第2話 魔王様は人類に危機を報せに行きました

 魔王城執務室、爆裂! 融解! 消滅!

 魔王ディギディオン、死亡! この物語は第二話にして完結!


 ――ンなワケない。


「あああああああああああああああ、僕の蔵書が……」


 サラマンデに焼き尽くされた執務室から、黒煙がもうもうとあがっている。

 私の背に乗った主は、上空からその様を見下ろしてただひたすらに嘆き続けた。


 私は変幻の霊獣ロンヴェルディア。

 さっきまでは小鳥の姿で鳥かごの中にいたが、今はワイバーンの姿になっている。


 サラマンデが我が主を殺そうとした瞬間、私はこの姿になった。

 自慢ではないが、こう見えて私は魔王の眷属。あれを凌げる程度の技量はある。


 とはいえ、咄嗟のことだったのでさすがに救えたのは我が主のみ。

 主にとっては命にも等しい人類の物語コレクションは灰燼に帰してしまった。


「ああああああああああああああああああああああああああああ~……」


 主、ものすごい嘆きっぷり。

 大丈夫だって、命は一つだけど本は何冊もあるから。また買えばいいって。な?


「ううう、ロンちゃあぁ~~~~ん」


 私の背で、私の長い首にヒシと抱きつく我が主。

 主は、使い魔である私の思考を距離を問わず知れる。念話、というヤツだ。


「あ~、クソ~、また絶対買い揃えてやる……。そのための予算を計上してやる」


 本のこととなると職権濫用も辞さなくなるのはどうかと思うぞ、主。


「だってだって~! 僕の本が! 僕の本がぁ~! も~! も~~~~!」


 さっきまで冷静だった主が、私の背で大人げなくヤダヤダする。

 そんな、幼児退行してる彼を少しだけ可愛く感じる私は、やや趣味が悪いかも。


「う~~~~」


 さて、過ぎたことに駄々をこね続けて十数分。

 やっと主が泣きやんだので、今後について考えることとする。


「まずは逃げよう。――西に行ってくれ、ロンちゃん」


 了解した、我が主。

 私は小さく一声鳴いて、翼を羽ばたかせて西へと飛んだ。


 我が主は、私の背に立って腕組みをして、何かを考え込んでいる。

 何か、ではないな。今の状況で彼が考えることなど、一つしかないだろうに。


「……このままどこかの書店に行って、何か買う?」


 いや、違うぞ。そうじゃないぞ、我が主。


「え、ダメ?」


 ダメ。というか、さすがにそれはない。本のことは一旦考えるのをやめてくれ。

 一応は魔族存亡の危機かもしれないんだからな、今の状況。


「まぁねぇ~……」


 心底めんどくさげに、我が主は自分の髪を掻いた。


「ファムのやつ、魔王に即位したら絶対に軍を編成して人類領に攻め込むよね~。そうなったらもうダメだよ。魔族は負ける。絶対に負ける。人類に勝てるはずがない」


 言いつつ、我が主の顔は半笑いになっている。


「そう、魔族は負ける。それは今までの歴史が証明してる事実だし、これからもずっとそうだろう。……それは何でかわかるかい、ロンちゃん」


 主が私に問うてくる。その質問の答えは、それこそ自明の理だろうに。


「だね~、僕と君にとっちゃ、今さら過ぎる話ではあるね」


 主が苦笑する。彼の言う通り、今さらな話だ。

 魔族が人間に勝てない理由が『魔族が人間より強いから』などということは。


「そう、魔族は強く、人間は弱い。だからこそ魔族は人間を見下し、侮り、逆に人間は魔族を恐れ、警戒し、対抗できるように策を練り、工夫を凝らす。その工夫が魔族の強さを凌駕する。って何回も言ってきたのにな~、ファムにも。四天王にも……」


 我が主ががっくりと肩を落とす。

 今の彼に似合う言葉は『徒労』か、もしくは『無駄な努力、乙!』だろう。


「まぁね。魔族は強いよ。強いけど、その強さを絶対視し過ぎて戦いに工夫を持ち込まない。そして、そこを突かれて人類に負ける。……つまり、魔族は脳筋!」


 魔族は脳筋。

 それは、私と主の間でもう何十年も前に出た、あまりにも悲しい結論だった。


 さらに悲しいことに、それを裏付ける事実まである。

 人類側の全ての国において、実はすでに確立しているのである。


 何がって、魔王軍最高戦力の四天王の攻略法。

 いくら強いからって、数百年規模で同じ戦い方を繰り返せば、そりゃあ、ねぇ?


