第33話 逃げられないシンデレラ
「それで、リアはどこの大学受けるの?」
放課後の騒がしい教室で、帰り支度をする私──リアに、
志望大学については何度も言ってるのに、いまだに疑っているらしい。
確かに本命は別の大学だけど、今の秋斗には言えるわけもなくて……私は口を
だって、私があの大学に進むと知れば、きっと秋斗は怒ると思うし。
どうしても言えない私は、笑って誤魔化すことにした。
「はは……私の志望大学はB大学って言ったよね?」
「どうしてそう
「そ、そんなことはないよ」
「心外だなぁ……リアに対しては寛容なつもりだけど」
「どの辺が?」
「リア、だいぶ言うようになってきたね」
「だって私がバイトするって言ったら、秋斗もバイト始めるし……大学も一緒にって言うんじゃない?」
「さすがにそれはないよ」
「うーん……いまいち信用できないなぁ」
「リアは今日もバイトだよね?」
「秋斗もでしょ?」
「いや、今日はお休みをもらってるんだ。だから一緒にバイトには行けないよ。今日はちょっと用事があって」
秋斗が私と同じ日にバイトを入れないなんて珍しいと思っていると、まーくんが大きな足音を立てて私の席にやってくる。
「リア、バイト行こう」
今日のまーくんは、私のことがわかるらしい。秋斗がプレゼントしたと思われるハートのメガネをかけていた。
「うん、行こう。じゃ、まーくんとバイトに行ってくるね」
「ああ」
私がまーくんと二人でバイトに行っても気にしないなんて、今日は雪でも降るのかな? ……なんて、ちらりとそんなことを思ったけど、その時の私は秋斗のことを簡単に考えていた。
「まーくん、じゃあまた明日ね」
「うん、また明日ね!」
バイトが終わった後、自宅マンションまで送ってくれたまーくんに手を振ると、まーくんは笑顔で帰っていった。
「なんだかまーくんと二人だと平和な感じがするなぁ……」
秋斗が邪魔というわけではないけど、最近やたらギラギラしてる秋斗といるのは疲れることもあって……久々の一人を漫喫する私だけど、自宅階に着くなり大きく見開いた。
「あれ? 秋斗? どうしてこのマンションに?」
小金先生の部屋近くにいる秋斗を不思議に思って見ていると、私の視線に気づいた秋斗がやけに綺麗な笑みを浮かべた。
「ああ、ちょっと用事があって……
「そうなんだ? もしかして、進学のこととか?」
「まあね」
「そっか……じゃあ、また明日ね」
「ああ。また明日」
その時の私は、秋斗に会ったことを特別おかしいとは思わなかったけど、彼がそこにいた理由を疑うべきだった。
そして何も知らない私は、家に帰るなりとんでもない事実を聞かされることになる。
***
早朝の住宅街。私は秋斗に早く会うために、いつになく早起きをして走っていた。
学校までの距離は徒歩で30分というところだけど、こんなに遠く感じたのは初めてかもしれない。
私はようやく辿りついた学校の廊下を全速力で駆け抜けると、息をきらしながら階段を駆け上がる。
自分の教室までの道のりで、一生分走った気持ちになっていた。
そして勢いよく自分のクラスのドアを開けると、秋斗の机に大股で歩み寄る。
「秋斗!」
「ああ、おはよう、リア。どうしたの? そんな怖い顔して」
「どうしたの? じゃないよ! 秋斗、昨日うちに来たでしょ?」
「リアの家に? まさか……昨日は小金先生の家に……」
「嘘をついても無駄だよ! うちの両親に挨拶して、しかも私と一緒に暮らす約束までしたんでしょ?」
私がその事実をつきつけると、秋斗は「バレちゃったか」とあざとく舌を出してみせた。
バレちゃったか、じゃないよ!
