第22話 まじない師の戯れ



 とある寒い日のブランチタイム。


 セーターにパンツスタイルで相変わらず薄着の秋斗あきとと一緒に、ホテルのブッフェに来たのはいいとして……。


「リア」


「え? ええ?」 

 

 ブッフェの前に庭の東屋ガゼボで景色を眺めていたら、秋斗がキスしようとしたので、私はそそくさとレストランに向かった。


「どうして逃げるの?」


 追いかけてきた秋斗はやや不貞腐れていたけど、私は見ないようにしてホテルの通路からレストランに入る──けど、


「あれ? ブッフェのレストラン、内装変わった?」


「……確かに、いつもと全然違うね」


 いつの間に改装したのだろう。


 白を基調とした開放感あふれるレストランは、アンティークな調度品が並んだ、クラシカルな部屋に変わっていた。


「このレストラン、こんなに狭かったっけ? 店員さんも出て来ないし……人がいなさすぎて気味が悪いよ」


 まるで別世界に迷いこんだようなその空間が少し怖くて、私は思わず秋斗の手を握った。


 けど、いつもの嬉しそうな反応はなくて、秋斗も驚いた様子で周囲を見回していた。


 そしてしばらく呆然と部屋を眺めていると、ようやく店員らしき人がやってくる。


「いらっしゃいませ」


 深い緑の髪に切れ上がった三白眼。


 まさかの南人みなと兄さんだった。 


「え? 嘘……南人兄さん?」


 フリルのついたお洒落なシャツを着た兄さんは、いつもの兄さんとは雰囲気が違って見えた。


 なんていうか、ミステリアスな感じ?


「なんでお前がここにいるんだ」


 レストランで働いてるなんて初耳だったけど、秋斗は動じることなく兄さんに訊ねた。


 すると兄さんは苦笑する。


「残念ながら、私は『みなと』という名前ではございません」


 姿はともかく、その声は全くの別人だった。


 世の中にそっくりな人が三人はいるって聞くけど、似すぎだよね。


 けど、声で別人だとわかって、秋斗はすぐさま頭をさげた。


「……失礼しました」


「いいえ。私はあなたたちにとって〝最も心を許せる人間〟に見えているはずですので、親しい人と間違えても仕方ありません」


「最も心を許せる人? 小金こがね先生が?」


 秋斗が怪訝けげんな顔をする中、私は不思議な気持ちでその人を見ていた。


「あの、あなたはここの店員さんなんですか?」


 私が訊ねると、兄さんに似た店員さんは優しく微笑む。


 確かに、そんな笑い方をする兄さんは見たことがないし、本当に別人……なのかな?


「ええ。私は店員です」


「ここはホテルのレストランですよね? 内装を変えたんですか?」


「いえ、ここはホテルのレストランではありません」


「じゃあ、なんのお店ですか?」


 店員さんは私の問いに答えることなく、秋斗に問いかける。


「覚えていませんか? 王子」


「なんのことですか?」


「その昔、私はあなたの願いを叶えました」


「願い……?」


「あなたを、そのお嬢さんの近くに転生させてあげたではありませんか」


「転生……だと? まさか……『まじない師』か?」


「え? どういうこと?」


 どうやら店員さんは秋斗の知り合いだったらしい。よくわからないけど、秋斗の顔色が変わった。


 秋斗は少しだけ考え込むと、しばらくして再び口を開く。


「そうか……あなたはあの時の……また会えるとは思わなかった」


「偶然ではありません。私があなたを呼び寄せたのです」


「呼び寄せた?」


「私はあなたの寿命と引き換えに、あなたをそこのお嬢さんの元へ送りましたが……記憶を蘇らせた分の対価をいただいておりませんので、再びお呼びしました」


「記憶を蘇らせた分……だと?」


「ええ」


「ねぇ、秋斗……どういうこと? 記憶って……」


「聞いた通りだよ。僕たちが転生して出会えたのは、この人のおかげなんだ」


「えええ!?」


 転生が意図的なものだと知らなかった私は、驚きすぎてすぐに言葉が出なかった。


 けど、秋斗の様子を見たら嘘でもなさそうだし、本当……なのかな?


