第8話 魔王様と使い魔が反省会を行ないました

 ダンジョンの攻略を終えて、三姉妹と我が主はファルードへと戻った。


「あたし、負けちゃったわ。アッハハ~!」


 そしてギルドでの、このシェリィのあけすけな敗北宣言である。

 彼女はダンジョンでの出来事を全て報告した。自分と妹達の敗北も、包み隠さず。


「……嘘ォ」


 対応に出た職員のミナも、それを聞かされて眼鏡がずり落ちそうになっていた。

 他の職員や、冒険者達の反応も大体が同様だ。


 Sランク冒険者『猛々しい盗人』のシェリィ、まさかの敗北。

 それは、決して大きくない冒険者ギルドを震撼させる、とびっきりの凶報だった。


「あ、でもダンジョンは攻略したよ~。ボスはロレンス君がぶっ殺しました~!」

「「「えええええええええええええええええええええええ!!?」」」


 その場にいた職員、冒険者による、見事なまでの絶叫の大合唱だった。

 ミナを含め、全員が意味もなく壁に背をもたせている我が主の方へと視線を注ぐ。


 さらに我が主、もっと意味なく背中に巨大剣。右手に大鎌というスタイル。

 その、無言で威圧感を振りまくスタイル、本当やめてほしい。

 右肩に乗ってる私としても、非常に邪魔くさい。両方とも収納しておけよ……。


「そんな事情もありまして~、あたし達、ロレンス君と本格的に組みま~す!」

「「「えええええええええええええええええええええええ!!?」」」


 シェリィの宣言と、二度目の絶叫大合唱。

 冒険者達の目が、マリィやリリィの方にも向けられる。


「マリィさん、マジですか? マジで、こんなヤツと!?」

「そうよ。何が悪いの? 見てくれだけであいつを判断する気? 最低ね」


 訴えてくるごろつきに、腕を組んだマリィがフンと鼻を鳴らす。

 おまえだって、最初は我が主の見てくれに最大限の警戒を敷いてただろうが……。


 あと、最低呼ばわりされたごろつきさんが微妙に嬉しそうなのがキモかった。

 この冒険者ギルド、潜在的なMが何割を占めているんだ?


「リリィちゃん! リリィちゃんは、こんな野郎と組みたくなんてないよね!?」

「ああ、そうに違いない! リリィちゃんを守るのは俺達だ!」

「そうだそうだー! あんな新参野郎に、リリィちゃんの騎士は任せられるかァ!」


 いや、おまえらは騎士じゃなくて冒険者だろうが。

 しかし、やはりリリィは人気が高いな。彼女を中心に野郎の輪ができかけている。


「え、そのぉ……。リリィ、困りますぅ~……」


 リリィがほのかに染まる頬に手を当て、チラリと我が主を見てかぶりを振る。


「「「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッッッッ!!?」」」


 そのリアクションの意味を察し、輪を作る野郎共が一斉に悲鳴をあげ崩れ落ちた。

 野郎の輪がドミノ倒しになる様は、ちょっとした見ものだった。


 そして、妹二人がこんな反応なものだから、当然我が主がやっかまれるワケだ。

 その場にいる多くの男共が、敵意ギンギンの視線で我が主を射貫いてくる。


「あ、ロレンス君にケンカ売るのは別にいいけど、彼、あたしより強いからね~」


 しかし、シェリィのこの一言が、男共の敵愾心を一気に萎えさせた。

 高まりかけていた緊張感が、熱湯をかけられた雪みたいに速やかに消えていく。


「お、おい、おまえ行けよ……」

「えぇ? いやいや、俺は今日は採取の依頼があるから、譲るぜ?」

「あ、この野郎! 一人だけ逃げようとするなよなぁ!」


 そして始まる、我が主への挑戦権を賭けた譲り合い。

 これまで沈黙を保っていた我が主が、このとき、ようやく口を開く。


「地獄の釜の蓋は開かれた。黒き風は渦を巻き、号哭は残響をもって虚空へと消ゆ」

「「「こ、怖ェ……」」」


 そうね、怖いね。

 何が怖いって、非常に意味深ながら、結局そこに何の意味もないのが怖いね。

 と、まぁ、こんな感じで我が主はギルドで一目置かれるようになったのだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 さて、反省会の時間である。


