第7話 魔王様は壮絶な過去(設定)を語りました

 リリィが姉の死体にすがりついて泣いている。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん……、ぅぅ~……」


 喰人鬼を前にしていたときに見せていた気丈さは、もう微塵もない。

 そこにいるのは、ただ肉親の死を悲しみ嘆く、弱々しい一人の少女だった。

 が――、


「なるほどな」


 悲痛な声をあげて泣くリリィの向かい側で、我が主が二つの死体の確認を終えた。


「……運がよかったな」

「え、な、何がですぅ……?」


 突然の我が主の言葉に、リリィが涙に濡れた顔をあげる。

 我が主は「こういうことだ」と告げて、す、と死体に向かって軽く手を当てた。


「豊穣は大地を潤し、静謐は水面に満ちて、激動は烈火と共に在りて、流転は薫風に身を委ねる。天なる霊、地なる竜、人なる人、やがて砂礫に還りしものは砂礫より再び還らん。誓えよ、夢の彼方より戻らんこと。汝が命、未だ刈り取られずして――」


 長い詠唱だった。

 朗々とした、しっかりと通る声での詠唱だった。

 そして、意味のない詠唱だった。


 そう、これは全くしなくていい詠唱。またこの男は、ノリノリでいらんコトして!

 やがて、勿体つけた詠唱を終えて、我が主が魔法を発動させる。


「目覚めよ」


 真っ白い光が、場を満たした。


「きゃあ!」


 と、短くも可愛らしいリリィの悲鳴。

 光は数秒もせずに落ち着いて、場には再び重苦しい静寂がやってくる。


「……ん」


 その静寂に波紋を打ったのは、小さな声。

 我が主の声ではない。リリィの声ではない。その声の主は、死んだはずの――、


「マリィお姉ちゃん……」


 寝ていたマリィが、ゆっくりと起き上がる。

 その隣では、同じく寝そべっていたシェリィがバッと上体を跳ね起こした。


「あれ? ……あれぇ~?」


 不思議そうに辺りを見回すシェリィが、リリィを見たところで動きを止める。


「あ、リリィ。おはよ~」

「おねえぢゃあああぁぁぁぁぁぁ~~んッッ!!!!」


 ニッコリ笑う姉に、リリィがギャン泣きのまま飛びついた。

 あとはもう、号泣である。大号泣。

 そんな末っ子の背中を、長女が優しく「よしよし」とポンポンしていた。


「……何で生きてるのよ、私達」


 一方で、マリィは立ち上がりながらも自分を見下ろして呆然となっていた。

 彼女は自分が死んだことを自覚しているようだった。

 そしてマリィは視線をさまよわせ、喰人鬼が燃え尽きた跡を見つけて、


「全部、あんたがやったのね。あのバケモノの討伐も、私達の蘇生も……」


 さすがの頭の回転。だが、問いかけるその顔は半ば青ざめていた。

 とはいえそれも仕方のないこと。

 古今東西、死者の蘇生など神話でしか成し得なかったことなのだから。


 まぁ、タネを明かせば、別に蘇生などではないのだが。

 エナジードレインで命を吸い尽くされた対象は、極度の衰弱から仮死状態に陥る。


 そう、あくまでも仮死状態。

 我が主は、そうなった二人が本当に死ぬ前に魔法で生命力を補充しただけだ。

 傍から見れば、十分蘇生に見えるんだろうが。


「あんた、一体何者なの?」


 礼を言うよりも先に、マリィが我が主にそれを尋ねてきた。

 そのとき、我が主の瞳に輝きが奔ったことを、私は見逃さなかった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 リリィがやっと落ち着いたところで、我が主が開口一番に告げる。


「俺は――、『禁忌の子』だ」

「禁忌の……、って、まさか、人と魔族との間に生まれた……!?」

「ええっ、ですぅ……!」


 この告白に、三姉妹の間に戦慄が走った。

 マリィなどは口に手を当て、驚きから顔面を蒼白にしている。


 だが、そうなるのも当然。

 我が主が告げた『禁忌の子』とは、人魔双方から忌避される存在だからだ。


 魔族を恐れる人間からは『厄災を運んでくる魔の権化』として恐れられている。

 逆に、人を見下す魔族からは『魔族の血を薄めた愚者の証』として疎まれている。


 それが『禁忌の子』。

 この世界のどこにも居場所がない。生きること自体が罪とされる、悲しき存在。


 つまり――、我が主にとっちゃこれ以上なく美味しい題材ってこったなぁ!


