第3話 魔王様は全力で趣味に走りました

 適当に飛んで着いた先は、どこかもわからない森の中。


「アプローチのしかたは間違ってなかったと思うんだ」


 切り株の上に座って、我が主が唸っている。

 いや、割と致命的な間違い方をしていた気がする。だって宣戦布告だよ?

 いくらガレニオンに戻れないからって、魔王が直接注意喚起とかどーなのよ?


「いや、違うよロンちゃん。そうじゃなくてもっと大枠でね? そういう、ヘルムの裏側の汚れをつつくようなのじゃなくてさ、もっと大きな視野に立ってだね?」


 大きな視野に立った結果があの超絶自爆行為か?


「これ以上はやめて、泣きそう」


 あ、ごめん。言い過ぎた。

 それで、結局のところ、我が主は何が言いたいのか。


「うん、だからね、今の僕達は、人類側から働きかけるしかないと思うんだ」


 まぁ、ガレニオンに戻ってもファムティリアに見つかるだけだからな。

 それが確実である以上、主の言う通りではあるだろう。選択肢がないとも言う。


「ただ、時間はあまり残されてないね。時間が経ったら、魔族は主戦論で染まる」


 悲しいことだが、それもまた我が主の言う通り。何せ『魔族は脳筋』だ。

 総じて、物事に対する考えが『パワーで大体どうにかなる』に向かいがちなのだ。


「力押しを好むってことは、それを肯定する理屈に乗せられやすいってことだ」


 これも、我が主の言葉の通り。

 戦争を望む層は少数だが、その少数が他の大多数を染め上げることは可能だ。

 頭のいい魔族なら、割かし簡単にそれを実現するだろう。


 そうすると問題は、私達に残された時間がどれほどか、ということだ。

 いかにファムティリアでも、国全体を掌握するにはかなりの時間を要するはずだ。


 これから開戦にこぎつけるまでに、あの魔女がやるべきことは山積している。

 まずは我が主の死を公表し、自らが新たな魔王となって国をまとめる。


 それとて、簡単にはいかないだろう。

 何せ主はこんなヤツだが五十年の平和を築き上げた名君だ。支持率も高かった。


 我が主がいなくなったことが広まれば、民は確実に混乱する。

 ファムティリアはそれを収め、主戦論を広め、軍備の強化までしなきゃならない。


 あれ、そう考えると開戦までは結構時間があるのか?

 いかに『魔族が脳筋』でも、やることがこれだけ多いと十年はかかるのでは?


「……おそらく、猶予は二、三年ってところかな」


 え、何で?


「思ったんだよ。僕がいなくなって国が混乱をきたすなら僕はその場にいればいいんだ。そうすれば、国はそもそも混乱しない。ファムも悠々と主戦論を広められる」


 ……まさか、影武者?


「そう、影武者」


 我が主がうなずく。


「僕の影武者を用意するくらい、ファムならやるだろう」


 う~む、この我が主の妹に対する負の信頼。

 だがまぁ、主がやるというならやるのだろうなぁ、あの『白金の魔女』は。


「二、三年。……楽観せずに見るなら、二年。それが開戦までの期限だ」


 みじかッ。

 それはちょっと、さすがに開戦を阻むのは厳しいのでは……?


「僕もそう思う。……う~む、どうしよう」


 我が主が腕を組んで首をひねる。

 しかし、実際これはどうしたものか。ここから、私達はどう動けばいいのか。


「人類側から働きかけるといっても、まずは僕達が人の社会に馴染む必要がある。その上で、多くの人への影響力を持ち、なおかつ自由に動ける身分であれば最高だ」


 いや~、こうして言葉にしてみると、なかなか無茶な条件だ。

 無茶っていうか、無理?

 それこそ絵に描いたような無理難題だ。どうやればそんな条件を満たせるのか。


 出自を詮索されず、他者に大きな影響力を持ち、自由に動くことができる身分。

 何だそれ、全然現実的じゃないぞ。

 主が読んでた小説に出てくる冒険者じゃあるまいし――、


「……それだ」


 え?


「それだよ、ロンちゃん! 冒険者だ! 冒険者なら、全ての条件を満たせるよ!」


 え、え? いや、あの、我が主?