昨日、両親から秋斗のことを聞かされた時は、驚きすぎて心臓が口から飛び出るかと思った。
王子様がどういう人か、わかっていたはずなのに……さすがの私も、両親から同棲の話を聞かされるとは、思いもよらなかった。
「もっと強く口止めするべきだったな」
「どうして秋斗はいつも私の知らないところで周りを丸め込むの!?」
「それは、もちろんリアと幸せになるためだよ」
「両親に会うなら、まず私に相談してよ」
「リアに言ったら、先延ばしにするでしょ? 志望大学の件みたいに」
「まさか……志望大学を確認するために、うちに来たわけじゃないよね?」
「志望大学ならいくらでも調べる方法があるけど、リアが怒るからまだ確認してないよ」
「まだって何? すでにじゅうぶん怒ってるんだけど」
「リア……卒業後も一緒にいようね」
「……やだ」
「え?」
「こんな風に、自分勝手な行動をする秋斗と一緒になんていられないよ!」
「恋人のことは全部知りたいと思うのが普通でしょ?」
「だったら、私に全部聞いてよ!」
「教えてくれるなら聞いてるよ」
「何よそれ……」
「それより卒業後に住む家のことだけど……」
「どうしてそう、秋斗は私の領域に土足で入ってくるの!? もういい、秋斗とは別れる!」
「リア」
「な、……なによ」
「本当に僕と別れられるかな?」
自信たっぷりに腕を組んで笑う秋斗に、私は大きな声で宣言する。
「絶対別れるんだから!」
「はいはい」
「私は本気だよ?」
「本気で僕から離れるなら、覚悟してよ」
「……う、そんな怖い顔したって無駄だからね!」
「僕はどこまでもリアのそばにいるからね」
こうして秋斗と(一方的に)喧嘩をした私だけど、何を思っているのか秋斗はその後も普段と変わらなかった。
***
「おはよう、リア」
別れを告げた翌朝、秋斗はにこやかな笑みを見せた。
あまりにナチュラルだったから、思わず挨拶しそうになるけど……私は途中で思い出したように秋斗を睨む。
「お、おはよう──じゃなくて、秋斗とはもう喋らないんだからね!」
「はいはい」
「本気だよ?」
「今日はバイトも一緒だから、いっぱい会えるね」
「……う」
「リアは可愛いなぁ」
ずっとこんな調子で、私が無視しても強く当たっても、秋斗の態度は変わらなかった。
けど、その時の私は、秋斗がどれだけ深い闇を抱えているかなんて知らなくて――ただ意地を張って秋斗を遠ざけ続けた。
放課後、今日は一人でさっさと帰るつもりだったけど、なぜか隣には秋斗の姿があった。
「ねぇ、どうして私の隣に秋斗がいるの?」
「僕は小金先生のところに用事があるんだ」
「ふ、ふうん……そんなこと言って、本当は私と一緒に帰りたいだけなんじゃ?」
「自意識過剰なリアも好きだよ」
「じ、自意識過剰!?」
私がやや小走りで先に進むと、後ろからクスクスという笑い声が聞こえた。
***
「昨日はあんまりよく眠れなかったなぁ……さむっ……ん?」
秋斗とまともに喋らなくなり、三日が過ぎた。
なんとなく秋斗のことが気になりながらも、そんな自分の気持ちには気づかないふりをして歩いていると、朝から電柱と会話するまーくんに遭遇する。
まーくんは相変わらずだけど、いつもと変わらないまーくんを見るとホッとした。
「まーくん、また電柱と喋ってるの? いい加減、メガネしなよ」
「わ! また知らない人が腕を引っ張ってくる」
「はいはい、学校に行こうね」
私はまーくんを教室に送り届けると、自分のクラスに向かう。
秋斗と喧嘩してからは、なんとなく自分の教室に入りづらかった。
だってほら、教室に入ったら、クラスメイトたちが私のこと睨むし……。
「おはよう、リア」
「……」
「リア?」
「話しかけないで。私は怒ってるんだから!」
教室は針のむしろだけど、ここでひくわけにもいかなくて、私は秋斗の顔を見ないようにして着席する。
そして私と秋斗がしばらく沈黙していると、そのうち始業ベルとともに南人兄さんがやってきて──兄さんは私の前まで来ると、いつになく厳しい声で見下ろした。
「大塚さん、そこまでにしてください」
「小金先生?」
「ほら相智くんも、ちゃんと謝って許してもらってください」
私たちの喧嘩に気づいた兄さんが、間に入ってくるけど、秋斗は少し苛立ったように兄さんを睨みつけた。
