第5話 魔王様は初ダンジョンに心を弾ませました
目的地へと向かって、シェリィ達三人と我が主は歩いていた。
結局、我が主はシェリィの誘いに乗った。
彼女がロシュディア唯一のSランク冒険者であること。それが組んだ理由だ。
冒険者ランクはSSまであるが、実質の最上位がSランク。
このランクは、ロシュディアくらいの国なら全土に名を馳せるレベルの有名人だ。
シェリィがギルドにやってきたときの騒がれっぷりも、Sランクなら納得だ。
シェリィ――、本名シェリンダ・バーミュル。
赤い髪の盗賊剣士であり『猛々しい盗人』の異名で知られる凄腕の冒険者だった。
実は、私も彼女の異名くらいは聞いたことがあった。
我が主の使い走りで、人類領に新刊を買いに行く途中とかに、ちょっとだけね。
そして、マリィこと次女マリオンと、リリィこと三女リリエラ。
この二人も、それぞれAランク冒険者で、ソロでもやっていける実力の持ち主だ。
「でもね~、壁役がいなくなっちゃってね~」
と、街道を歩いているさなか、シェリィが我が主を誘った理由を語ってくれる。
先月で壁役との契約も切れ、新たな壁役を探している真っ最中、とのことだった。
三姉妹は戦士、魔導士、神官という構成だ。
確かに、防御を担当する壁役が欲しいところではあるだろう。
「で、ギルドに行ってみたらロレンス君がいたワケなのよね~」
「でも姉さん、こいつどう見ても壁役って感じには見えないんだけど……」
笑って言うシェリィに、マリィはニコリともせず告げる。
言ってしまうと、私はマリィに賛同だ。
だって我が主、全身武器まみれだが防具に関しては甲冑以外何もないんだぞ。
「大丈夫大丈夫、何とかなるってぇ~」
が、シェリィの返答がこれ。その自信は一体どこから来るのか。
一方で、誘いの乗った側である我が主が口を開く。
「聞こえるか。
おまえは何を言ってるんだよ。そして誰に尋ねてるんだよ。
「ううう、怖いですぅ~……」
Aランク冒険者のリリィが、我が主を怖がってスススと離れていく。
「未知なるものに恐れを抱く。それもまた人の在り様。人なるもののカタチ――」
「いや、単にあんたがワケわかんなすぎて怖いだけだからね」
お~っと、ロールに浸る我が主に、マリィがザックリ切り込んだァ――――!
「…………」
しかし我が主、これに無反応。全くの無反応。これは無礼!
「ちょっとあんた、何か言いなさいよ。何なのよ、その素っ気なさは」
マリィがムッとした表情になって、さらに突っかかってくる。
すいません、違うんです。無視してるワケじゃないんです。
この人、こういうのがクールでカッコいいと思い込んでるだけのバカなんです!
あと、これ本当に無視じゃないんです。
単に『溜め』に入って勿体ぶってるだけなんです!
「関わる者全てに痛みを与える。……生存、それ自体が俺の罪、俺の業」
って、オイコラ! 自己完結するな! せめて会話を成立させろ!
「何なの、こいつ……」
「マリィお姉ちゃん、リリィ、怖いですぅ~」
ドンビキする次女、そんな次女に泣きつく三女。
それはそれとしてマントを風にはためかせながら腕を組んで孤高を気取る我が主。
「ちょっと姉さん、私こいつ、生理的に無理ッ!」
「怖いですぅ、怖いですぅ~!」
「うんうん、会話も弾んでるし、仲良きことは美しきかな!」
次女と三女の悲鳴を聞きながらもそうのたまえる長女は、間違いなく大物だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
笑う長女。怒る次女。怖がる三女。
そして孤高とボッチを取り違えたまま、次女と三女から距離を取られてる我が主。
そんな四人がついに辿り着いた目的の場所。そこは、ダンジョンだった。
このたびの依頼内容は、新たに見つかったダンジョンの探索と攻略。
話によれば、数週間前の大嵐で山肌が崩れ、入り口が露わになったという話だ。
なるほど、山のふもとの抉れた場所にポッカリと穴が空いている。
「誰も入ったことがないダンジョンってさ~、ワクワクするよね~!」
いかにもワクワクドキドキといった感じの顔つきで、シェリィが言う。
それに、我が主が無言のまま小さく首肯する。
「フン、適当に相槌打ってるんじゃないわよ」
マリィがキツイ顔つきで噛みついてくる。
だが次女よ。おまえは知るまい。仮面の奥でキラキラと輝く、今の我が主の瞳を。
しかも私だからこそわかるが、我が主、今ものすごい微細に振動しています。
期待に胸を弾ませ、心を躍らせているのはわかった。
だから、全身を使ってワクワクドキドキを表現するのはやめてくれ、我が主!