「盲点だった。冒険者になれば、依頼さえ果たせば余計な詮索はされない。それに活躍すれば多くの人にも注目されるし、何より自由に動くことができる! ほらね!」


 いやいや、ほらね! じゃないが?


「そうと決まれば、まずは近くに街がないか確認するところからだ。善は急げだ!」


 あ、もう冒険者になることは決定事項なんですね。


「いや、街を探す前にやることがあったな。……『設定』を考えなければ」


 『設定』。……とは?


「いくら出自を詮索されにくいとはいっても、人と接する以上、何かを話さなきゃいけない機会もあるだろう? そのための『設定』。つまりはカバーストーリーさ」


 ああ、なるほど。そういう感じか。

 だったら、出自自体はなるべく目立たないよう、地味にするべきだろう。

 容姿は魔法で何とでもなるだろうから『設定』に合わせて――、


「ふむ、なるべく目立たない『設定』……、じゃあ、こういうのはどうかな?」


 さすがは読書量だけはガレニオン随一の本の虫。早速何かを考えついたようだ。

 ならば聞かせてもらおうではないか、魔王が考えた冒険者の『設定』を。


「人呼んで『闇夜に堕天せし銀仮面の復讐者ダークネス・シルバースター・マスカレイド・アヴェンジャー』ロレンス・アルゲント二世。顔の上半分をミスリル銀の仮面で覆った絶世の美男子で、冒険者でありながらそのいでだちは貴公子然としていて、見る者全てが決して無視できない魔性の魅力を放っているが、本人は決して人と交わろうとしない孤高の存在で、だけど胸の奥には熱いものを秘めていて冷淡な性格を装いながらも生まれもった優しさを隠し切れず、ついつい困っている人間を助けてしまうお人好しな面もある。その正体は、父は人間、母は魔族という、この世界では禁断とされる存在で、その潜在的な魔力は解放されれば世界すら滅ぼすほどといわれ、それを恐れた魔王に両親を殺されたことから魔王への復讐に人生を捧げることを心に誓った復讐の貴公子で――」


 ああああああああああああああああ、痛い痛い痛い痛い!

 痛々しさが溢れる! 迸る! 私の細胞をメッタメタに突き刺し、抉っていく!


「あれ、どうしたのロンちゃん。今のでまだ触り程度なんだけど?」


 触り!? 今ので、触り!!?

 三日煮詰めた砂糖に蜂蜜を山ほど加えて、さらに十日煮詰めたようなのが!?


「え、うん」


 と、軽々うなずく我が主。

 しまった、色々激動だったので忘れていたが、我が主はこういうヤツだった。

 こういうオリジナルの『設定』とかが大好きな――、そう、厨二病!


 え、厨二病って何かだって?

 少し前に東方から伝わった概念だが、私はそれを言語化できるほどの知識はない。

 我が主みたいなヤツ、で大体合ってるだろ、きっと。


「今のは、ほんの軽いプロフィールじゃないか。ここから名前の由来、二つ名の由来、服装、外見特徴(身長・体重・体格・骨格・肉付き・眉・目・鼻・口・あご・輪郭・首・胸板・腕の長さ・腕の太さ細さ・手・指・腹・腰・太もも・ひざ下・ふくらはぎ・足・指・傷跡のありなし、など)、口調、口癖、装備(メイン武器・サブ武器・隠し武器・切り札武器・体防具・腕防具・アクセサリ・他、小物など)、過去の経歴から(出生から冒険者に至るまでを、一日ずつの単位で『設定』)、好きなもの、嫌いなもの、苦手なもの、苦手だけど嫌いじゃないもの、好きな食べ物、嫌いな食べ物、ついついやってしまうクセを二つか三つ、あとはキメ台詞と性格の詳細とかを決めて、次に過去の人間関係。性格を決める上では欠かせない――」


 もういい。もういい! ギブアァ――――ップ!


「え、ロンちゃん?」


 悪いがさすがにそこまでは付き合いきれん。

 主はそこで引き続き『設定』を考えるがいい。私はその辺を散歩してくる!


