第11話 魔王様は瀕死の身で大いなる謎を解き明かしました

 ロシュディア王国の王都ロシュトーラにやって来た。

 ファルードから大型馬車で街道を行くこと五日、やっとの到着だ。


「じゃあ、ここで降りてちょっと街を見て回ろうか~」


 宰相の邸宅まで馬車で向かう予定だったが、シェリィがそんなことを言い出す。

 ちなみに乗ってきた馬車は、依頼人の宰相が用意してくれたものだ。


「う~ん、まぁ、いいか。わかったわ」

「はぁ~い、ですぅ」


 マリィとリリィもそれに同調し、三姉妹と我が主は街の入り口で馬車を下りた。

 馬車ではずっと無言で外を眺め続けた主だが、別にクールさの演出ではない。


 ――馬車に酔っただけだ。


『…………ぎぼぢゎるぃ』


 ロールプレイを投げ出して私に念話を送ってくるくらいに、こいつ、ピンチです。

 乗り物に弱いというのは、最強魔王ディギディオンの数少ない弱点の一つだ。


 私以外の乗り物だと決まってこうなるからな~、こやつ。

 最後に馬車に乗ったのなんて、何十年前だっけな。


 酔うと、魔法の制御もままならない。

 回復魔法も使えなくなってしまうんだぞ、今の我が主。弱体化しすぎだろ。


 だが、演じてるキャラが完璧超人なだけに、苦痛を表に出すこともままならない。

 よって、もうひたすらに無言を貫くしかないワケだ。無様だなぁ。滑稽だなぁ。


「行きましょう、ロレンス」


 マリィがさりげなく我が主の右腕に自分の腕を絡めようとしてくる。


「ああ、マリィお姉ちゃん、抜け駆けですよぅ!」


 それを目ざとく見とがめたリリィが、対抗して主の左腕を取ろうとする。


「アッハハ~、王都でもロレンス君はモテモテだねぇ~」


 そう言って、朗らかに笑うシェリィ。

 確かに、今の我が主はまさに両手に華。世の男共にとって夢のような状況だろう。

 ま、残念ながら今の我が主にそれを楽しむ余裕、カケラもないけどね。


「…………」


 ギリギリの状態で無言を貫く我が主を連れて、次女と三女が歩き出す。

 シェリィもすぐ後に続いて、興味深げに王都の風景を見回した。


「う~ん、賑やか。国は小さくても、やっぱり王都は大きいね~」


 彼女の言葉通り、ロシュトーラの街はファルードよりも全然大きかった。

 街を囲む城壁からして規模が段違いだし、道を行き交う人の数も遥かに多い。


 道は広く、だがそれでも人でごった返している。

 店の呼び込みや、他愛のない会話の声がそこかしこから幾重にも聞こえてくる。


 少し視線を上げれば、王都中心にそびえる王宮が見えた。

 古い砦を改装したというそれは、大きいが飾り気は少なく、灰色で重々しい。


「ふむふむ、な~るほど~」


 宰相の邸宅を目指しつつ、シェリィはキョロキョロと視線を巡らせている。

 一見すれば王都の風景を楽しんでいるようにも映るが、多分違う。

 おそらくだが、邸宅までの道中の地図を俯瞰ではない視点で再確認しているのだ。


 彼女の様子から、王都に来るのは初めてではないとわかる。

 だが、それでも油断せず、過去の記憶と今ある光景をすり合わせ確かめている。


 街の入り口で馬車を下りた理由は、これか。

 軽薄そうな態度に見えて、その行動は慎重にして繊細。さすがはSランクだ。


 途中、果物を買ったりして、一行は宰相の邸宅へと着いた。

 庭も屋敷もかなりの大きさだが、侯爵ということを考えるとこのくらいは当然か。


「ようこそおいでくださいました。お待ちしておりました」


 正門から屋敷に入ると、そこに待っていた老齢の執事が応対してきた。

 そのまま、三姉妹と我が主は宰相が待つ部屋へと通される。


「来たか」


 扉をくぐった先、広く豪奢な部屋の真ん中に、彼は立っていた。

 半ば以上が白くなっている髪を丁寧に後ろに撫でつけた壮年の男性だった。

 落ち着いた色の貴族服を纏っていて、いかめしい顔つきと鋭い眼光が印象に残る。


「やっほほ~、侯爵様、お久しぶり~」


 仮にも一国の宰相たるザルツェンバーグ侯爵に、シェリィは軽く手を振る。


「ちょ、姉さん……!?」


 マリィがサッと顔を青くするが、侯爵は「構わんよ」と表情を変えずに一声。


「結果さえ出してもらえるなら、今さら『猛々しい盗人』に礼儀など求めん」

「そういう成果第一なところ、頼まれる側としてはやりやすくてやりにくいよね~」


 ケラケラ笑うシェリィを一瞥したのち、侯爵の目は我が主へと向けられた。


「見たことのない顔だな」

「そ。それと、あたし達の未来の旦那様~!」

「そうかね。それはめでたいことだ。……で、早速だが依頼の内容を話そう」


 おっと、この宰相殿、まるでこっちに興味がないぞ。

 物腰からして完全にビジネスライク。つまりはそういう人間ということか。


「で、侯爵様。このたびのオーダーは?」

「娘の護衛を頼む。期間は二週間。先週、殺害予告が届いたのだ」


 ――殺害予告!


