診療の時間

 精神内科についた時間は、十時四十分だった。


「少し早すぎたな」


 家を出るのが早かった。少し待つことになりそうだ。


「私、受付の所に行って来るね」


「わかった」


 春は、受付の所に行き、予約番号をもらいに行く。


「座る席をとっておくか」


 二人で座れる席を探すため、辺りを見渡してみる。


「二人組が、多いな」


 精神内科のせいか、二人組で待っている人が、多かった。


「あ、あそこの席なら、二人で座れる」


 ちょうど、二人で座れる席を見つけて、そこに座る。


「ソウタ、お待たせ」


 受付を済ませた春は、俺の所に来た。


「予約番号、何番だった?」


「二十三番だよ」


 受付の隣に設置している電子パネルを見てみる。


「今は、十番。もう少し時間がかかるな」


「うん」


「隣に座るか?」


「座る」


 春は、頷いて俺の隣に座る。


「ソウタ」


「どうした?」


「精神内科に来ている人、私達と歳が近い人が多いね」


 周りを見てみると。確かに春と俺の年齢に近い男女の二人組が多かった。


「前テレビで、少子化なのに、引きこもりの人が、過去最多ってニュースを見た。精神疾患を抱えた人、多いのだろうな」


「精神疾患なんて世の中から無くなればいいのに」


「俺も、そう思う」


 春が辛そうに見ているとこを見たくない。春の表情が暗くなり始めている。


「春、大丈夫か?」


「う、うん。大丈夫」


「呼ばれるまで、一緒に話すか」


「ソウタ、ありがとう」


 しばらく、春と雑談した。


「予約番号二十三番、西宮春さん」


 春と話していると、春の予約番号を呼ぶ声が聞こえた。


「あ、私だ」


 春は立ち上がって行こうとする。途中で、俺の方を振り向く。


「一緒に来てくれる?」


「わかった」


 春と一緒に、診察室の中に入った。


「どうぞ、そちらに座ってください」


 医師に勧められるまま、春と俺は、椅子に座る。


「西宮春さん、体調はいかがでしょうか?」


「あんまり、変わっていないような気がします」


「わかりました。症状は、パニック障害と不眠症、倦怠感ですね。前回、睡眠導入剤を出しましたが、寝られますか?」


「はい。睡眠導入剤を飲んでから、夜、寝られるようになった気がします」


「よく寝られていると—」


 医師の質問に春は、答えていく。


「健康状態は、良好ですね。引き続き、睡眠導入剤は飲んでください。睡眠時間の確保は、精神の健康に大切なことです」


「わかりました」


「続いて、血液検査をしましょう」


「血液検査?」


「はい。うつ病は、脳内ホルモン分泌に異常が起きる病気です。脳内ホルモンの状態や血液の状態を調べて、ちゃんと薬が効いているかを調べます」


「うつ病って、脳内ホルモンの異常分泌が、原因だったんだ」


「はい。大切な情報ですが、世間に認知されていないのが現状です。『自己責任』や『心の甘え』と間違った知識で、言ってしまう人が多いですが、気にしないでください」


「わかりました」


「血液検査の準備をするため、一度、待合室で待っていてください」


 俺と春は、立ち上がり診察室から出る。


 血液検査で呼ばれるまで、俺と春は待合室で、空いている席に座った。


「うつ病って、脳内ホルモンの異常だって初めて知ったね」


 春は、診察室で医師に言われたことを、意外そうに言った。


「俺も初めて知った」


 俺は嘘を言ってしまった。実は、一週間前にも同じこと説明されたのだ。当時の春は、憔悴しきっていたので、医師の説明が聞こえていなかったのだろう。


「西宮春さんー」


 しばらく話していると、春は受付の人に呼ばれた。


「行って来るね」


 春は、立ち上がり、血液検査をしに向かった。


 その後、春が戻って来て、再び診察室に呼ばれ医師から血液検査の結果を伝えられる。異常なしだった。一安心できた俺と春は、アパートに帰って一日を終える。



 俺の日課は、朝起きて、すぐに歯磨きをすることだ。


「ん!?」


 春と俺の予定を共有するためのカレンダーを見て、驚いてしまった。


 口の中をすすいで、もう一度カレンダーを見る。


「明日、春の誕生日だ」


 すっかり忘れてしまっていた。ここ数週間ずっと、ばたばたしていたから、気が回っていなかった。


「春」


「ソウタ、どうしたの?」


「何かほしいものある?」


「欲しいもの? んー、特にないかな」


 そうだった。春は、物欲があまりなかったんだ。


「食べたい物は?」


「食べ物……あ、オムライス食べたい」


「オムライスか」


「それにしても、ソウタどうしたの? いきなり、欲しい物とか聞いて来て」


「あ、ちょっと待って」


 春を止めるのが、遅かった。春は、そう言って俺の後ろのにあったカレンダーを見る。


「あ」


 春は、カレンダーを見て、動きが止まる。


「そうか。私、明日誕生日」


「春……」


「何もしないで、一日一日進むのが怖くて、できるだけカレンダーを見ないようにしていたの」


 恐らく、俺がいろいろ聞かなかったら、春は、今日カレンダーを見ることは、なかったのだろう。


「私が、うつ病になって二週間経つんだね」


「明日は、なにも、しないでおくか?」


 周りからみれば、お祝いするような日。しかし、お祝いされる本人にとって、その日は辛い日であることがある。


「ううん。一緒にオムライス作ろう?」


「作る?」


「うん。私の誕生日プレゼントは、ソウタと一緒にオムライスを作ること」


「良いのか、それで?」


「だって、世界中を探してもソウタは、一人しかいない。そのソウタと一緒に何かするって、世界中を探しても私しか経験できないことだから」


「春」


 気づいたら、俺は春を抱きしめていた。


「わかった。一緒にオムライスを作ろう」


 俺と春は、次の日、一緒にオムライスを作ることに決めた。

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