第4話 魔王様は金眼の三姉妹と出会ってしまいました

 我が主がへこたれない。


「――黒い風が哭く夜に、今は朽ち果てた、かつて栄えた王国の宮殿を訪れた詩人が歌う。それは一つの予言。それは一つの予兆。放浪せし詩人の歌を噂に聞いたギルド長は一目見るなり俺をその歌に語られていた者と察し、特例として認めた魔王軍四天王を打倒するSSSランクの依頼はないか?」

「ありません」


 あってたまるか。


「ならば、風は荒れ狂い、火は燃え広がり、水は腐り、地は渇き果てたこの末世。数年前より突如として怒り始めたモンスター増加現象を危ぶむ有能ギルド長だったが、しかし国の重鎮達はそんなものは杞憂だとまともに取り合おうとはしなかった。そこでギルド長は秘密裏に俺に対して特命として発令することにした魔王軍四天王を打倒するSSSランクの依頼はないか?」

「ありません」


 あってたまるか。っつってんだろ!


「――そうか」


 と、みたび否定された我が主は、さすがに諦めたか、天井を仰ぎ見て、


「まだ、そのときではない。そういうことなのだな、有能ギルド長よ……」


 その会ったこともないギルド長に対する揺るぎない信頼は何なんだ!


「あの~……」


 主が銀仮面の復讐者ロールに浸っているところに、眼鏡の職員が切り出してくる。


「ここのギルド長ですけど、有能っていうか、はっきり言って無能……」

「職員にすら己の実力を隠し通すほどの有能ということだな」


「いえ、無能です」

「なるほど、つまり有能なのだな」


「いえ、無能です」

「そうか、やはり有能なのだな」


「いえいえ、無能です」

「そこまで否定されるほどに有能である確信が高まっていくぞ」


 何だ、この中身空っぽの押し問答。

 っていうか職員ちゃんよ、仮にも自分の上司をどんだけナメてるんだ。


「――ところで、魔王軍四天王を打倒するSSSランクの依頼は」

「ありません」


 結局、そこに戻るんか!

 何で大人しく新人用の依頼を受けようとしないのだ、この男は!?


 いや、わかるよ?

