真実

 次の日、朝起きると視界に春の寝顔が映った。


「寝ているな」


 起こさないように、そっと起きる。


「今日の予定は、春の精神内科の日か」


 予約時間は、前回と同じ十一時だ。


 俺は、予定を確認した後、朝食の準備をした。朝食を作っている途中に春が起きて、台所に来た。


「今日の朝ごはんは、なににするの?」


「目玉焼きと、ソーセージだ」


「美味しそう!」


 春と話しているうちに、朝食が完成する。


「いただきまーす」


 春が美味しそうに朝食を食べる。


 朝食が終わった後、春と洗濯ものを干しながら雑談し、精神内科に行く準備を始めた。



 精神内科に行き、医師から診察を受ける。先週と同じように、血液検査を受けることになった。


「血液検査の結果も良好です」


 血液検査の結果は、良かったようだ。


「ソウタ。やったよ!」


「春、すごいな!」


 春が、喜ぶ姿を見て、俺も嬉しくなった。


「薬の量も減らしましょう」


 医師は、前回出した薬の量を半分にして、処方してくれた。


「ありがとう、ございます!」


「この調子で、頑張ってください」


 診察が終わり、受付で呼ばれるまで、座って待つ。


「経過良好だって」


「あぁ、良かったな」


 よほど、嬉しかったのか、診察室を出ても同じ話をした。


「西宮春さーん」


 受付の方から、春を呼ぶ声が聞こえる。


「行って来るね」


 春は、そう言うと受付の方に向かい会計を済ませる。


 その後、処方箋を受け取り、薬局から薬をもらい帰路についた。


「ソウタ。今日の夕飯どうする?」


「そうだなー。ピザとか食べたいね」


「いいね! デリバリーピザ食べたい!」


「デリバリーピザいいな。いつも作っていたからな。たまには調理済みの食べ物を食べたい」


 春は、早速携帯を開き、デリバリーで注文できるピザ屋を探す。


「四種のチーズピザだって」


「美味しそうだな」


 春と話しているうちに、アパートに辿り着いた。


「ただいまー!」


「ははは。春、家には誰もいないって」


 春が、機嫌よく家の中に入る。俺も続いて部屋の中に入った。


「なっ……」


 部屋の中が、水の中で目を開けた時みたいに揺らぐ。


「この感触……床?」


 どうやら、俺は床の上に倒れたみたいだ。なんで、倒れた? 具合なんか悪くなかったのに。


「時間が来ちゃったか……」


 春が、ささやくように言う。


「時間?」


「そう、時間だよ」


 春は、そう言うと携帯の画面を見せる。


「政府機密少子高齢化対策。人工ロボットでのリハビリ実験?」


 初めて見る計画だ。ネットやニュースでも見たことない。


「そう、五年後に実施される最新のリハビリ計画だよ。ソウタ、この前『少子化なのに、引きこもりの人が、過去最多』って言っていたよね」


「あぁ」


「少子化に加えて、引きこもりが過去最多というデータに、日本政府は、重く受け止めたの。そこで、打ち出した計画が、人工ロボットを使って、人と関わる楽しみを増やそうっていう計画」


「そんなの聞いてないぞ」


 淡々と計画の説明する春に、理解が追いつかない。


「ソウタは、知らなくて当たり前だよ。ソウタは、人工知能で動いている、限りなく人に近いロボットだもん」


「俺が、ロボット?」


「そうだよ。ソウタと私が出会ったのは、私がうつ病になった三日後」


「三日後だって? 春が、うつ病と診断された日。俺は、確かに精神内科にいたぞ」


 確かに、覚えている。春が、医者から『春さんは、うつ病です』って診断された。


「あれは、私の記憶から作りあげた偽の記憶だよ」


「嘘だろ?」


 現実が受け入れられない。


「嘘じゃないよ」


「証拠は、あるのか」


「この状況と、この電子書類かな」


 春が、携帯の画面をいじり、再び俺に画面を見せて来た。そこには、『政府機密医療処置契約書』と書かれている。


「これは、最新の治療を実験台として、受けることができる契約書」


「春、本当なのか?」


「うん」


 真剣な表情で、語る春を見て信じるしかなかった。


「なんで……俺が倒れている?」


 声が、出しづらくなってきた。


「うん。これは、電池切れだよ」


「電……切れ?」


 口が思うように動かない。


「そう。普通の機械なら電気があれば半永久的に活動できる。だけど、ソウタみたいに限りなく人みたいに動く人工ロボットは、筋肉の動きや、関節の動きを再現さなきゃいけない。ソウタは、鉄とは別に柔らかい素材で作られた人工関節とか付けてあるの。人工関節とかを乾燥などで固まらないように、考案されたのが人工体液」