「あ、いってらっしゃ~い。……メイン武器の『設定』は、どうしようかな」


 逃げた私を見送って、我が主はその日一日を『設定』構築で潰したのだった。

 趣味に走った我が主の恐ろしさを、これから私は思い知ることとなる。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 大陸西側の小国ロシュディアにある地方都市ファルード。

 その街は、地方都市としてはそれなりの規模で、活気もあって賑やかだった。


 街の一角にある冒険者ギルドも同様で、賑やかであり、そしてありふれていた。

 掲示板に張り出されている依頼票を見る冒険者に、カウンターに立っている職員。


 併設されている酒場では、一仕事終えた冒険者達が自分の活躍を自慢している。

 そこにあるのは、まさしく誰もが想像する冒険者ギルドの光景だった。


 ――そこに、我が主が訪れた。


 木のドアを軋ませてギルドに入るなり、早々に彼は注目された。

 それまで騒いでいた荒くれ共が、皆揃って黙り込み、彼へと視線を向けてくる。


 だがそれも仕方のないこと。

 そこに現れた彼は、個性豊かな冒険者達と比べて、明らかに異質だった。


 禍々しい装飾が施された漆黒の甲冑に包み、己より巨大な超重剣を背負っている。

 その上に羽織ったマントは半ば朽ちて、見る者に異様な圧を与えるだろう。


 さらに、腰の右側に奇妙な形状のサーベル。左側にはダガー二本差し。

 あまつさえ、漆黒のガントレットに覆われた右手には巨大な鎌を携えている。


 長い黒髪。褐色の肌。

 右目は濃い紫、左目は濃いブルーの金銀妖瞳ヘテロクロミア


 そして顔の上半分を覆い隠す、穢れなき白銀の仮面。

 右肩には、白いカラスとなった私が乗っている。


 これぞ『闇夜に堕天せし銀仮面の復讐者ダークネス・シルバースター・マスカレイド・アヴェンジャー』ロレンス・アルゲント二世。

 冒険者への変装という大義名分のもと、己の趣味に突っ走った我が主の姿だった。


 なるべく目立たない、という初期コンセプトはもはや灰燼と帰した。

 百戦錬磨・海千山千の冒険者さん達も揃って面食らっている中、主が口を開いた。


「初ギルド……、ども……」


 低く抑えた声音で言って、彼は入り口付近で軽く頭を下げたのち、場を見回す。


「俺みたいな闇夜に堕天せし銀仮面の復讐者、他にいるのか、っていないか。フフ」


 おまえみたいなキワモノ、他にいても困るだけだわ。

 冒険者さん達のそんな言い分が、青ざめたその顔にありありと表れていた。


「今日のギルドの会話、あの依頼は割がいい。とか、あの娼婦オンナがほしい、とか――」


 言いながら主は一歩前に進んで、軽く肩を竦めた。


「ま、それが普通だよな。……片や俺は虚無ヴォイドに墜ち往く堕天使を見て呟くのさ」


 ここで、彼は朽ちかけたマントを翻し、さらに一回転ターン。

 口元にシニカルな笑みを浮かべて、キメ顔。そして、


「It’a Boukensya Guild.」


 キメたつもりの彼。明らかに気圧されている冒険者達。

 その中の一人が特に怯えた声で小さく「怖ェ……」と漏らす。


永劫無限エターナル? それ、褒め言葉さ」


 言ってない。

 誰も言ってないよ、そんなこと。


「好きな武器、パイルバンカー。尊敬する作家、ウロ・ブチ(ヌルい展開はNO)」


 そこからクルクルと華麗にターンをキメながら、職員のいるカウンター前へ。


「などと言っている間にカウンターだ。嗚呼、新人冒険者の辛いところだ、これは」


 悩みを演出するようにして眉間に指を当てて、彼は泣きそうな職員と向かい合う。


「あ、あの、どのような依頼をお探しで……?」


 眼鏡の若い女性職員だが、見ているこちらが可哀相になるくらい怯えている。

 それでも職務を果たそうとする立派な彼女に、我が主は優雅に尋ねた。


「ギルドに未登録で、まだ一つも仕事もこなしていない俺を一目見てタダモノではないと見抜いた有能ギルド長たっての希望で冒険者のライセンスを持たないにもかかわらず特例として認められた、魔王軍四天王を打倒するSSSランクの依頼を一つ」

「ありません」


 あってたまるか。

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