 とにかく冒険者として活躍して、方々に影響力を持つ。それが目的なワケだし。


 だけど過程をすっ飛ばすな。まだ登録もしてない新人以前だろうが、我が主。

 ああ、もう。いっそ私が人の姿になって説明しようかとすら思うぞ。


 つかね、そもそも何で白カラスなんだ、私は。

 主は『カラスが白いことこそ重要。そこはキモ』とかの楽しそうにたまってたが。


「こぉんにちは~!」


 と、そこにやたら朗らかな女性の挨拶。

 ギルド入口の方からだった。

 職員ちゃんや他の冒険者の視線が、一斉にその声の方へと向く。


「あ、シェリィさん!」


 声の主の名を呼ぶ職員ちゃんの顔が、パァッと明るくなった。

 冒険者達も「よぉ、シェリィ!」とか「やっと来たか!」とか口々に挨拶する。


 我が主はロールプレイの一環なのか、声の主の方を見ようともしない。

 仕方がないので、私がそちらへと目を向ける。三人の女が、そこに立っていた。


「やっほやっほ、朝の散歩での薬草採取が捗っちゃってさ~、この時間よ」


 薬草がいっぱいに入ったかごを担いでいる赤い髪の女が、声の主。

 動きやすそうなパンツルックの軽装で、腰に長剣を提げている。戦士職らしい。


 邪魔にならないようにか赤い髪はショートでまとめ、耳にシンプルなピアス。

 やや吊り気味の金色の瞳は猫のようで、それが彼女のイメージを決定づけている。


 背はそれなりで、体格はとても均整がとれている。

 男共の目は、胸よりも派手に露出している太ももと腹部に行くのだろうな。


 本人も、それを自覚してそんな恰好をしているとしか思えない。

 顔は笑っていて軽薄に見えるが、歩みと立ち回りに隙がない。相当な腕前と見た。


「ちょっと、姉さん。さっさと行ってよ。邪魔よ」

「わかってるって。マリィはせっかちよね~」


 二人目の女は、長い杖を手にした、濃紺のローブを羽織った蒼髪の少女だった。

 マリィと呼ばれた彼女は、シェリィより少し長身で、スラッとした細身だ。


 口調通りというか、なかなか気の強そうな顔つきをしている。

 基本的な造形こそシェリィに似通っているが、こちらは目つきがやや険しい。


 しかし、蒼髪に金色の瞳という組み合わせはなかなかに神秘的だ。

 これが彼女の雰囲気を一種独特なものに変えていて、周囲の目を集めている。


 ただ、人懐っこい雰囲気のシェリィに比べ、若干とっつきにくそうな感がある。

 だがその険しさが、逆に気高さという魅力を引き立てているようにも見える。


 体型は、ローブのせいでわかりにくいがやっぱり細さが際立つ気がする。

 手にしている杖は攻撃魔法の威力を増幅するタイプのようだ。


 そして三人目は……、何というか非常に分かりやすい。

 長く波打つ桃色の髪、白い神官服。職員ちゃんよりも気弱そうな顔。


 垂れ気味の瞳は他二人と同じ金色。

 背は三人の中で最も低いが、スタイルは神官服の上からでもわかるくらいにいい。

 特に、明らかに自己主張の強い、その大きな胸。そして――、


「あ、あの。……こ、こんにちは」

「「「リリィちゃん! こんにちはぁぁぁぁぁ――――ッ!」」」


 軽く挨拶しただけなのに、男共のこの反応よ……。


「ひゃう~……」


 ほらぁ、リリィと呼ばれた子、完全に委縮してるじゃないか。

 だが男共の反応もわかるっちゃわかる。リリィという子、とにかく小動物っぽい。


 三人の中で一番背が低くて、おどおどしていて、そして胸が大きい。

 もうさ~、この時点で男性人気が出ないワケがないっていうね。

 見た目もあざといし、挨拶を返されたときの反応もあざとい。これはあざとい。


「……男ってこれだから」


 うんうん、マリィのその苦虫を噛み潰したかのような反応、さもありなん。

 だって今のギルド内でリリィを見ていない男は我が主だけだ。

 まぁ、それも主が立派なのではなく、単にロールプレイに没入してるだけだが。


 明朗活発な戦士のシェリィ。

 気難しげだが知的美人の魔導士のマリィ。

 小動物的で男性人気が高そうな神官のリリィ。


 それぞれ性格も気質も違う三人だが、顔立ちが似ている。三姉妹のようだ。

 そして、シェリィが採取した薬草を納品するべくカウンターへとやってきて――、


「およ?」


 私と目が合った。


「ねぇねぇ、二人とも。何か、黒くてゴツい人がいるよー!」

「あのね姉さん。初対面の人をいきなり指さすのは……、本当に黒くてゴツいわね」

「はわぁ……、本当です。黒くて、大きくて、トゲトゲしてます……」


 うんうん、そーだね。

 黒くてゴツくてトゲトゲしてるよね、我が主の真っ黒甲冑。


「ミナちゃ~ん。この人、誰~?」


 シェリィが、我が主と話していた眼鏡の職員ちゃんに軽い調子で話しかける。

 ミナという名前だったらしい職員ちゃんが、我が主とシェリィを交互に見てから、


「えっと、今日来たばっかりの人みたいで。……あ、そういえば、お名前」


 ここでミナが気づいた。そういえば名乗ってなかったな、銀仮面の復讐者。


「……俺か?」


 我が主が腕組みをしたまま、シェリィの方を半分だけ振り向く。

 半分だけなのは、相手から見える自分の角度を意識してのことだろう。殴るぞ。


「うわぁ、仮面だよ、マリィ! この人、仮面してるよ! すごい怪しい!」

「だから姉さん、初対面だってば……。確かにすごい怪しいけど」

「は、はい。すごい怪しいです~。……本当に、ものすごい怪しいです」


 もう『すごい』がゲシュタルト崩壊しそうなレベルで怪しまれてる……。

 だというのに、我が主は一切動じず、こうのたまうのである。


「――俺に、近づくな」


 わざわざ顔を右手で覆い隠し、指の隙間からチラリと三姉妹を流し見ながら。

 我が主、それはもう『私は怪しいです』と公言しているようなものだぞ、我が主!


「虚空に哭く黒き風が告げる。未だときは来たらず。俺の名を告げるべきは今にあらず。それでも知ろうとするならば俺の宿業に飲み込まれるぞ。灰燼と帰したいか?」

「あ、じゃあいいです。怖いから」


 意味不明の言葉を羅列する主に、ミナはもはや恐怖に顔を青くしてかぶりを振る。


「いいだろう、貴様の覚悟は受け取った。ならば俺も礼に則り名乗るしかあるまい。俺はロレンス。人呼んで『闇夜に堕天せし銀仮面の復讐者ダークネス・シルバースター・マスカレイド・アヴェンジャー』ロレンス・アルゲント二世だ」


 名乗っちゃった。


「私、いいですって言いましたよね!!?」


 ミナの絶叫の、何と悲痛なことよ。……同情する。心底、同情する。


「アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!」


 そして、ここでいきなりのシェリィの大爆笑。

 妹二人が完全にポカ~ンとなっている中、彼女だけはまさに抱腹絶倒だ。


「あ~、笑ったわ~。ここまで笑ったの、久しぶりだわ~」


 ひとしきり笑ってから、シェリィは目の涙を拭い、とんでもないことを言い放つ。


「ロレンス君だっけ? ねぇ、君、あたし達と組んでみない?」


 何言ってんだ、こいつ。

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