 え? 我が主?

 脳天から爪先まで、徹頭徹尾完全無欠純度100%のただの総天然魔族ですけど?


 そして裏の事情など知る由もない三姉妹を前に、我が主の自分語りが始まった。


「俺の父は人間で、元々は流浪の行商人だった。名は、マクシミリアン。実は人間側のさる大国の高位貴族の御落胤だったという噂もあった男だ。だが本人はそのような出自を気にすることなく、行商人として気ままに各地を旅していた」


 ――という『設定』(冒頭からマシマシ)。


「ある日、父は運悪くモンスターと遭遇し、逃げ惑った末に魔族領ガレニオンの国境を越えて小さな村に辿り着いた。その村こそが俺の故郷。実はその村は、かつて異界より渡ってきたという『原初の魔族』の血と魔法を今に伝える隠れ里だったんだ」


 ――という『設定』(魔族の起源は『諸説ある』の代表例)。


「俺の母の名はリュクティア。母は、隠れ里の村長の娘で、実は『原初の魔族』の王たる血筋――、『真たる王家』の血を受け継ぐ末裔だった。父と母は、人と魔族という立場上最初こそ衝突したが、やがて惹かれ合い、結ばれた。そして俺が生まれた」


 ――という『設定』(さりげなく自分を王族にするなよ)。


「里の周りには山と畑しかなかった。遊び相手もレイラという幼馴染だけで、里での日常はただ退屈だった。いつか外に出たいと思っていた。今振り返れば、父がいて、母がいて、レイラがいた日常こそ、俺にとって何にも代えがたい宝物だったんだ」


 ――という『設定』(なお、レイラは我が主の実母の名前だ)。


「俺が七歳を迎えたある日、突如として魔族の軍勢が里を襲った。そこには、王都にいるはずの魔王の姿もあった。魔王は言った。不浄なる『禁忌の子』を隠すことは自らに対する反逆である、と。そんなことを理由にして、魔王は俺の故郷を燃やした」


 ――という『設定』(現実でやったら魔族領全土で叛乱祭り不可避な)。


「魔王の狙いはわかっていた。実は、人と魔族の血が交わると、極々小さな確率で本来の魔族を遥かに超える魔力を持った子が生まれるという。それは別名『奇跡の子』とも呼ばれた。魔王は、俺がその『奇跡の子』なんじゃないかと疑っていたんだ」


 ――という『設定』(魔王はそんな情報をどこで得たんだよ)。


「ヤツの目的は他にもあった。魔王は、実はこの里に存在する『真たる王家』の血を根絶やしにしようともしていたんだ。その名が示す通り、魔族の本来の王家は、俺の母の血筋だった。今の魔王は、数千年前に王位を簒奪した、偽りの魔王だったんだ」


 ――という『設定』(歴代魔王は一貫して我が主の一族だがな)。


「だが、俺にしてみればくだらない理由だ。血筋や過去などどうでもいい。俺は、あの何もない里で一生を過ごせれば、それでよかった。だが、全て燃やされた。誰も彼もが殺された。父も、レイラも、他の村人達も。全員、魔王とその軍勢に……!」


 ――という『設定』(確かに燃やされたな。全ての蔵書が)。


「生き残ったのは俺と母だけだった。何とか国境を越えて人の国に逃げ延びた俺達だったが、そこに待ち受けていたのは、過酷な迫害の日々だった。それでも母は無償の愛をもって俺を育ててくれた。しかし、働き過ぎが祟って重い病にかかり……」


 ――という『設定』(何気に人間も悪者にしてる我が主)。


「母を失い、俺は一人になった。そのときの俺は、間接的に母を死に追いやった人間を憎みかけた。だが、俺に優しくしてくれた父を思い出して、憎み切ることができなかった。俺は気づいた。この世で憎むべき相手はただ一人――、魔王だけだ、と」


 ――という『設定』(キャラの善性アピールを欠かさない抜け目のなさよ)。


「それから十年間、俺はひたすらに自らを磨き上げた。右肩にいる相棒のインターラプターとは、そのさなかに出会った。そして今、俺は魔王を殺すため、この場に立っている。『闇夜に堕天せし銀仮面の復讐者ダークネス・シルバースター・マスカレイド・アヴェンジャー』ロレンス・アルゲント二世として」