 今は夜。そしてここは、三姉妹がファルードに所有している物件の一つ。

 五、六人が一緒に生活してもなお余裕が残るくらいには大きなお屋敷である。


 その一室で我が主がベッドの上に座っている。

 私は、白カラスの姿のまま、ベッド脇の椅子の背もたれの上に乗っている。


 部屋に光源はなく、大窓から差す月明りが広い部屋をほのかに浮かび上がらせる。

 我が主も私も特に闇は苦としないので、このまま話を続けている。

 なお、万が一にも会話が外に漏れないよう、我が主は防音の結界を張っている。


「冒険者としての初依頼、楽しかったね~」


 武器と甲冑を異空間に収納し、寝間着姿の我が主がん~っ、と伸びをする。

 もはや完全になりきりプレイをやめてるクセに、何故に顏の仮面は外さないのか。


「いやぁ、これはロレンス・アルゲント二世のシンボルだからね」


 普通にパジャマ着てるのに顔だけ銀仮面って違和感すごいぞ、我が主。


「え、そう? そんな人と違うように見える? 異質? 今の僕、異質? 異端?」


 いや、変態。


「そんなぁッ!?」


 泣きそうな声を出す我が主。

 だが、どう見たって変態。誰が見たって変態。力の限り変態だぞ、我が主。


「そんな全力で淡々と波状攻撃してこないでよ!」


 だって変態だからね、仕方がないね。諦めな。

 っていうか、人と違うのがそんなに嬉しいのか。私にはわからない感覚だなぁ。


「そりゃあ嬉しいよ。何か、特別な存在になった気がするだろ?」


 魔王という肩書がすでに特別中の特別だと思うんだが、違うのだろうか。

 と、軽く首をかしげると、我が主が意味ありげに笑いながらチッチと指を振る。


「わかってないな~、ロンちゃんはわかってない。そういうのじゃないんだってば」


 ムカつくな、こいつ。

 その耳の穴に嘴突っ込んだろか。言っておくがカラスの嘴は鋭いぞ。


「そういうシャレで済まないヤツは冗談でも言わない方がいいと思うなー!」


 何を言う。銀仮面の復讐者自体が冗談の塊みたいなモンのクセに。


「ひどい!?」


 あー、うるさいうるさい。

 話が一向に進まん。これじゃ反省会にもなりゃしない。


「反省会って言うけどさ、反省することある? 正直、最高の結果じゃない?」


 我が主の言わんとしているところも、もちろん理解はできる。

 Sランク冒険者との間に繋がりを得られたのは、考えうる限り最良最善の成果だ。

 でも最終目標『打倒自分』はどーなん? これはむしろ最悪では?


「それはどうとでもなるよ。どうとでも。だから今は最善の結果を喜ぼうよ、ね!」


 誤魔化したな、我が主。まぁ、そうな。それはいいとしよう。それはな。

 私が我が主に反省を促したいのは、そことはまた別の点だ。


「別の点?」


 単刀直入に言うけど――、銀仮面の復讐者、あれ必要?


「な、何を言うんだ、ロンちゃん!? 必要に決まってるじゃないか!」


 えー、別にあそこまで尖る必要なくないか?

 もっと普通に冒険者すればいいと思うんだけどなー、私。


「……ねぇ、ロンちゃん」


 と、我が主が神妙な面持ちを作る。そして、言った。


「銀仮面の復讐者って、割とスタンダードなタイプの冒険者じゃない?」


 そんなワケあるかァ――――!!?


 お、ま、え、は、この街の冒険者ギルドで何を見てきたんだよ!?

 銀仮面の復讐者みたいな珍妙無類な生命体、他にいたか? いてたまるかッ!


「え~? でもほら、冒険者っていったらさ、大体が隠された出生の秘密と壮絶な過去があって、普段の姿とは全く異なる裏の顔を持っていて、その上で奥の奥の奥の奥の奥の奥の奥の奥の奥の奥の奥の手くらい奥の手があるのが普通だから、きっとあそこにいた冒険者さん達もみんなそれくらいは――」


 それはおまえの『普通』が普通からかけ離れてるだけだァ――――ッ!


「えー」


 えー、じゃないわ!

 本の読みすぎ、物語の影響受けすぎ! 現実にそんな冒険者はいません!


「バカな!? 僕なりにリアリティを追求した結果が銀仮面の復讐者なのに!」


 おまえの参考材料は全部誰かの空想の産物だよ! そこにリアルはないんだよ!


「ハッ、言われてみれば……!」


 今さら気づいたところで三姉妹と組んだ以上、後の祭りすぎて笑えてくるわ!


「アッハッハッハッハ、確かに!」


 何がおかしいッ!


「笑えてくるわって言ったのロンちゃんじゃん!?」


 っていうかさー、我が主さぁ、ちゃんとこれからのこと考えてる?

 人魔の戦争回避という目的は具体的にどうするの? 自分の趣味を優先してない?


「さすがにそれはね。具体的な方策は考えてる。って言っても、道は一つだけどね」


 道は一つ。そうだな、人類と魔族の間に和平を結ぶ。それしかない。

 だが、まさしくこれは典型的な『言うは易し』だぞ。

 現実問題として、実行可能なのか。人と魔の歴史を丸々覆す発想なんだぞ?


 人と魔族はここ七十年は没交渉でも、それ以前は血で血を洗う争いの連続だ。

 互いに刻まれた憎悪や怨恨は並々ならぬものがある。それでも和平を結べると?


「それしかないから、それをやる。ま、頑張るさ」


 言葉こそ軽いが、我が主の瞳に宿る強い決意の光を、私は確かに見た。

 本当に、本当にこの男は何というか……。私が人の姿ならため息を漏らしてたぞ。


 だが、我が主の真意を確認できたなら、それでいい。

 ただくれぐれも自分の趣味に走りすぎないよう、そこだけは注意を――、


 コンコン、と。


 誰かが、部屋のドアをノックしてきた。

 時間はそろそろ深夜、三姉妹はもう寝たものと思ってたが、


「私よ、入っても大丈夫かしら?」


 ――聞こえた声は、マリィのものだった。

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