肩に乗ってる私までその振動が伝わって、き、気持ちわる……、ヴォエッ。
「入り口に罠がないのは確認、っと。脱出用のアイテムもよし。じゃ、行くぞ~!」
しばし入り口を調べて、シェリィが先頭に立ってダンジョンの中に入っていく。
陣形としては、次に我が主、三番手にマリィ、最後にリリィとなる。だが、
ガコッ。
何やら硬い音がして、シェリィの次に入ろうとしていた我が主が足を止める。
「ちょっと……」
すぐ後ろから、マリィが咎めるような声で言ってくる。
「あんたの背中の剣の柄、引っかかってるみたいだけど?」
あら、マジだ。
我が主が背負ってる無駄にデカい剣の柄が、入り口のふちに引っかかってる。
どうやら、ダンジョンの入り口が思っていたより小さかったらしい。
「あんたさぁ、右手の鎌もそうだけど、ダンジョンじゃそんなの邪魔なだけよ?」
頭を低くして入り口をくぐる我が主に、マリィがさらに言ってくる。
うむ、まさに次女の言う通りだ。趣味に走るのもいいが現実は過酷だぞ、我が主。
「問題はない」
「はぁ?」
我が主の短い一言が、マリィの神経を逆なでしかける。
しかし、次の瞬間、背中の巨大剣と大鎌がフッと消えて、マリィは目を見開いた。
「……
「使えないと言った覚えはない」
収納魔法は、異空間にアイテムを収める便利な術だ。ただし、それなりに難しい。
いかにも戦士でございといった風体の我が主が使えば、驚かれもするか。
「あんた、一体何なのよ。そのナリで魔法まで使えるなんて……」
「俺は何者か。――人はどこから来てどこに行くのか。命とは、愛とは、運命とは」
「誰もそこまで壮大なテーマで話しちゃいないわよ!?」
今のは、我が主にしかできない話のはぐらかし方だ。
と、思ったが、単に自問自答して自己完結しただけだ、このなりきりプレイ野郎。
「っていうかぁ~、最初から剣も鎌も、収納しておけばよかったのではぁ~?」
後ろから、三女リリィが小声で突っ込んでくる。
それに対し、我が主は完全な無言。だが私は全力で『ですよねー!』と賛同する。
カッコよさを追求して、結果的に余計な手間を増やしてどうするのだ、全く。
「ね~! 三人とも、早く行こうよ~!」
奥からシェリィの声がする。
彼女が振るたいまつを目印にして、我が主と妹二人はダンジョン内に踏み込んだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
地下一階、二階、共に大した収穫なし。ついでに戦闘もなし。
もしかしてここって枯れてる?
と、私も思いながら訪れた地下三階で、先頭のシェリィが急に歩みを止めた。
「あ、ヤバ……」
聞こえる、そんな小さな呟き。
地下三階に降りた直後、真っすぐ伸びる通路を歩き出してすぐのことだった。
そこに立ち止まったシェリィがこっちを振り向く。
頬に、汗が伝っていた。顔は笑っているが、その笑みからは余裕が消えている。
「……嘘でしょ、やめてよね」
姉の表情を見て何かを察したか、マリィもめんどくさげに息をついた。
リリィは、自分の錫杖をギュッと胸に抱いて、
「い、一回、戻った方がぁ……」
「それはできないかな~、って。次に来るまでに外に出てるかもだしね~」
腰に提げていた長剣を抜き、シェリィが妹の提案を却下する。
三姉妹の間には、これまでにない緊張感が漂っていた。
その理由は明白だ。
いるのだ。
この先、わだかまる闇の奥に、高位冒険者三名をして恐れを抱かせるものが。
「――鉄火場か」
と、我が主も背中の巨大剣に手をかける。だが、
「あんたは帰りなさい」
マリィが、我が主にそう告げてきた。
「何故だ。俺は壁役のはずだが」
「まぁね~、そうなんだけど、ちょ~っと相手が悪いかなって~」
尋ねる我が主に、シェリィが苦笑しながら首をひねった。
このような事態はさすがのシェリィも想定していなかった、ということか。
「姉さんに付き合わされただけの新人はいても邪魔なだけよ。帰りなさい。そして、このことをギルドに報告するのよ。最悪の場合も想定しなきゃいけないしね」
マリィの声は鋭く、そして我が主を睨む瞳は冷たかった。
だが、その奥にこのけったいな変態新人冒険者に対する気遣いが垣間見られた。
「心遣い、痛み入る。だが俺も『
そうな。そう呼ぶヤツもいるよな。名乗ってる本人とかな。
まぁ、我が主も今はどこに出ても痛々しい姿だが魔王だ。戦うすべは心得ている。
「――――ッ! リリィ!」
退こうとしない我が主に目尻を吊り上げて、マリィが妹を呼ぶ。
するとリリィが「はぃ~!」と言って、我が主へかざした札を握り潰した。
まさかそれは、生還符!?
ダンジョンからの緊急脱出用に用いられる、短距離転移の効果を持つアイテムだ。
「待て、何をする。俺は――」
我が主の足元に、青白い光の魔法陣が発生する。
「あのね、カッコつけ仮面、よぉ~く聞きなさい!」
転移の魔法が発動する瞬間、腰に手を当てたマリィが我が主に向かって吼えた。
「仮にあんたが私達より強かったとしても、あんたは新人で私達はベテランで、あんたは後輩で私達は先輩なの。だから――、帰れ! 帰って、生き残りなさい!」
「待……ッ」
私と我が主はダンジョンの外に転移した。
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