「信じられない……そんなこと、出来るものなの? まるで魔法みたい」


「僕もどうやって転生させてもらったのかは謎だけど、こうやって僕たちが巡り会えているってことは、嘘ではなかったみたいだ」


「嘘ではなかったみたいって……もしかして、本当かどうかもわからないのにお願いしたの?」


「あの頃は藁をもすがる思いだったから。ただ、まじない師は金品では動いてくれないから、僕の寿命で支払ったけど」


「え? 寿命? どういうこと?」


 秋斗は少し言いにくそうに目を伏せて言った。


「……そのままの意味だよ。残りの寿命をこのまじない師に渡したんだ」


「極端な選択は……しないでって言ったのに」


「そんなの無理に決まってる」


「王子様まで……死ぬ必要なんてなかったのに」


 偶然だと思っていた。私が王子様に再び出会えたこと。


 でもすべては秋斗の命と引き換えだったなんて……そんな悲しいこと、してほしくなかった。私が最期に願ったのは、王子様の幸せだったのに。


「どうして……そんな」


「もちろん、君を愛しているから」


「そんな簡単に言うけど」


「簡単な話だよ。君が死んで、僕はいつ死んでもおかしくないくらい荒れたんだよ。そんな時、宰相のツテで、まじない師に出会ったんだ。残りの寿命を渡せば、リアに会わせてくれると言ったから、僕は喜んで命を差し出したよ」


「……秋斗」


「ただ、僕の願いの対価が足りなかったみたいだ。だからこうして呼ばれたまでだ」


 秋斗はなんでもない風に笑うけど──私の心中は複雑で、言いようのない怒りを感じても、どこにぶつければいいのかわからなかった。


 結局、秋斗を追い詰めたのは私なんだ。そう思うと、秋斗を叱ることもできなかった。


「秋斗から、これ以上何を奪うつもりですか?」


「そうだね、どうしよう」


 私が訊ねると、店員さんは腕を組んで考えるそぶりを見せる。


 相手が兄さんにそっくりなせいか、余計に腹が立った。


「まだ決まってないのなら、私が代わりに払います!」


「リア!?」


「……これ以上、秋斗から命を奪わないでください」


「ダメだ、リア。奪われるなら僕だけに……」


「わかりました。今回の対価はお嬢さんに支払っていただきましょう」


「あなたは、リアをどうするつもりだ」


 今度は秋斗の表情が怒りに染まるけど、店員さんは軽く笑いながら人差し指を立てる。


「では、前世に戻って、王子様にキスをしてください」


「……へ?」

 

 予想外の言葉に、私は今日何度目かの大口を開ける。


 その理解不能な内容に動揺していると、店員さんはさらに告げた。

 

「キスって素敵ですよね。時代やシチュエーションによって、愛情の濃度も変わってきますし。ですから、あなたがたの過去のキスから生まれた愛情を私がいただきます」


「リア、ありがとう」 


「いや、そういうことなら、秋斗の方が適任でしょ」


「リアが行ってくれるんでしょ?」


「そんなことだとは思わなかったから」


「ていうか、なんでわざわざ前世で? 今の時代じゃダメなの?」


「私がほしいのは、あなたがたのファーストキスです」


「ファースト? そんなもの、何に使うんだよ」


「新鮮な愛情は、農作物を元気にしてくれますので家庭菜園で使用させていただきます」


「家庭菜園……肥料でもまいておけよ」


「いやいや、一般的な肥料だと綺麗に育たないのですよ毒草は」


「他人の愛情で毒を育てるのか……」


「ええ。ですから、どうか新鮮な愛情を運んでくださいね」


「そもそも、前世なんて行けるものなんですか?」


「私が作ったこの『前世に戻るくん』を使えば、前世に行くことができます」


 言って、店員さんは拳ほどの大きさの丸い玉を用意した。


 青緑のそれをどうするのかは知らないけど、嫌な予感しかしなかった。


「『前世に戻るくん』って何で出来てるんですか?」


「企業秘密です。ですが、これを全部食べれば簡単かつ安全に前世旅行ができます」


「そんなよくわからないもの、食べるわけないじゃないですか!?」


「そうだね。内容がわからないなら、僕も賛成できないな」


「なに、体に有害なものは入ってませんから。内容の六十パーセントは砂糖です」


「砂糖で誤魔化さないといけないくらいひどい味なんですね」


「そうですね。初めての方はたいてい驚かれます」


「やっぱり僕が食べるべきなのかな」


「ダメだよ、秋斗にこれ以上辛い思いはさせられないよ。怖いけど、やっぱり私が前世に行ってくる」


「……リア」


「ちなみに『前世に戻るくん』の効き目は一時間ほどなので、ファーストキスは一時間以内にお願いします」


「わかりました。で、愛情はどうやって持ち帰るんですか?」


「愛情は勝手にこちらで採取しますので、あなたはファーストキスだけに専念してください」


「勝手にって……もしかしてあなたも一緒に行くんですか?」


「ええ、もちろんです」


「……キスを見られるのはちょっと」


「ついでに写真を撮ってもらうことはできませんか?」


「秋斗!」


 店員さんがゆっくりとかぶりを振るのを見て、秋斗はわかりやすくガッカリしていた。







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