大好きな彼女がうつ病になってしまった
るい
彼女が、うつ病になった
「春さんは、うつ病です」
三日前に、医師から言われた言葉だ。俺は、春と一年間、同棲をしている。なんで、春が落ち込んでいることに気づけなかった。
「ソウタ? 手が止まっているけど、体調悪い? 食器洗い変わる?」
春が、俺に話しかけて来る。また、考えごとをしてしまい、手が止まってしまった。
「あぁ、気にしないでくれ。大丈夫だ」
春は、綺麗な長い黒髪に、綺麗な顔立ちをしている。俺の、彼女であるのが未だに信じられない。
「ソウタ、無理しないでね」
「うん。ありがとう。春も病気なのだから、ゆっくり休んで」
春は、そう言うと、台所から離れた。
「俺が、しっかりしないでどうする」
俺は、自分の頬を叩いて、自分に喝を入れた。
「今週の企画ですが」
春が、うつ病になって四日目になった。ビデオ通話での会議内容が全く頭に入らない。
「ソウタ、この企画を、より良くするには、どうすれば良いと思う?」
上司に突然話しかけられる。
「え、そうですね。ここの所を、もうちょっと、顧客に寄り添った内容にしたらいいのではないでしょうか?」
「確かにな。わかった。ここの計画は、顧客に集中して行こう」
なんとか乗り切れたようだ。ううつ病、前にネットニュースで、聞いたことがある病気。身近な人が、うつ病になるのは初めての経験。実際に経験してみると、春にどう接したらいいか、わからない。
「俺は、どうすれば、いいんだろう」
誰にも聞こえないぐらいの小さな声で、つぶやいた。
無事に仕事が終わり、仕事部屋から出る。
「春、大丈夫か?」
部屋から出て、リビングに行く。春は、ソファの上で横になって寝ていた。
「ん、ソウタおはよう。仕事おわったの?」
「あぁ、今終わったとこだ」
仕事がリモートワークで良かった。こうして、仕事が終われば、春の元に、すぐ来ることができる。
「お疲れさま」
春は、そう言うと俺の頭を撫でてくれた。
「今日、なにが食べたい?」
「んーと、食べやすい料理がいい。そうめんとかかな?」
「そうめんか。よし、待っていろ、今作ってくる」
台所に行き、そうめんをゆでるために、鍋を取り出す。
「水の量は、これくらいでいいか」
水を入れた鍋を、コンロの上に置き火を付ける。
「そうだ。そうめんに乗せる具材」
春の元に行く。
「春、そうめんの上に乗せる具材って、なにがいい?」
「焼いた卵とか?」
「いいね。ハムとかいる?」
「うん。ハムも、お願い」
春の返事を聞いて、台所に戻る。
「ハムと焼いた卵だな」
冷蔵庫を開けて、中身を見ていると、視界の端に、のりが見えた。
「のりを刻んで、好きにかけられるようにしていいか」
ハムと卵、のり使う具材を決めた。この三つがあれば、大丈夫だろ。
「お湯も沸いたな」
俺は、そうめんをゆで始めた。
三分後、そうめんがゆで終わる。
「春、そうめんを作ったよ」
春の前に、そうめんと具材である、焼いた卵にハム、そして刻んだのりを置いた。
「ありがとう」
春は、お礼を言う。
「めんつゆと水は、これだよ」
「うん」
春は、めんつゆを水で割ると、そうめんを食べ始めた。
「美味しいー!」
「良かった」
春は、笑顔で、そうめんを食べる。うつ病になる前は、よく見せてくれた春の笑顔。春が、うつ病になってからは、笑顔より悲しい顔をしている時が多くなった気がする。
「ソウタ、私の顔に何かついている?」
「ううん。何もついてないよ。可愛いなって思っただけ」
「ソウタ……いきなりやめてよ」
春は、顔を赤らめて言う。
「だって、事実だ」
「ありがとう。だけど、『そうだね』って肯定できないよ」
春は、箸をめんつゆを入れたお椀の中で、ぐるぐる回している。照れ隠しか?
「照れている?」
「う、うるさい」
春は、そう言うと黙々とそうめんを食べ始めた。
しばらくすると、そうめんは無くなった。
「ごちそうさま」
春は、両手を合わせて言った。
「よし、食器とかは、俺が片付けるよ」
「うん。ありがとう」
そうめんを入れていた、大きめな容器に洗い物を入れていく。
「ソウタ」
「ん?」
洗い物を台所に持っていこうとしたら、春に呼び止められた。
「仕事で、疲れているのに、夕飯を作ってくれてありがとう」
春は、俺の方を見て申し訳なさそうに言った。
「いいんだよ。気にしないでくれ」
俺が、落ち込んでいる時は、春が支えてくれた。それなら、春が落ち込んでいる時は、俺が支える。
「ありがとう。ソウタが彼氏で、良かった」
春の返事を聞いて、俺は台所に向かった。
「春、準備はできたか?」
「ごめん。あと、もう少し」
今日は、春がうつ病になって、一週間が経った。春の通院日だ。医者から、一週間ごとに様子をみたいと言われている。
「今日は、十一時からでいいよな?」
「うん。十一時からで、予約とっている」
時計を見ると、時刻は十時に入ろうとしている。ここから、精神内科まで二十分ぐらいで着くから急がなくてもいいか。
「ソウタ、準備できたよー」
春が、おしゃれして俺の前に現れた。
「医者に行くだけだぞ?」
「この時ぐらいじゃないと、外に出ることないから」
春は、少し悲しそうな顔をして言う。
「そうか。春、似合っているよ」
「うん。ありがとう!」
春は、笑顔になった。
「春、行こう」
「うん」
春と手を繋いで、外に出る。最後に外で手を繋いだのは、春がうつ病になる前だった。
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