 何気なく告げられたその物騒なワードに、場の空気が張りつめかける。

 だが、そんな中、肉親の一大事だというのに侯爵は眉一つ動かすことなく、


「娘の護衛については君達に全てを委ねる。好きにやってくれ。私は王宮に戻る」

「あらまぁ、父親なのに随分反応が淡白ね~。侯爵様ったら」

「私は忙しい。このような些事に時間を割いている余裕はないのだよ」


 言うだけ言って、侯爵はさっさと部屋を出ていった。

 彼が去ったあとの扉を見て、マリィが「何よあれ!」と憤りを露わにする。


「何なの、あの人。娘に殺害予告が来たのに、些事ですって? 信じられないわ!」

「リュミアーナ様ってぇ、侯爵様の一人娘のはず、ですよねぇ……?」


 侯爵の態度にリリィも首をかしげるが、私も同じ思いだ。

 私達への関心の薄さは理解できるが、一人娘も同じ扱いというのはどうなんだ?


「宰相様だからね。忙しいのは当たり前なんだろうけど、う~ん」


 シェリィも腕組みをしているが、その理由は妹達とは違うようだった。


「しかめっ面のおじさんなのは前からだけど、あんな薄情な感じだったっけ~?」

「旦那様はここ一か月ほど、特に多忙でございまして……」


 と、扉近くに控えていた老執事が、シェリィの独り言に返してくる。


「ん~、そっか。忙しいなら仕方がないよね~。あたし達はやることやろ!」

「姉さんの言うとおりね。好きにしろっていうなら、そうさせてもらうだけだわ」


 マリィもそう言って肩を竦める。早々に気分を切り替えることにしたようだ。


「ってこと~、殺害予告って見せてもらえるのかな~?」

「はい、旦那様のご指示によりこちらに保管しておりまして、お持ちいたします」


 そして、老執事に命じられた使用人が、くたびれた紙切れを持ってくる。

 四つに折りたたまれたそれをシェリィが受け取り、開いてみた。中身はこうだ。


『娘の身柄は預かった。娘の命が


 惜しければ、三週間後の午後三時


 頃、この街の西の平原に一億ゴルド持ってこい。


 すごい! すっごぉぉぉぉぉぉぉい! オレンジ美味ちいっ!』


「「「……四行目、何?」」」


 三姉妹の感想は、ものの見事にハモっていた。

 いや、うん、私も全く同じ感想だよ。何だ、このテンションの落差は……。


「待ってよ、これ、殺害予告じゃないじゃないの。内容的には誘拐――」

「お嬢様は今もご自分のお部屋にいらっしゃいます」


 内容を読んで目を白黒させるマリィに、老執事がそう返す。


「この手紙は先週届いたものでして、旦那様は中身を見るなり『娘への殺害予告だ』とおっしゃられまして、皆様に依頼を出すよう指示されたのです」

「ふ~ん。そっか~……」


 執事の話を聞きながら、シェリィは手紙をまじまじと見つめる。


「……ん~? これ、どう見ても殺害予告じゃないよねぇ~?」


 え。


「そうね、四行目はアレだけど、中身は誘拐を伝えるものよね……」


 マリィも同調するが、もしかして、気づいてない?


「ですねぇ~。侯爵様はどうして殺害予告だなんて思ったんでしょうねぇ~」


 続いて、三女まで。あ、これ本格的に気づいてないヤツですね。

 嘘だろ……。と、私が思っていたら、


「――盲目の羊」


 それまで、完全に立っているだけの置物になっていた我が主が、急に口を開いた。


「……ロレンス君?」

「瞳に映るは仮初。そのまなこ、開くがゆえに、見えるがゆえに、盲いる己を知らざる愚かなりし羊の群れ。真実へと至る光明は天空より奈落への失墜にこそ在りて」


 お、おう……。

 おまえの言わんとしていること、私はわかるが他は絶対理解不能だぞ、我が主よ。


「あ、そっかぁ! そういうことか~!」


 だがそこで、ポンと手を打つシェリィ。

 え、今のでわかったの? うっそだァッ!!?


「最初だよ、最初! この手紙の最初の文字を、上から下に読んでみて!」


 うわ、普通に合ってるし。

 興奮冷めやらぬシェリィに促され、マリィが眉間にしわを寄せつつ音読した。


「娘、惜、頃、す。……あ。あああああああ! 娘を殺す、ってなるじゃない!?」

「わぁ、本当ですぅ! こんな仕掛けがあったんですねぇ~!」


 気づいた途端、長女と同じように騒ぎ出す次女と三女。

 そして三姉妹は揃ってその瞳をキラキラ輝かせて、我が主を見るのである。


「すごいわ、ロレンス。あなた、天才だわ!」

「ロレンスさんのお手柄ですぅ、すごいですぅ!」

「……いやぁ、参ったなぁ。これは惚れ直しちゃうな~」


 もはや見慣れた、三姉妹による我が主への賛美、称賛、褒めちぎり。

 あああああ、叫びたい。気づかない方がどうかしてんだよと、全力で叫びたい。


「何と、そういうことでございましたか! 目から鱗でございます……!」


 執事ィ! 見た目、いかにも有能そうな執事ィ! おまえもかぁ!?


『…………ぎぼぢゎるぃ』


 周りを三姉妹に囲まれながら、我が主は未だ晴れない吐き気に死にかけていた。

 だったら出しゃばらなくてよかったじゃないか、このおバカ……。

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