14 笑顔

1週間が経ち、時間割のリズムにも慣れてきた。

講義が終わり学食に移動する途中。前に歩と佑、後ろに和樹と拓馬で歩いていると、前の2人は少し幼い見た目から新入生と見られるのか、いくつもサークルの勧誘チラシを貰っている。

歩はそのチラシを見比べながら、キラキラと目を輝かせた。


「サークルの勧誘が多くて迷うねぇ!2年生からでも入れるってとこも結構あるから嬉しい!」

「そっか、4月だしサークルも勧誘中なんだよね。歩は何か入るつもりなの?」

「そう!今度見学行こうと思ってて、本命はダンスサークルなんだけどさ。他には音楽系と合気道とそれから……うひょおっ!?あいたた…」


話に夢中になっていた歩に危ないと声を掛ける前に、ベンチに引っかかってあわや倒れそうになってしまう。

驚いて変な声は出たが、怪我は無さそうだ。


「大丈夫?怪我してない?」

「びっくりしたあ…大丈夫…」

「それならいいけど。でもちょっと、うひょおってなんの声…あははっ」

「もー、佑ったら笑わないで助けてよ!っていうか危ないなら言ってよっ!」

「ごめんごめん、ははっ」


歩が不服そうに口を尖らせているが、可笑しそうに声をあげて笑う佑。

後ろから見ていた和樹は、そんな佑から目を逸らせずにいた。


「…笑った」


普段の佑は、一緒にいても見えない分厚い壁を1枚隔てているような、そんな感覚があった。

これまでは笑う事があっても、何かを隠すかのように感情の見えない綺麗な笑顔を貼り付けるか、困ったような顔で少し微笑むだけだった。

今日は佑の周りの張り詰めていた空気が緩んだ、歳より少し幼く見える感情を隠さない素直な笑顔に、和樹は驚いて思わず固まってしまう。

その目の前で、おーい、と拓馬が手を振った。


「カズ!どうした?何変な顔してんの」

「あ、いや…何でもない」


佑の笑顔が見られたことは、和樹にとっては思っていたよりもずっと特別なことで、いつもこうして笑っていてくれたらいいのに、もっと笑顔に出来たらいいのにと、普段は抱かないような感情が溢れてくる。


「ん?何?どうしたの?」


視線に気付いた佑が、不思議そうに首を傾げる。

そのままの自然な表情の方が良いだなんて、言いたいけど言えるわけがない。


「何でもない。楽しそうだなって、思っただけだよ」

「うん、楽しいよ」


そう笑ってまた歩と話し始める佑。

その笑顔が自分に向けられた、ただそれだけなのに、心臓の音が煩くて仕方が無い。

そのまま不思議な気持ちのまま佑と歩を眺めていると、隣からくすりと笑い声がする。

ふと横を見れば、拓馬も嬉しそうに2人を見つめていた。


「久しぶりに見た、佑が誰かと笑ってんの」

「そうなのか」

「うん。多分あいつは無意識だけどさ、人と一線置いちゃうところあるんだよね。誰かと親密になるのってあんまり見ないかな。その点、2人には結構心開いてると思うよ?キャンプも安心だと思ってる」


拓馬のその視線が本当に嬉しそうで、見ている和樹も嬉しくなる。


「良ければこれからも仲良くしてやってよ」

「それは勿論。佑だけじゃなく拓馬もな」

「ふふ、ありがと」


こんな話を言葉にするなんて恥ずかしいけどな!なんて笑い合いながら、まだ楽しそうな2人の後をついて行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る