第13話 邪魔の連鎖



「おはようリア」

  

 冬が深まりつつある早朝。


 静かなビルが建ち並ぶ通学路で、待っていたとばかりに制服ブレザー秋斗あきとに出迎えられた。


「おはよう、秋斗」


「リア、今日の放課後だけど──」


 ほんのり色気のあるアーモンドの瞳を細めて、さっそく話し始める秋斗だけど、それを遮るようにメガネに学ランの男の子が飛び込んでくる。

 

「おはようリア!」


「……え? あ、おはよう、まーくん」


「リア、今週から同じ学校だね。だから明日からは──」


 うさぎみたいな大きな目をした田橋たはしまさきくん(まーくん)は、秋斗の存在をまるで気にしない様子で話し始めた。


 そしてそんなまーくんを、邪魔だとばかりに秋斗は睨みつける。


「なんでお前がいるんだ」


 秋斗が私を背中に移動させると、まーくんは口を尖らせる。

 

「お前じゃない、まさきだ。それより、リアから離れてよ──うっ」


 ────バタッ。


 最後まで喋り終える前に、いきなりまーくんが倒れた。


 何が起きたのかわからなくて、秋斗と私が目を丸くしていると、南人みなと兄さんがビルの陰から現れる。


 スーツ姿の兄さんの手には、竹筒のようなものが握られていた。


「邪魔はいけませんね」


「南人兄さん……いったい何をしたの?」


「ただの吹き矢です。田橋くんは私が回収しますから、早く登校してください」


 まーくんの足を引きずって撤収する兄さんを、私と秋斗は無言で見ていた。




「それにしても昨日は驚いたよ。リアに元カレがいたなんて」


 無事に登校して席に着くなり、秋斗が刺々しい口調で言った。


 秋斗のことを恋人だと認めた覚えはないけど、なんとなく気まずくなった私は肩をすくめる。


「元カレじゃないよ。まーくんとは友達だし」


「向こうはそうは思ってないみたいだよ」


「それは……」


「僕だって、リアのことを恋人だと思ってるけど、リアの本音はどうなの?」


「友達……だよ」


「あれだけのことをしたのに?」


 指摘されて、秋斗にされたアレコレを思い出してしまう。


 私が真っ赤になって俯いていると、秋斗はくすりと笑った。


「そんな可愛い反応しないでよ。ここが学校じゃなかったら、昨日の続きができたのにな」


「き、昨日の続き?」


 一人慌てる私の耳に、秋斗はそっと囁く。


「リアが僕を友達だと言ったら、場所関係なくキスするからね」


 そう言って、秋斗は私の頬に派手な音を立ててキスをした。


 私が真っ青になる中、周囲を見れば……やっぱりクラスメイトは皆そっぽを向いていた。


 ……信じられない。


 隣で軽く口笛を吹く秋斗。


 そんな秋斗に文句を言おうと私が口を開いた瞬間、チャイムが鳴り響き──なんとか始業に間に合った担任が、教壇で親指を立てた。




 ***




「あれ、まーくん? こんなところで何してるの?」


「やっと出てきた。待ってたよ、リア!」


 放課後、校門を出るなり、私と一緒にいた秋斗にまーくんが抱きつく。


 秋斗は離れようともがくけど、体格の良いまーくんから逃げられないらしく、秋斗の目がどんどん釣り上がっていった。

 

