第6話 魔王様は実力の片鱗を見せつけました

 少し小さなダンジョンの入り口の前で、我が主は立ち尽くしていた。

 ショック、だったのだろう。さすがに。


 冒険者として名を上げることが、我が主の目的だ。

 それを考えれば、あの三姉妹の行く末は私達の目的に何ら関わるものではない。


 だから、考える必要はない。

 この結末を受け入れて、言われた通りにギルドに戻れば、それでいい。


 ――なんて、そんな割り切り方、我が主にできるはずがないのだ。


 魔族でありながら人間が作る物語が大好きな変人が、この男だ。

 人と魔族が争わないよう尽力し、五十年の平和を実現した魔王が、この男なのだ。


 なりきりで近寄りがたい雰囲気を演出したが、根っこは筋金入りのお人好しだ。

 そんな男が、決して嫌えない性格をした三姉妹に助けられて、何を思うのか。


 長女は陽気で明るいムードメーカーで、しっかりリーダーシップを発揮していた。

 次女は当たりこそキツかったが気遣いができる女性だった。

 三女だって、一見気弱だが地下三階では次女と共に我が主を逃がす気概を見せた。


 嫌いようのない、実に好ましい性格をした三姉妹だった。

 その彼女達に逃がされて、我が主がショックを受けないワケが――、


「よし、解析・検証・構築、完了!」


 ……え? 何が?


「あれ、ロンちゃん、どうかした?」


 あ、なんか久しぶりに聞いた気がする我が主の素の口調。

 ではなく『どうかした?』はこっちのセリフだぞ、我が主。何が完了したって?


「いや、だから、今の転移魔法の構造を解析して、元の場所に転移する魔法をね?」


 組み立てたのか、今この場で!?


「うん。そう」


 うん、そう。……って、転移魔法の構築ってかなり難しかったはずでは?


「普通の魔導士なら難しいんじゃない? でもほら、僕、魔王だし」


 顔を銀仮面で覆ったまま、はにかむように笑う。

 うんうん、険しさには程遠いこの柔和さが、本来の我が主の持ち味なんだよな~。

 って、そうではなく、我が主よ、ダンジョンの中に戻るのか?


「そりゃあ、戻るさ。戻らない理由がないよ」


 それは何故だ。

 あの三人を助けることで、冒険者としての名声を得やすくするためか?


「…………あ~」


 おまえ、何だその『その手があったか~』ってツラは。


「いやぁ~、さすがロンちゃん、頭が回るね。考えもしなかったよ」


 本当にこいつ魔王か。と、一瞬本気で思ってしまった。

 つまりこの男、一切の打算なしにあの冒険者三姉妹を助けようとしていたのだ。


「だって死んでほしくないでしょ、あんないい人達」


 全く、お人好しめ。


「でもね、僕が助けに行く理由はもう一つあるんだよ」


 もう一つの理由? 何だそれは?


「ダンジョンの地下三階にあった気配。あれの主は多分――、魔族だ」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 二人、すでに死んでいた。