「このままじゃ、七十年ぶりの人魔大戦勃発必至、かぁ~」


 言って、主は私の背に大の字に寝転がった。


「魔族が死ぬし、人も死ぬ。本の出版どころじゃなくなるから、新刊も出ない」


 そこか。危惧するべき点はそこなのか、我が主よ。

 と、私はもう少し危機感を持ってほしいと思ったのだが――、


「……戦争は、やだなぁ。最悪だ」


 そんなこと、進言するまでもなかったか。

 我が主は根が甘い。性格も優しいしお人好しだし、甘ったるくてとんだヘタレだ。

 城でだって、ファムティリアに抗することなく逃げの一手を選ぶほどに。


 あそこで我が主が対決を望んだら、きっと魔王城は崩壊していた。

 そして、確実に多数の死者が出ていたことだろう。主はそれを望まなかった。

 だから逃げた。


 そんな我が主が、多大な犠牲が出るであろう戦争など、望むはずがない。

 そもそもそのような事態にならないよう、主は魔族の国ガレニオンを潤してきた。

 結果、今のガレニオンは戦争を必要としないだけの豊かさを得ている。


 その証拠に、国民の大半が開戦を望んでいない。

 世論を占めているのも『人間? いつかやるけど今はいい』という考えだった。

 満ち足りた平和な生活を捨ててまで主戦論を叫ぶ輩はごくごく少数だ。


 しかし、その少数の中に四天王とファムティリアが含まれているからタチが悪い。

 人類なんか弱いに決まってる。勝って当たり前。

 ファムティリア達の考えを突き詰めると、結局はそれ。だがそこに根拠などない。


 そんなものに巻き込まれて、これから何人死ぬ? 何万人が犠牲になる?

 想像することにすら嫌気が差す。唾棄すべきものとは、まさにあの連中のことだ。


「ファムティリアは、表向きは僕と同じ穏健派を装ってる。おかげで国民からの人気も高い。……僕がいなくなった以上、あいつは確実にガレニオンを掌握するだろう」


 我が主が、寝転がったまま呟く。

 だが、このまま主が城に戻っても、待っているのは避けられ得ぬ兄妹対決。


 犠牲なしでは済まないだろうな。我が主はそれを忌避している。

 そうなると、人魔の衝突を防ぐためには別の方法をとる必要があるが――、


「行こう、ロンちゃん。目的地は人類最大国家エルクロニアの王都エルダーンだ」


 我が主が立ち上がり、声に決意をにじませて私に命じてくる。

 了解だ、我が主。最高速で向かうとしよう。

 私はさらに力強く飛ぶため体を大きくし、翼を羽ばたかせて人の国へと向かった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 人類最大国家エルクロニア王都エルダーンの王宮前広場にて。


「僕の名は魔王ディギディオン・ガレニウス! この国は狙われている!」


 ドドーン、と、わざわざ魔法で雷鳴の効果までつけての、我が主のお知らせ。

 その傍らには私。ちなみに姿は、巨大化したワイバーンのまま。


「人類の皆さん、ピンチです! 魔王軍が攻めてきますよ!」


 今度は効果音をガガーンに変えて、我が主がもう一回お知らせをする。

 広場には、多くの人間が集まっていて、皆、我が主と私の方を見て固まっている。


「…………」

「…………」

「…………」

「「「…………」」」


 沈黙。静寂。そこに重なるさらなる沈黙。静寂。

 何だか、すこぶる反応が悪いようだが……。


「あ、あれ……?」


 この反応の悪さには、主も戸惑ったようだった。

 グッと握った拳を突き上げたまま、周りをキョロキョロ見回している。


「……えっと、ロンちゃん」


 やめろ、こっちを見るな、我が主。

 そんな冷たい雨に濡れた子犬みたい目で私に救いを求めるんじゃない!


 いや、しかし何なのだろうか、この、人間達の反応のなさ。

 わざわざ、魔王自らが魔王軍が攻め込んでくることを報告しにきたというのに。


 ……うん?


 魔王自らが? ……魔王軍が攻め込んでくることを? …………報、告?


 あ。


 と、気づいた瞬間、場が弾けた。


「「「魔族だあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!!!」」」


 絶叫。

 悲鳴。

 混乱。


 泣く子供。

 逃げる大人。

 吠える犬と何故か尻を噛まれる飼い主。


「あれぇ~……?」


 騒然となる場を前にして立ち尽くす我が主。そして私。

 もうね、何もかもがメチャクチャよ。メチャクチャ。いっそ清々しいほどに。


 気づいてしかるべきだった。

 七十年ぶりに現れた魔王が魔王軍の攻撃を人類に向かって告げる。

 それってつまり、


「しまった! これただの宣戦布告だ!?」


 そうだよ。やっと気づいたか、我が主。

 どうしようどうしよう。人類最大国家に、魔王自らが喧嘩売っちゃったぞー。


「――こうなったら、ロンちゃん」


 我が主が、その決していかついワケではない顔に厳しいものを浮かべる。

 何かを決意したのか。もしや、ここから起死回生を果たせる一策があると――、


「逃げよう!」


 そんなものはなかった。


「お、お邪魔しましたァァァァァァァァ~~~~ッ!」


 そう叫ぶ主を背に乗せて、私は全速力で人類最大国家から離脱した。

 あ~ぁ、どうするんだ、これから……。

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