第10話 魔王様は使い魔から愛の告白を受けました
あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!
ムカつくムカつくムカつくムカつくッ!
ハラ立つハラ立つハラ立つハラ立つゥ!
この、全身を駆け巡る灼熱の衝動に身を任せ、私は我が主の唇を貪った。
唇を押しつけて、ついでに舌も入れてやろうか。
上下の歯の隙間からニュルッと突っ込んで、チュルチュルッとしてやるモンね!
「んん~~~~! んっ、む、むぐぅ~~~~!」
ベッドの上に横たわった我が主が手足をバタバタさせるが、逃がすワケがない。
おまえは、私の目の前で三姉妹とイチャついた罰を受けねばならんのだ。
私が伸ばした舌先が我が主の口内をまさぐる。
しかし、我が主はせめてもの抵抗か、歯を噛み合わせて舌の侵入を阻もうとする。
フ、愚かな。
その程度の抵抗、ここをこうすれば――、
「うっ、ひひゃっ!」
私からの脇腹くすぐり攻撃に耐えきれず、我が主が笑いだす。
その際、噛み合わせた歯も緩み、私の舌先はまんまと我が主の口内に侵入した。
我が主の腹の上にしっかりと腰を下ろして、私は両手で我が主の顔を挟む。
そして、さらに強く唇を押しつけて、まぶたを閉じて舌先に全神経を集中させる。
「ん、む……」
流れる熱い吐息。漏れる濡れた声。
私の舌と我が主の舌が絡まり合って、クチュ、と小さな水音を鳴らす。
人によって唾液の味が違う。
そんな噂を、かつてどこかで聞いたことがあった。
本当かどうかは知らないが、我が主の唾液の味は、今存分に感じている。
それは熱くて、ねっとりとしていて、私の体を芯から痺れさせる味をしていた。
「んっ、ふぅ……、はっ、ふ、ぅ、ちゅ……、ちゅる……、んん……」
声を出すつもりはないのに、どうしても出てしまう。漏れてしまう。
主と仰ぐ男の舌に自分の舌を絡ませて、相手の唾液を啜って抵抗なく嚥下する。
少しの間ではあったが、私はその行為に夢中になっていた。
いつしか、我が主も抵抗をやめて、ベッドの上に四肢を投げ出していた。
そして、溜まった唾液を飲み下して、私はようやく自分の唇を離して顔をあげる。
我が主と目が合った。
「……何なの?」
月明かりの中に青白くその顔を浮かび上がらせた彼は、私を凝視している。
私は手を伸ばして、そんな我が主の顔からそっと銀仮面を外し、薄く笑った。
「嫉妬だよ。ただのな」
ああ、私は思う。やっぱりこいつは、仮面なんかつけない方がいい。
怒り顔のつもりでも全然険しさが表れない、この男のそんな顔が、私は大好きだ。
「覚えておけよ、我が主。おまえが誰を愛そうと構わんが、世界で一番おまえを愛しているのはこのロンヴェルディアだ。異論は、何があっても認めない」
そう言った私の中で、人化したときにあった燃えるようだった嫉妬は消えていた。
今はただただ、この男がいとおしい。その一念が、私の胸を占めていた。
「じゃあ、僕のお嫁さんになってよ」
おおっと、言ってくれるじゃないか、我が主。その言葉、一体何十年ぶりかな。
思わぬ反撃に、ちょっとだけ驚く。そして私は嘆息ののちに苦笑する。
「だから、そればっかりは無理なんだって。私は、子供を作れんからなー」
私は、変幻の霊獣ロンヴェルディア。
真の姿を持たない私は、代わりに様々な姿に自らを変えられる。
だが、肉体は所詮かりそめでしかなく、生物としての機能も十全に備えていない。
私に子を残す機能はない。
仮に私が死んだら次の私に輪廻するだけだ。厳密には性別だって存在しない。
今の私の最初の主がレイラだったため、その影響で精神性が女性に近いだけだ。
私は霊獣ロンヴェルディア。生物の範疇には属さない、外道の生命だ。
そして我が主は魔族領ガレニオンの王。
国政ももちろんのこと、次の王となる世継ぎを作るのも王としての責務の内だ。
「だからさっさと妃を娶れ、我が主。この際、あの三姉妹でも構わんから」
「それは今後ちゃんと考えていくつもりだよ。……あと、おっぱいやわかったです」
「あー! やっぱり堪能してやがったな、貴様! 許せん!」
私は白カラスの姿に戻って、我が主の耳の穴を嘴でつつこうとする。
「やめて! ロンちゃん、やめっ、や、やめてぇぇぇぇぇぇぇ~~~~!?」
真夜中のファルードに、我が主の切実な悲鳴が響き渡った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
我が主がファルードに来て、早くも一か月が過ぎた。
まずは、事実確認の意味でこの一か月で起きた主な出来事を挙げてみようと思う。
1.三姉妹、我が主に常時ベッタリ。
はいこれ、主な出来事っていうか、この一か月の大半がこれだったっていうね。
もうね、いつでもどこでもどんなときでも、三姉妹の誰かが我が主の隣にいたよ。
…………クソがよ。
一応、あの夜のことを慮ってか、夜這いとかそういうのはなくなった。
しかし、寸止め程度は平気で要求してくるんだ、あの小娘共。添い寝とかね!