「まーくん、メガネ!」


「ええ!? リアが2人いる!?」


「なんでだよ」


 大袈裟にのけぞって驚くまーくんに秋斗がツッコミを入れると、まーくんはメガネを持ち上げながら秋斗を食い入るように見つめた。


「なんだ、君はリアの、こ……ここここ」


「恋人だ」


「ちょっとこここここ、恋人だからって調子に乗るなよ!」


「昨日はキス見たくらいで、倒れたくせに」


「き、キスなんて、僕だってリアと……」


 まーくんは唇を突き出して秋斗に近づいてゆく。


「んー……」


「オイ」


 けど、触れる前に秋斗がまーくんの首を掴んで止めた。


「ハッ!? なんでお前が目の前にいるんだ!?」


「それはこっちのセリフだ」


「まーくん、いっそコンタクトにしたほうがいいよ。そのメガネも度が合ってないんじゃない? 私と秋斗を間違えるなんて」


「これってコンタクトとかそういうレベルの間違いなの?」


 ────バタッ。


 秋斗が真面目にツッコミを入れた次の瞬間、まーくんが直立の姿のまま倒れた。


 私が驚いてまーくんを見下ろす中、竹筒を握った南人兄さんが木陰から現れる。


「ささ、二人ともここは私に任せて早く──」


「そうはさせない!」


 兄さんが私と秋斗に帰宅を促していると、まーくんがものの数分で復活した。

 

「まさか、馬用の麻酔が効かないのですか……?」


「どうしてそう、リアのいとこのお兄さんは邪魔するの? 昔はあんなに優しかったのに」


「それは……あなたが王子の祭壇の花を倒したからですよ」


「僕なら、リアを幸せにすることができるのに!」


 断言するまーくんに、秋斗が好戦的な顔で訊ねる。


「へぇ……どうしてそう言い切れるの?」


「リアは平凡な人間が好きなんだ!」


「だから何?」


「君みたいなキラキラ王子様キャラはリアには合わないんだよ!」


「お前も凡人じゃないだろ」


「なんだと!?」


「お前のことは昨日のうちに調べたが、けっこうな家柄だろ。……小金こがね先生がどうやって転勤させたのか謎だけど。だからお友達止まりだったんじゃないのか?」


「うわーん」


「ちょ、ちょっと秋斗」


「ああ、悪かった。子供を泣かせるつもりはなかった」


「リアはどうして僕はダメで、こいつはいいの?」


「それは……」


 ……ただ押し切られただけなんて言えない。


「とにかく……リアのことは諦めるんだな」


「いや、諦めない。リア、きっと僕が振り向かせてみせるからね」


「その前にリアの顔を覚えろよ」

 

 秋斗に間近で「大好きだよ」と告げるまーくん。


 私はなんとも言えない気持ちで秋斗とまーくんを見守っていた。




 ***




「お待たせ、リア」


 紺のワンピースに身を包んだ私が駅前の広場に立っていると、秋斗が赤茶色の髪を揺らしながらやってくる。


 前の空いたロングコートの下からは白いセーターとチェックのパンツがのぞいていた。


 いかにも王子という雰囲気の秋斗に少しだけ緊張していると、今度は白いジャンバーにジーンズを着た男の子がやってくる。


「お待たせ、リア!」


「え? え?」


 メガネの少年が手をあげるのを見て、私が目をパチパチしていると──さらにその後ろから、カジュアルなスーツを着た大人の男の人がやってきた。


 深い緑の髪に三白眼のその人は、無機質な笑顔で手をあげた。

 

「待たせましたね、相智あいちくん、大塚おおつかさん」


「え? あ……あれ?」


 秋斗とレストランのスイーツブッフェに行く予定だけど、どうしてまーくんや南人兄さんがいるのだろう。


 困惑する私の代わりに、すでに機嫌が悪い秋斗が指摘する。


「どうしてお前たちがいるんだよ」


 すると、まーくんはメガネを持ちあげて光を反射させる。


「僕の知らないところでデートなんかさせないよ」


「という田橋くんの妨害を妨害するためにやってきました」


 ……なんでバレたんだろう。


 顔を合わせるなり睨み合う三人に、私は苦笑するしかなかった。


「こんな人たちは放っておいて、僕たちだけで行こうリア」


 秋斗が私の手を引いて歩き出すと、まーくんも小走りで追いかけてくる。


「ダメだ。僕もついていくからね!」


「なら私もついていくしかないですね」


「……今日は4人でもいいんじゃない?」


 たまには大勢もいいかもしれない、なんて思う私と違って、秋斗は明らかに嫌な顔をしていた。

 