 我が主がその場に到着した時点でのことだ。


「……遅かったか」


 再び銀仮面の復讐者モードになった我が主が、押し殺した声でそう呟く。

 辿り着いたその場所は随分と広い部屋だった。

 八角形の大きな部屋。全体がほのかな光に満ちていて、中を見渡すことができる。


 光の源は壁や床から伸びる鉱物だった。

 魔結晶と呼ばれるそれは、大陸を巡る地脈から漏れた力が鉱石となったものだ。

 それが放つ光が、入り口付近に倒れる二人と、今も立っている一人を照らす。


「ロ、ロレンスさん……?」


 生き残りは、リリィだった。

 すると、倒れているのはシェリィとマリィ、か……。


「何で、どうして来ちゃったんですかぁ!」


 リリィが、我が主に向かって目を見開いて叫んでくる。

 その顔はやけに血色が悪く、しかも汗まみれで尋常ではない様子が見て取れた。


「これは……」


 我が主はリリィに反応しないまま、近くに転がる姉二人の亡骸を軽く検分する。

 シェリィもマリィも、外傷らしきものはなかった。

 ただ、その肌を真っ白く変えて、大きく目を剥いた状態でこと切れている。


 それを確認して、我が主と私は部屋の奥に佇む存在が何者なのかを察した。

 我が主が目をやれば、そこに立つのは巨大な影。


 人としては我が主も十分背が高いが、それよりさらに頭三つ分は大きい。

 その背丈はオーガ程もあるが、全身が奇妙なほどに痩せていた。


 目は落ちくぼみ、頬は痩せこけ、腰布一枚の灰色の体は骨と皮だけに見える。

 そのクセ、腹だけは異様に膨らんでいる姿に、我が主が仮面の奥の目を細める。


「――喰人鬼グール化した魔族、か」


 喰人鬼はアンデッドの一種だ。

 生きたいという願望を強く残して死んだ生物が変質することで、これになる。

 その性質上、どんな生物でも喰人鬼になる可能性はあるが――、


「ゲヒ、ゲヒヒッ、来た、来たぁ……、新しいエサだァ~……」


 口からよだれを溢れさせ、その喰人鬼は血走った目で我が主を見据えた。

 強靭な生命力を持つ魔族が変質した喰人鬼となれば、なるほど、強敵に違いない。


 元々このダンジョンはこいつを閉じ込めておく檻か何かだったのかもしれない。

 そして、この魔族はここで死して喰人鬼化した。といったところか。


 シェリィとマリィが傷もないまま死んだのは、こいつの持つ能力のせいだろう。

 強烈な生への渇望に囚われた喰人鬼は、他者の命を直接吸い取る。

 エナジードレインと呼ばれるそれがリリィの姉二人の命を喰らい、吸い尽くした。


「ヒヒヒ、ヒャハァァァァァ――――ッ!」


 喰人鬼が、奇声をあげて跳躍し、上から飛びかかってくる。

 その両手に発生する、薄黒い陰のようなもの。――そうか、あれが、


「だ、だめです! あの手に触れられたら……!」

「問題はない」


 悲鳴じみた声をあげるリリィに、我が主は短く言い切って、軽く後ろに退がる。

 我が主の鼻先を、振り下ろされた喰人鬼の手が過ぎていった。

 喰人鬼の手が地面をバンと叩き、直後、我が主の靴底が敵の顔面を蹴りつける。


「ギッ、ヒィィィィィィ~~~~!?」


 けたたましい声を発し、喰人鬼が上体を大きくのけぞらせつつ、後方に跳躍。

 アンデッドのくせに随分とすばしっこい。もとが強靭な体を持つ魔族なだけある。

 いかに高位冒険者といえど、少数の人間では勝つのが厳しい相手だ。


「ロレンスさん、大丈夫ですぅ?」


 リリィが我が主の方に寄ってくる。その方が安全そうだと判断したのだろう。


「問題ないと言った。……が、おまえは?」

「わ、私も大丈夫、ですよぅ」


 そう言いはするが、呼吸は乱れていて、顔色の最悪。明らかに衰弱している。

 すでにあの喰人鬼によって、かなりの生命力を奪われているようだ。


「どうして、戻って来ちゃったんですぅ? せっかく生還符を使ったのにぃ!」


 だがこの状況で、リリィはあろうことか我が主を叱ってきた。

 それは我が主としても意外だったらしく、軽い驚きの気配が私にも伝わってくる。


「おまえこそ、何故勝てぬと知りながら、逃げようとしない」


 全く同じことを問い返されて、リリィは一瞬言葉に詰まる。

 だが、今にも泣きそうな顔のまま、それでも瞳に決然たる光を湛えて言う。


「これは、リリィ達が受けた依頼だからですぅ。逃げるなんて選択肢、ないです!」


 キッパリと言い切ったその答えを、我が主は真正面から受け止めて、


「――眩しいな、冒険者」

「え、ロレンスさん、今、笑って……?」


 リリィの頭を軽く撫でて、我が主は踵を返し背を向け、マントを大きく翻した。


「少しだけ、待っていろ」


 言い放ってから、我が主は無造作に喰人鬼の方へ歩き出した。


「言っても理解できまいが、それでも冥土への土産だ、教えてやろう」

「ギヒ? ギヒヒヒ? エサ? エサ来た? エサ? イシシシシ~~~~!」


 喰人鬼が、べろんと長い舌を出して首をひねる。

 だが我が主は、それを無視して語り続けた。


「本来、攻撃魔法は誰が使っても同じ威力しか出ないように設計されている。これは、攻撃魔法が兵器として運用されていることが理由だ。使い手に左右されず一定の威力が見込めるのは、数が戦力に直結する戦争において、間違いなく有用だからだ」


 ツカツカと、靴音を固く鳴らし、我が主がさらに歩み続けていく。


「だが、何事にも例外というものは存在する。――使い手が超絶的な魔力量を有する場合のみ、誰が使っても同じ威力という攻撃魔法の前提は崩れ去る」


 我が主が開いた右手に、小さな火が灯る。

 それを見た喰人鬼は、顔から笑みを消して両手を陰で覆って襲いかかってきた。


「キ、キシャアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ――――ッッ!」

「これは、貴様を死天へといざなう葬送の炎。もはや逃れるすべはない」


 喰人鬼の吸命の手が振り下ろされる前に、我が主が右手をかざす。


「紅蓮に呑まれて虚無ヴォイドに還れ。絶神覇天滅界業獄真極魔導・四大原理式が一つ・灼焔石火之理一型・アポカリプティカ・ゲヘナ・ジャハンナム・ブレイズッ!」


 ――という『設定』の、ただの火属性初級攻撃魔法のブレイズ!


「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――ッ!!?」


 生まれた巨大な炎の渦が、喰人鬼の全身を丸々飲み込んでしまう。


「はわぁ~……」


 間の抜けた声を出すリリィの前で、喰人鬼は十秒も経たずに焼き尽くされた。

 あとには、何も残らない。骨の一かけらどころか、影さえも。


 我が主がのたまった絶神覇天なんちゃらなど、もちろんただの『設定』。

 だが、主が語っていた攻撃魔法に関する知識は『設定』ではなく、事実だ。

 ディギディオン・ガレニウスは、伊達や酔狂で魔王をやっているワケではない。


「……ファル・エ・ルトラ・ヴィストーラ」


 そして我が主は静かに天井を見上げ、自作造語の挨拶で締めるのだった。

 ダッセェ。

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