再び空へ
エンジンの暖気が終了し、後部の偵察者兼機上通信席にあげられた。
席に着くと正面に計器が並ぶ。羅針盤に高度計、気圧計、速度計などなど。作業用のテーブルに電信用の電鍵。
地図に計算尺やソロバン、コンパス、ストップウオッチなどの航法に必要な器具類は、横のポケットに入っているという。足下には発煙筒が並んでいる。
後ろに目を向けてみると、護身用なのだろう。七・七ミリ機銃が見える。
風防を開け、取っ手を引っ張りながら立ち上げるようだ。
弾倉はさらにその下に保管されている。
ただ機銃の使い方は説明はされなかった。まあ今回は使う機会は無いはずだ。
「……これ、昼食」
ローナがそっけなく紙袋と水筒を渡してきた。
中身は、あのワッフルが二枚。それにコーヒーだった。
機体はエンジン出力を調整しながら、桟橋を離れた。だが、ある程度行った沖合で止まった。
何かあるのだろうか?
と、思っていると、タグボートが近づいてくる。
不思議な形だ。操縦室を片舷に寄せてある。
「タクシーボートです。ここから押してもらいます」
エリナが説明し、相手のタグボートに「よろしくお願いします」と通信していた。
このヨークタウン沖――ハンド湾という――は、飛行機以外にも漁業や貿易が活発なため、船舶の往来も激しい。
そのために好きな場所から勝手に飛び立つ、または着水とかは出来ないようになっている。
地図を見ると、海面部分に『小型機の離発水用』と書かれて、区分けされているのが分かった。東西三〇〇〇メートル、南北三〇〇メートルの大きさだ。
このタグボートはそこまで運んでくれるらしい。
確かに飛行機を押しやすいようにか、操縦室を片舷に寄せてあるのもそうだが、中央の窪みが飛行機の機尾を掴むようになっている。
タクシーボートは彼女らの機体を後方から掴むと、押し始める。
そして例のエリアの端に来たようだ。
東の端。左右に、赤色のブイが浮かんでいる。
「何しているの?」
突然、リジーの頭上をコインが舞った。だが、そのコインはポチョンと海面に落ちる。
投げているのは、エリナだった。
再び頭上をコインが舞ったが、同じく海面に落ちた。
「ごめん、エリザベスちゃん。小銭、持ってる?」
「小銭?」
「今ので無くなっちゃった。甲板に落としてくれない?」
チラリとタクシーボートの操縦室を見ると、相手は何かを待っているように見受けられる。
チップが甲板に……と言っていたところを見ると、離水開始の合図になっているようだ。
そういえば、自分たちの機体の機尾を外してくれない。それに後ろの方に別の機体が、離水準備のためかやってきていた。
「何でアタシが……」
リジーの手元にあったのは、一〇セント硬貨。
ちょっと高いような気がするが、相場はこれでいいのだろうか?
風防を開けてヒョイッとコインを投げる。体を固定されているとなかなか難しいが、コインはきれいな放物線を描きながら、手すりに当たり、跳ね返って甲板に落ちた。
それで、ようやくタクシーボートは機体から離れていく。
「じゃあ、行きますッ!」
エリナの声がヘッドフォンから聞こえると、エンジン音が上がり始めた。
機体が海面を走り始める。
フランクリン島では外洋で波も荒くかなり揺れたが、ここは内海で波は穏やか。
小さな波が突き上げるが、彼女たちを乗せた機体はものともせず、スピードを上げていく。だが、なかなか機体はあがらなかった。
荷物が重たいのか?
そうではないようだ。スッと滑らかにあがり始める。
上空にあがると、視界が開けてきた。
左手にはロングソード半島があり、その先端には巨大なアンテナが円形に並べられている。
地図に目を向けてみると、そのアンテナ群には『ゾウの檻』と書かれていた。たしかにこんなに大きなアンテナの群れは、ゾウを入れる檻のように見える。
右手にはヨークタウンの街並みとショートソード半島。新しく生活する街並みは、コンクリート製が多いのか白く輝いていた。
「ねえ、グラーフさん。なんでまっすぐ西に飛んでいるの?」
空の上からの風景に浸っていたが、何かおかしい。
ずっと西に向かっている。
目的地は北のはずだ。ちゃんと打ち合わせしたはずなのに……。
「もしもしグラーフさん?」
再び機内通信に呼びかけてみた。
「あっ、はい! ごめんなさい。
グラーフなんて呼ばれるのは久しぶりなもので……」
「そう……それはそうと、なんで西に飛んでいるの? 北でしょ?」
「あッ、ごめんなさい」
と、突然、機体が
飛行機にはブレーキも無い。ましてや空の上では……それが、急に前のめりになると、向きを変えて、北へ進み始める。
あまりにも急に曲がったものだから、機体がきしむ。
そして、中の人間は左に押しつけられることとなった。
「何するのよッ! もっとゆっくり曲がってよッ!」
リジーは、シートベルが肩に食い込み痛い。それに、頭も機体の縁に打つけそうになった。
「ごめん。考え事していた」
エリナは素っ気なく応えた。
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