「体……液?」


 視界も暗くなってくる。


「そう。限りなく、人の体液に近づけた液だよ。これを、人工皮膚で覆わせたロボットの中に入れる。そうすると。人間とほぼ変わりない柔らかい動きが出来るようになる」


「俺……関係……ある……のか?」


「あるよ。人工ロボットには、新たに体液を作り出すことができないから、ずっと同じ人工体液が体に回っている状態」


「ど……なる?」


「人工体液は、古くなって、人工ロボットは動かなくなる」


「なぜ……取り……換えな……い?」


「それは、技術が未発達だからだよ。人工体液は、人工ロボットの隅々まで浸透しているの。おおやけに計画が実施されていない理由が、これね」


「……」


 ついに、言葉が出なくなった。視界も半分以上暗くなっている。


「仮に人工体液を取り換えたとしても、古い人工体液が、ソウタの奥深くまで浸透しちゃって、その体液がロボットの機能を悪くさせるの」


「……」


 頑張って口を動かそうとしたが、ダメだ声がでない。


「ここまでが、ソウタに直接説明するって決めていたこと。ここからは、私個人の話しをするね」


 ほとんど、なにも見えない暗闇の中、春の声だけが、聞こえる。


「ソウタ大好きだよ」


 頬に柔らかい感触が当たる。


「ソウタ。こんな、私と一ヶ月も居てくれてありがとう」


 腕に春の手のぬくもりを感じる。


「この一ヶ月は、特別な思い出になった。ソウタがいなかったら、私のうつ病は悪化していたかもしれない」


 髪の毛を撫でられる感覚がする。


「このブレスレッドは、手放さないでね」


 腕から何か外される感覚がした。そして、右手に何かを握らされる。


「ソウタ。さようなら。ソウタが忘れても、私は忘れないから」


 この言葉を最後に意識が途絶えた。



「お……ろ」


 誰かの声が聞こえる。


「お……い……か」


 幻聴じゃない。慌てて目を開けた。


「製造番号十番、起きたか」


 自分の手のひらを見る。


「どうだ、新しい体は馴染むか?」


 声の方向を見ると、白衣を来た老人が立っていた。


「……大丈夫みたいだな」


 老人は、俺の目を見ると、安心したかのように頷く。


「十番、これお前のか?」


 老人は、俺の隣に置いてあった白いブレスレッドを指さす。


「これは?」


「前の実験で、助手達が回収した時、ずっと握ったまま離さなかった物らしいぞ」


 白いブレスレッドを取り眺める。何も思い出せない。なんで、これを握っていた?


「処分するか?」


「いる」


 なぜだか、わからないけど手放したくなかった。


「そうか」


 老人は、俺の前に座る。


「体に異変はあるか?」


 特になにも感じない。老人に向けて首を横に振った。


「よかった。二日後、新しい精神疾患の患者と、共同生活をすることになる。また、情報を頭に入れるからな」


 何言っているか、わからないが、とりあえず頷いとく。


「人工ロボットは、食事をすることができない。今回も、食事という概念を取り除き、被験者が食事をする光景を眺めるように設定しておく。絶対に食べ物を食べるんじゃないぞ?」


 さっきと、同じように頷いておいた。


「よし、わしは他の製造番号の所に行って来る。大人しくしとけよ」


 老人が部屋を出て行くと、部屋の中は、俺だけになった。


「……」


 無言で白いブレスレッドを眺める。


「春?」


 なぜか、ふと『春』という単語が、頭の中に出て来た。なんだ、春って。


「大切にしよう」


 よく、わからないが、このブレスレッドは大切にした方が良い。腕へ身に付ける。


「窓がある」


 部屋の中に窓があるのを見つけた。窓から見えたのは、一本の桜の木だった。


「春だ」


 腕に付けた白のブレスレッドと、ピンクの花を咲かせる桜を同時に眺めた。その時、心が温かくなった気がした。

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大好きな彼女がうつ病になってしまった るい @ikurasyake

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