そして、我が主もあの三姉妹を嫌っているワケではないので、応じちゃうんだ。
バカだなー、我が主。
あの三姉妹のことを完全に信じ切ってるんだモン。
そりゃね、直接的な夜這いとかはなくなったさ。
でもそれって、我が主と結ばれるのを諦めたワケじゃないんだよなー。
短期決戦から長期化覚悟の持久戦に切り替えたってだけだよ。
毎晩の添い寝を習慣化することで、我が主の理性を削り切る戦術ですよ。
いや~、実に女の戦い方って感じだね。
まぁ、私は別に心配してないが?
だってそもそも三姉妹、前提からして間違ってるからな!
違う、違うんだ。
理性とかじゃないんだよ。
我が主が今のところ三人を受け入れない理由。それは、なりきりに対する執着だ。
銀仮面の復讐者はほだされない。という『設定』を律儀に守り続けているのさ。
ロールプレイヤーは、なりきりプレイに命をかける。
理想のキャラクターであり続けたいというあくなき欲求こそが、こやつらの本質。
それは、ともすれば生物が持つ三大欲求をも凌駕しうるのだ。
我が主を男女の関係という領域に引きずり込みたいなら、まずはそこを理解しろ。
それがわからなければ、いくら誘ったところで我が主は耐えきるぞ。
自分のイチモツにオーガをゴブリン以下にしちゃうクソ強デバフをかけてな!
……不能にならんだろうな、あいつ。
2.我が主、腫れ物として確固たる地位を築くに至る。
『
ということでこれは私にとっては既定路線。予定調和。知ってた。
我が主は自分がそのように扱われる事実を不思議がっていたが、おまえマジか?
いや、もうそれについては諦めよう。我が主はそういう生物だと割り切ろう。
それに、三姉妹はもはや慣れたようで、珍妙復讐者に普通に接してるしなぁ……。
……普通。いや、普通か、あれ?
我が主が何か言うたび、頬染めたりニコニコ笑ったりするのは、普通の反応か?
いや、そんなワケないよなー。
う~む、振り返ってみると見事なまでにあばたもえくぼ。惚れるって怖いなー。
だがまぁ、あの三姉妹がいるからこそ、我が主は未だにこの街に滞在できている。
その事実は決して看過できない。
我が主が一人のままだったらとっく衛兵呼ばれてただろうしなー。
それに、やはりSランク冒険者の恩恵というものは凄まじい。
何せ、我が主というデッケェ腫れ物を抱えつつも依頼がバンバン入ってくるのだ。
依頼さえあれば、もはやこっちのもの。
腫れ物ではあっても中身は魔王。達成できない依頼などほぼない。
――ほぼ、なのは一件だけ未達成の依頼があったからだ。迷子の猫探し。
三丁目のトムさんチの飼い猫のマイケル。
これがど~~~~しても見つけられず、最終的にマイケルは普通に戻ってきた。
魔王の追跡から逃げ切る飼い猫か。改めて考えてみるとすごいな……。
さて、トピックとしてはこんなところだろうか。
今のところ受けた依頼もそこまで大きなものはなく、我が主の目的も進展はない。
が、それは今日までのことだった。
昼頃に冒険者ギルドを訪れた我が主達は、いきなりカウンターに呼び出された。
「こんにちは、シェリィさん、マリィさん、リリィさん! ……と、ロレンスさん」
さすが我が主腫れ物扱い検定一級資格保持者ミナ、我が主を呼ぶ声だけ寒々しい。
一応、その手に持っている紙束から見て、依頼に関する話だろうとは思うが。
「早速ですが、シェリィさん達を対象とした指名依頼が来ていまして……」
「直接指名依頼かぁ~、久々だね。依頼人は誰かな~?」
小首をかしげるシェリィに、ミナはしばし言い淀みながらも、
「――アルベルト・フォン・ザルツェンバーグ侯爵、です」
「へぇ……」
告げられた名に、シェリィだけでなく妹達と周囲の連中までもが一斉にザワつく。
依頼人の名前は私も知っていた。
いや、この街の、そしてこの国の民ならば、知らない者はいないだろう。
アルベルト・フォン・ザルツェンバーグ。
それは、ロシュディアの国政を取り仕切る宰相の名前であった。
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