【第一部完結】魔王様は世界を救うロールプレイを始めました~でも毎秒黒歴史を量産するので使い魔からは「もうやめてくれ!」と思われています~
楽市
第1話 魔王様は四天王に爆破されました
これは我が主が『
魔王ディギディオン・ガレニウスの執務室は、いつだって本で埋まっている。
玉座の間の隣にあるそこは、それでもかなり広い部屋だった。
過去形だ。
隅から隅まで綺麗に本が置かれ、積み上げられたここに広さを感じる者はいない。
魔王ディギディオン・ガレニウスの使い魔である私でも、だ。
執務机の脇に置かれた鳥かごの中で、私は主を見つめる。
今も、本に囲まれて執務机で読書に没頭する我が主――、魔王ディギディオン。
褐色の肌にサラリとした黒い長髪。額に伸びる二本の角。
ここから見る横顔は、相も変わらず非の打ち所がない完璧な造形をしている。
エルフのような長い耳がやや垂れているのが特徴で、可愛げがある部分か。
さらにいえば骨太というよりは優男の部類で、威圧感や迫力とは無縁の顔立ちだ。
纏っているのは魔王の格を示す漆黒のローブで、見た目、黒くない部分皆無。
それこそ影法師かというくらいに真っ黒で、本が作る影に半ば溶け込んでいる。
「ふむ……」
と、私が見つめる先で、我が主は軽く声を漏らした。
彼が読んでいるのは、ここ最近の人類の動向をまとめたもの。――ではない。
そして、彼の周りを囲む無数の本は魔族の戦略のための資料。――でもない。
「……えぇっ、まさか。そんな。あの子が!?」
ここで、我が主ディギディオンがすっとんきょうな声をあげる。
彼が読んでいるのは、小説だった。
周りにある本も小説・短編集・物語集・戯曲・童話・絵物語・説話集、などなど。
魔族は創作などには興味はないので、それらは全て人類が書いたものだ。
数十年前だかにどこかの国で発明された印刷技術とやらの賜物だ。
そして今日も新刊が出ていたため買ってきた。使い魔の私が。パシリとして。
私が見つめる先で、我が主がその表情をコロコロと変えまくる。
笑ったかと思えば驚き、次に泣き、そしてまた笑い。次に眉間にしわが寄る。
表情のパターンが豊富すぎて、ただ見てるだけなのに面白い。何こいつ。ウケる。
「はぁ……」
やがて、本日の新刊を一気読みした我が主は本を閉じた。
そして顔を軽く上向かせ、何かを感じ入るように目を閉じ深くため息を漏らした。
「…………。…………。…………。…………」
長い。
沈黙が長い。
「…………。…………。…………。…………」
主が小刻みに身を震わせている。
「…………。…………。…………。…………」
さらに両手で頭を抱えて体を捻じっている。そして左右に揺れている。
「…………。…………く、ふぅ」
お、やっと終わったか?
「…………。…………。…………。…………」
折り返し地点だっただけか!
「…………。…………。…………。…………よかった」
二分以上に渡って浸り続けていた我が主が絞り出した感想は、その一言だった。
見ている私には『すごいよかったんだなぁ』というのは十二分に伝わったが。
「ロンちゃん! 我が使い魔、変幻の霊獣ロンヴェルディアよ!」
と、我が主がこっちを向く。
「君に聞いてほしい。僕が読んだこの書の素晴らしさを。ここに記された五人の冒険者の苦しくも熱い冒険の物語を。それを読んで高鳴りがやまない僕の心臓の音を!」
あ~、また始まった。
我が主の『不治の病』が。
こやつはこうして、自分が読んだ本の感想を私に延々聞かせてくるのだ。
前回は何時間だっけ、確か昼頃から始まって、夜明けまで語り続けたのだったか。
「はぁ~、今思い出しても泣けてくるよ。主人公の生き別れの姉が、まさか宿敵とも呼べる相手に寄り添っただなんて。それを姉本人から知らされたときの主人公の衝撃たるや、もう……! それを読んでいた僕でさえ、胸の奥にまで響くものが――」
あ、早速語り出した。
しかし私はすでに百年ほど前に聞き流すすべは会得済みだ。
どうやら、今回読んだ新刊は、家族がテーマに含まれているらしい。
主の好みドストライクのヤツだな。これは長い語りになりそうだ。聞き流すが。
主については語らせておけばいい。私は羽根を繕いつつ相槌を打つだけだ。
全く、魔族の王ともあろう者が日がな一日読書に耽り、その感想を小鳥に語る。
いやはや、何とも平和な光景だよなぁ。
今日も、魔王城は何事もなく日常が流れてゆくばかり――、
「邪魔をさせていただく!」
平和は、突然の怒声によってあえなく打ち砕かれた。
両開きの扉が弾かれるようにして開け放たれ、ズカズカと何人かが入ってくる。