 ――という『設定』(そして最後を飾る、約束されしクソダサ称号よ)。


 全ての過去(『設定』)を語り終えた我が主は、そのまま押し黙った。

 好きなだけ自分語りができて満足なのか、鼻の穴から漏れ出る息がやや荒い。


 いや~、腹立つわ~。このいかにも満足げな我が主の鼻息、癇に障るわ~。

 って、今の私の名前、インターラプターなのな。初めて知ったわ。


 しかしまぁ、ものの見事に魔王に全責任を押し付けたな、我が主。

 人魔は長らく接点がなかったから、我が主の本名も伝わってないだろうとはいえ。


「……うぅ、ひ、酷いよ。お母さん、可哀相だよ~」

「ですぅ……。お父さんも、レイラさんも、なんでそんなことにぃ……」

「許せない、魔王のヤツ。ただ静かに暮らしてただけの人達を、そんな理由で!」


 で、我が主の『設定』語りを聞かされた三姉妹は、見事に全員泣いていた。

 次女のマリィですら、目を真っ赤にして肩を震わせ鼻を啜っている。


 まぁこれ、自分の蔵書に影響を受けた我が主が長年練り続けた『設定』だからな。

 そりゃ、細部まで作りこまれてるし、何なら臨場感もたっぷりだったよ。


 それもこれも、ぜ~~~~~~~~んぶ『この『設定』はフィクションです。実在の人物や団体などとは一切何の関係ありません』、だけどなッッッッ!!!!


「泣かせたことは謝る。だが、この戦いは俺の戦いだ。関わりのない者を巻き込むつもりはない。街に戻ったら俺のことは忘れてくれ。俺は今後も一人で魔王を――」

「え、やだ。ここまで聞かされて、それはないよ。ロレンスく~ん」


 一転してケラケラ笑いながら、シェリィが我が主の言葉を遮る。


「あたし達三人とも、今回の件でロレンス君に大きな恩ができちゃいました~。だから最低でもそれを返すまで、君から離れるつもりはありませ~ん。ね、二人とも?」

「当たり前よ。命まで救われて礼はいらないとか、そんな勝手な話はないわよ!」

「そうですねぇ~。私も、ロレンスさんに何かお返ししたいと思ってますぅ」


 と、三姉妹は口々に我が主への協力を申し出る。

 おお、やったぞ。

 これは我々としても望外の結果なのではないか、我が主よ。


 Sランク冒険者の協力を得られるのは、現状の我々にとっては非常に大きい。

 まさか、我が主のくだらねー『設定』が、こんな結果を導くとは……。


「それにしても許せないわよ、魔王のヤツ……!」

「うんうん、あたしもだよ~。会ったこともないけど、殴ってやりたいね、魔王」

「ですねぇ~。私も、魔王のことは絶対に絶対に、許せませんよぅ……」


 我が主の与太話を真に受けた三姉妹が、魔王に対して激しい憤りを見せている。

 あれ、もしかして我が主の『設定』。結構優秀? なんて思っていたら――、


「絶対にブチのめしてやるわ、魔王ディギディオン・ガレニウス!」


 あれ?


「ですですぅ! 魔王ディギディオン・ガレニウス、目のもの見せてやるですぅ!」


 おや?


「魔王ディギディオン・ガレニウスにはロレンス君が受けた痛みを百倍にして返してやらないと、こっちの気もすまないよね~。フフ~、やる気出るな~」


 あっれれ~?

 何で君ら、その名前知ってんの?


「魔王はエルダーンで自ら名乗りをあげたらしいから、きっと、何か狙ってるよね」


 あ。

 そういえば、人類最大の都市で思いっきり自分から名乗ってたじゃん、我が主!


 え、待って?

 つい数日前のことなのに、もうこんな辺境にまで知れ渡ってんの!?


「絶対に魔王を倒してやるですよぅ!」

「そうだね。ちょっと、全力で頑張って見ちゃおうかな」

「ええ、そうね。私達も協力するから――」


 三姉妹が瞳をギラギラ輝かせて、こっちを見る。


「「「ね、ロレンス(君、さん)!!!!」」」

「……ああ」


 三人の視線を受けて、我が主が重々しくうなずく。

 仮面に隠れた額に浮かぶ汗を見て見ぬふりするくらいの情けは、私にもあった。


 ――かくして、ここに新たな冒険者パーティーが結成された。


 目的はただ一つ、打倒・魔王ディギディオン・ガレニウス!

 だが、それを掲げる銀仮面の復讐者もまた、魔王ディギディオン・ガレニウス!


 どーすんだよ、これ……。

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