「僕は嫌なんだけど」


「大丈夫、私がいる限り王子には指一本触れさせません」


「いや、僕じゃなくてリアに触れさせるなよ」


 任せてくださいと胸を叩く兄さんに、秋斗がすかさずツッコミを入れる。


 そんな二人の横で、まーくんはメガネを持ちあげて光を反射させる。


「で、リアたちはどこに行く予定なの?」


「えっと、今日はスイーツ……」


「ホラー映画だよ」


 私の言葉を遮って秋斗が答える。


 あれ? 今日はスイーツブッフェに行くはずだったんだけど……。


「あの場所をこいつらに教えてたまるか」


 いつになく低い秋斗の呟きが聞こえた。


 ホラーと聞いて、まーくんの顔色が変わる。 


「……え? ホラー映画?」


「もしかして苦手なのか? じゃあ、今日は諦めてくれ」


「ほ、ホラー映画なんて、どうせ何かが飛び出してきて、キャーとかワ―とか言うだけでしょ?」


「まーくん、お化け屋敷じゃないんだから」


 青ざめるまーくんを見て、秋斗は感情の読めない顔で笑っていた。




「映画館、けっこう混んでるね」


 私が映画館のロビーで人の流れを見ていると、後ろから心細そうなまーくんの声が聞こえた。 


「……こういう時はボーリングとかのほうが良くない?」


「お前、やっぱり怖いのか?」


 綺麗な笑顔を向ける秋斗に、まーくんは胸を張って見せる。


「ここここここ怖くなんかないからな!」


「リアと僕の席は、お前から離れた場所でとったからな」


「ええー!? じゃあ、怖い時は誰の手を握ればいいんだよ」


「やっぱり怖いんだな」


「大丈夫ですよ、いざとなったら私が手を握って差し上げますからね。相智くん、大塚さん」


「小金先生はこいつの隣ですよ」


 秋斗が呆れたように言うと、まーくんがもじもじしながら私を見る。


「リアったら、こいつだなんてよそよそしいな。まーくんって言ってよ」


「こいつ……耳も悪いのか?」


 苛立つ秋斗に苦笑しながら私は劇場内に進んだ。




『ぐわー、ぎゃー』


 皮膚がただれ、白目を剥いた人型の化け物が、荒廃した街中まちなかで手当たり次第に人間を襲っていた。そんな凄惨せいさんな光景を、息をのんで見守る客席。


 秋斗が選んだのは、珍しく今流行りのゾンビ映画だった。


『やめて、こないでぇえええ』


 複数のゾンビが女の子に襲いかかるのを見て、思わず顔を背ける私だけど……。


「うわああああん」


 どこからか、まーくんの叫び声が聞こえた。


 かと思えば、


「モグモグモグモグ」


 激しい咀嚼音そしゃくおんが響く。


 おそるおそる視線を移動させると、音の正体は南人兄さんで──真剣にオニギリを食べていた。


「うわああああん! 助けてぇえええ!」


「モグモグモグモグモグ」


「……うるさい」


 後ろから聞こえる騒音に秋斗が静かに舌打ちした。


 指摘しようにも席が離れてるし、どうしようか悩んでいると──そのうち、まーくんの大きな独り言が聞こえた。


「そうだ! メガネをとれば、見えないから怖くないはず!」


『うぎゃああああああ』


「うわああああん」


 メガネを取る作戦はダメだったらしい。


 振り返ると、大きなうさぎの瞳から大粒の涙が溢れていた。


「リア、もう出よう」


「え?」


 席を立つ人がちらほらと出る中、秋斗も私の手を握ると、そのまま静かに席を立った。


 その傍ら、なんだかんだスクリーンに釘付けのまーくんと兄さんは、私たちのことには気づかなかった。






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