本タワーの向こう側に見える人数は五人。
一人は、我が主に似た顔立ちをしているが、髪は銀髪で全身も純白の少女。
我が主の妹にあたる『
そして、彼女が率いているのは魔王軍最高戦力たる地水火風の四天王だった。
怒鳴ったのは、その中で最も背が高くてゴツい『火』を司る四天王だ。
名を、サラマンデ・バニングブラス。
全身が金属質の真っ赤な鱗に覆われた、屈強な竜人種の雄である。
他三名も含めた四天王を後ろに控えさせ、ファムティリアが執務机の前に立つ。
顏こそ可憐で可愛らしいが、その目つきには我が主にはない陰険さが垣間見える。
「ご機嫌麗しゅう、お兄様。今日も日がな一日読書ですか。魔王ともあろうものが」
「別にいいだろ、ファム。急を要する案件は午前中に全部終わらせたんだし。空いた時間を何に使うかは僕の自由なんだから、放っておいてほしいものだ」
本を机に置き、我が主は肩を竦める。
すると、ファムティリアはこちらを見下ろしたまま、隠すことなく舌を打った。
「寝ぼけているの、お兄様。あるでしょう。私達が達成すべき、一大事業が」
「またそれかい」
我が主が呆れたようにため息をつく。
まぁ、毎日こんな風に突撃されてれば、いい加減、我が主とて飽きもするだろう。
「魔族による大陸制覇。人類領への侵攻かい? 確かに一大事業だね」
「そうですわ。私達がなすべきことはまさにそれでしてよ。なのにあなたと来たら」
言って、ファムティリアは近くの本タワーを無造作にグイと手で押した。
積まれただけの本がそれに耐えられるはずもなく、幾つかのタワーが崩落する。
「……何をするのかな?」
我が主がファムティリアを見る視線に、にわかに険しいものが混ざる。
「それはこっちのセリフですわ。魔王軍を動かすには最高司令官であるお兄様の勅が必要だというのに、そのあなたが、このようなものにうつつを抜かして」
「あんたは心底情けねぇ野郎だよなぁ、オウ、魔王様よォ!」
ファムティリアに加えて、サラマンデまでもが我が主に言いがかりをつけてきた。
「こんな、人間なんぞが作ったくだらねえ紙束に無駄な時間費やしやがって! 先代は判断を間違えたぜ。魔王に相応しいのはあんたじゃねぇ、ファムのお嬢だ!」
「それについては父が判断したことだよ、サラマンデ。亡き王の決定だ。誰が何を言ったって、覆せるものじゃない。それに僕は僕なりに、頑張ってるよ?」
露骨に威圧してくるサラマンデの気を、我が主は平然と受け流す。
確かに、我が主の言う通りだった。
魔族にとって魔王の決定は絶対だし、国については主は常に尽力している。
「違ェよ! そうじゃねぇよ! 民のことなんざどうでもいい。俺は、いくさ働きをさせろって言ってんだよ! 一体何年、俺達に我慢させる気だ? あぁ!?」
チンピラみたいな言い方をする。よっぽど鬱憤が溜まっているようだ。
主が魔王となって約五十年。その間、主は一度も魔王軍を動かさなかった。
前回の人類との戦争が我が主の即位の二十年前。
なので合計すると七十年か。長命種の魔族といえど、さすがに七十年は長い。
「って言ってもね、サラマンデ。前回も結局負けたでしょ、
「うるせぇ、前と今とじゃ話が別だ。相手は人間如きなんだぜ! 前だって最終的に勝てはしなかったが、ギリギリまでは追い詰めたんだ! 今回は勝つ!」
それ、七十年前も言ってなかったか?
と思って私は記憶を巡らせる。うん、言ってた。さらに遡って、前々回も。
魔族は人より強い。それは事実だ。
だがしかし、これまでの魔族側の戦績に、今のところ勝ち星はない。
強いだけでは勝てないという、何よりの証左だろうに。全く。
「悪いけど、僕は何を言われようとも魔王軍を動かす気はないよ」
呆れのため息はこれで二度目。我が主は執務用の椅子に身を沈めた。
「だって、勝てないからね。負けるとわかってる戦争なんて、するだけ無駄さ」
主が続けたその言葉が、激発のきっかけとなった。
「――腰抜けめが」
ファムティリアが見切りをつけたよう言って、サッと右手を挙げる。
「もういいですわ。おやりなさい、サラマンデ」
「ヒャッハァ、その言葉を待ってたぜ! ファムのお嬢よォ!」
サラマンデが歓喜の声をあげ、その大きなあぎとを我が主と私に向ける。
さすがに驚いて、我が主が椅子から腰を浮かせかけた。
「……待つんだファム。君達は!」
「消え去りなさい、愚兄。魔王の重職は、おまえ程度に担えるものではありません」
我が主がファムティリアに言い返す前に、執務室に紅蓮の炎が炸裂した。
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