春の誕生日

「材料揃ったぞー」


 俺は、部屋で休んでいた春を呼ぶ。


「うん。今行くー」


 春は、部屋から出て来て、俺の隣にくる。


「ソウタ。私は、なにしたら良い?」


「野菜室で、玉ねぎを冷やしているから、玉ねぎの皮をむいて、みじん切りにして」


「わかったー」


 春は、野菜室から玉ねぎを取り、皮をむき始める。


「ソウタ」


「なに?」


「玉ねぎって、常温でも保存できるのに、なんで、野菜室に入れているの?」


「玉ねぎを冷やすと、切った時に目が痛くならないんだよ」


「そうなんだ」


「とり胸肉は、いるか?」


「野菜だけで、いいかも」


「わかった。後は、にんじんだけ入れよう」


「うん」


 俺は、にんじんを切り始める。春は、皮をむいた玉ねぎを、みじん切りにしていく。


「ソウタ」


「なに?」


「私のわがまま、聞いてくれてありがとう」


「いいよ。春の誕生日だ。春の言うことは、絶対だから」


「へへ。私、王女様?」


「春様、ご用件は、いかがでしょうか?」


「もうやめてよー」


 春の顔が笑顔になる。


 俺と春が切った、にんじんとたまねぎを一緒のフライパンに入れて、炒める。


「春。この器に炊飯器のご飯移せる?」


「うん。いいよ」


 春は、炊飯器から器の中へ、ご飯を移す。


「ソウタ。持ってきたよ」


「春。ありがとう」


 春から、ご飯の入った器を受け取る。


「野菜は、そろそろいいかな」


 炒めた野菜の中に、ご飯を入れる。


「ソウタ。ケチャップ持ってきたよ」


「そろそろ、ケチャップほしいって、言おうと思っていた。春、さすがだな」


「えへへ」


 炒めた野菜と、ご飯がいい感じに混ざった時、ケチャップを入れる。


「ソウタ。ケチャップが焼けて、良い匂いだよ」


「そうだな」


 ケチャップとご飯が、混ざり合ったところで、火を止めて、皿に盛りつける。


「ケチャップライスは、完成したな」


「ソウタ。卵の薄焼きは、私が作りたい」


「うん。いいよ」


 春と場所を交代する。


「まずは、卵をとくっと。ソウタ、ふわふわの薄焼きにしたいから、牛乳とってー」


「わかった」


 冷蔵庫から牛乳を取り、春に渡す。


「ありがとう」


 春は、お礼を言うと、といた卵の器に少し牛乳を入れた。


 その後、春は作った薄焼きを、ケチャップライスの上に乗せる。


「オムライス完成―!」


 春は、嬉しそうな表情をすると、オムライスをリビングにある机の上に運んだ。


「上手くできたな」


 春の向かい合わせになるように座る。


「一緒に作るとか言いながら、半分以上ソウタに任せっぱなしだったけど」


「そんなことない。春も俺と同じくらい料理していたよ」


「ソウタ、優しいね。ありがとう」


「春」


「なに?」


「誕生日、おめでとう」


「あ、ありがとう」


 春は、照れたのか、顔を赤くした。


「さ、ささ、冷めないうちに食べよ」


「春、慌てすぎだ」


「へへ」


 春は、軽く笑みをこぼした後、手を合わせる。


「いただきます」


 春は、オムライスを食べ始めた。


「ソウタ、美味しいよ」


「良かった」


 春は、その後も夢中になりながら、オムライスを食べ続けた。


「ごちそうさまー」


 春が、オムライスをきれいに完食した。食器は、俺が洗おうか。春の食器を片付けようと立ち上がった時だった。


「……!?」


 言葉が、発することができないほどのめまいに襲われる。


「ソウタ?」


「だ、大丈夫だ」


 今の、なんだ。最近、動きすぎていたせいか? 疲れているのか。


「食器洗ってくるよ」


「……ありがとう」


 春は、少し不安げな表情をしていたが、俺に食器を渡した。


 そのあと、めまいみたいな症状は、起こらなかった。



「今日も貧血だ」


 春の誕生日から、四日が経った。春の誕生日に起きためまい。次の日から、貧血みたいな症状が、起きるようになってきた。


「日が経つにつれ、ひどくなってきているような気がする」


 今日は、仕事もない。ゆっくり休もう。


「ソウタ。見て、ブレスレッド作ったよ」


 春は、自分の部屋から出てくると、俺に白いブレスレッドを見せてきた。


「可愛いな」


「ありがとう」


 春は、少しずつだけど明るくなってきた。初めて診察を受けた時と比べれば、天と地の差があるかもしれない。


 回復してきた春に、心配をかけるようなことをしてはいけない。俺は、いつも通りに春と接しないと。


「ソウタの分も作ってくるね!」


 春は、そう言うと自分の部屋に戻って行った。


「寝不足なのかもしれない。昼寝でもしておこう」


 リビングにあるソファの上で横になる。


「春がうつ病になった日から、ずっと、気を張って、いたせいかもしれない」


 春が元気になり、安心して気が緩んだのだと思う。きっと、溜まっていた疲れが出たのだ。そう考えているうちに、気が付けば、俺は眠りに入っていた。



 目が覚ました時、リビングから見えた景色は、赤く染まっている空だった。


「何時だ?」


 俺が横になったのは、午前十時ぐらいの時間だ。近くにある時計で時間を確認する。


「午後の五時!?」


 慌てて起き上がる。七時間も昼寝していたのか。


「なにか、腕についている」


 起き上がった時に、腕に何かついている違和感を覚えた。


「白のブレスレッド?」


 ブレスレッドなんて、身に付けていた記憶がない。それに、体の上に毛布が、かかっている。何もかけないで、寝た気がする。


「ソウタ。やっと起きたんだね。さびしかった」


 声の方向を振り向くと、春が座ってこちらを見ていた。俺が、起きるまで待っていたのか?


「このブレスレッド……」


「どう? 気に入った?」


「うん。春が作ったものなのか?」


「そうだよ。私とお揃い」


 春は、自分の右腕に身に付けている白のブレスレッドを見せた。


「ありがとう」


「ううん。私とソウタが、一緒にいた思い出だから」


 春の変な言い回しに違和感を覚えた。


「なに、言っているんだ。これからも、一緒にいるだろ」


「うん。そうだね」


 春は、笑顔で言った。その表情は、笑っているのに、どこか悲しさを感じる。


「もう、こんな時間だ。夕飯づくりするか」


「うん。作ろう」


 起き上がった俺は、春と夕飯づくりを始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る