「他人のことに首をつっこむな」
「やせ我慢は体に毒ですよ。現に相智くん、まともに眠れていないでしょう?」
「……」
「……秋斗?」
兄さんに言われて初めて気づいた。
いつものように強気な秋斗だけど、どこかやつれていることに。
顔色も悪いし、もしかして本当に眠れていないのだろうか──そんなことを考え始めると、秋斗のことが気になって見つめてしまう。
すると、兄さんがさっきよりも優しい声で告げる。
「相智くんは今も昔も意地っ張りですからね。大塚さんと似た者同士ですね」
「私が? 秋斗と似たもの同士?」
「違いますか?」
「私は意地っ張りなんかじゃ……」
「でしたら、どうして大塚さんは相智くんを遠ざけようとするのですか?」
「そ、それは……秋斗が自分勝手なことをするから」
「大塚さんは相智くんのことが嫌いですか?」
「……そういうわけじゃないけど」
「相智くんは前世のトラウマのせいで、大塚さんに対して少し過保護になっているのですよ。ですから、許してあげてください」
「小金先生はどうして私たちの事情を知ってるんですか?」
「もちろん、二人の担任だからです」
「意味がわかりません」
聞きたいことは沢山あったけど、兄さんは笑ってはぐらかしながら秋斗の前に立つ。
秋斗は辛そうに俯いていた。
「相智くん、大丈夫ですか?」
「少しめまいがしただけです」
「秋斗?」
私が秋斗のおでこに触れようと手を伸ばすと、その手を秋斗が掴み取る。
「リアが僕と一緒に暮らしてもいいと言ってくれるまで……僕は諦めないからね」
「でも、私は秋斗と一緒に暮らす覚悟なんて……」
私が狼狽えていると、兄さんが笑顔で口を挟む。
「覚悟なんて、あとからついてくるものですよ」
「そんなこと言われたって……」
「ねぇ、リア。何も今すぐ一緒に暮らそうっていう話じゃないし……卒業までまだ時間もあるよ? だから、考えてくれないかな」
「……最初から、そう言ってくれればいいのに」
結局、そういうことだよね。私が怒っているのは、秋斗がなんでも勝手に決めてしまうからで──ちゃんと最初から相談してくれれば、こんな喧嘩しなくて良かったんだ。
すると、秋斗も反省したように、申し訳なさそうな顔をこちらに向ける。
「順番が逆になってごめん。僕も本当は先に言いたかったけど……焦ってたみたいだ」
素直に謝る秋斗を見て、私は言葉を詰まらせる。
できれば平凡な人と付き合いたい……という願望は、いつの間にか『秋斗が好き』という気持ちに負けたみたいで、私もそれ以上突っぱねることはできなかった。
ここまで来たら、もう自分の気持ちを誤魔化すのも無理があるよね。
私は観念したようにため息をついて、秋斗から視線をそらす。
「……卒業までに気が変わるかもしれないよ?」
「それって、一緒に暮らしてもいいってこと?」
「だから、卒業まで気が変わらなければ」
「リア! ありがとう。リアならそう言ってくれると思ってたよ」
「良かったですね、相智くん」
本当はまだ覚悟なんて出来てないけど、秋斗の痩せ我慢に負けた私だった。
***
放課後、真っ暗な音楽室で、
「なかなか、今回は上手いこと丸めこみましたね」
向かいには、南人が仕える王子こと
秋斗は南人の言葉を聞くなり、不敵な笑みを浮かべる。
「ああ。今回はお前が加勢してくれて助かった。リアの両親の心を掴むことが出来たのも、全てお前のおかげだ」
悪いことをする時ほど綺麗な顔で笑うと、秋斗の恋人は言っていたが、その通りだと南人も思う。
ゾッとするほど美しい顔で笑う秋斗に、南人も頷いて見せる。
「あとは分譲マンションの購入だけですか」
「ああ。夜景がきれいなファミリーマンションがあるんだ。きっとリアなら、買ったばかりのマンションを解約しろなんて言わないだろう」
「まさかリアさんも、二人で暮らすマンションを買うとは思わないでしょう」
「約束してしまえば、こっちのものだ」
「王子は今も昔も王子ですね」
「僕もそう思うよ」
音楽室で不穏な気配を漂わせる南人とその主君が、密かに共謀しリアが逃げられないよう動いていることを、リアは知らない──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます