。
それに対して、渾身の答えを返してやった。
『はぁ、そっすか』
『リアクションが薄い!?』
当たり前だ。
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