SiN

竹内

一人目 ‘‘i‘‘nsanity

 8月半ば、僕は東京都郊外の山に佇むコンクリ建ての家の一室で一人の画家を取材していた。その家は外から見ればかなり大きいが中に入ってしまえばそうでもない。理由は、今自分がいる大きなアトリエがその家のほとんどのスペースを埋めていたからである。その部屋には水彩画、油絵、ただのスケッチなど数多くの人物画が壁一面に飾られておりそのすべてに共通していることは、すべて同じ一人の少女を描いた作品であった。髪型や服装こそ違えど、美しい顔立ちと少し不気味とも思える美しい瞳はすべて同じ人物である。それだけでも十分狂気じみていると思ったがそれだけではなく、部屋中に積み上げられた大小さまざまな絵画もすべて同じ少女の絵であり、僕は30枚ほどで数えるのをあきらめたがその数はゆうに1000を超えているだろう。そんな狂気じみた部屋の真ん中で、普段作業で使っているのだろうぼろぼろの丸椅子に座った30代半ばの男と、高そうなデスクチェアに座った僕は向かい合っていた。男の名はイトウ。その名前が本名なのかは定かではないが彼が画家としてデビューした19歳のころから名乗っているのだからおそらくそうなのだろう。世間では「異才の画家イトウ」、画家たちの間では「狂人のイトウ」と呼ばれている。 

「茶も出せなくて悪いね、こんなへんぴな場所まで来てもらったのに。」

「いえ、お構いなく。」

 見たところこの家にはこのアトリエ以外は風呂とトイレと申し訳程度のキッチンくらいしかしかない。到底人が住んでいる場所とは思えなかった。

「先生はいつもこの部屋で生活しているんですか?」

「そうだよ、風呂とトイレ以外は。飯も寝るのもここ。あとはずっと絵を描く。」

 はっきり言って正気じゃないと思った。この部屋で過ごせることもそうだが、絵をかくことへの思いが何かに取りつかれているとしか思えなかった。それもただ一人の少女だけを描き続けるのである。今までも変人と呼ばれる画家に会ってきたが、ここまですごいのは初めてだった。

「それで、取材ってのは具体的には何を?」

 絵のせいか、緊張しまくって汗が止まらない僕とは対照的に落ち着いているイトウは僕に問いかけた。

「具体的には、先生がなぜ同じ人物を描き続けるのかを教えていただきたいなと、」

 異才の画家イトウは、最初期こそ風景画や感情を表した現代アートなど描いていたが、ほとんどがこの少女の絵である。しかし実際数々の賞を受賞をしており海外でも作品展が行われるほどカルト的人気を持っているのは事実であり、画家としての才能は本物なのだろう。

「俺が‘‘彼女‘‘を描き続ける理由か。実はね、話すのは君が初めてなんだこの話。まずはどこから話そうか。」

 「彼女」ということばが少し気になったが彼が話し始めるため僕はノートとペンを手に取った。

「実は俺、人の顔がわからないんだ。」

 急なカミングアウトであった。意味が分からな過ぎてぽかんとしてしまった。そのまま彼はつづけた

「生まれつき人の顔が認識できないんだ。写真はもちろん絵画や漫画もダメだった。」

 余計意味不明であった。絵画の人間ですら顔を認識できないのである、‘‘画家‘‘が。彼がデビューしてから十数年、そんなこと聞いたこともなかった。

「続けていい?」

 イトウにそういわれハッとし「すみません」と続けてもらった。

「意味わかんないよね画家が、それも人物画描いてる。ちゃんと説明するね。」

 そういってイトウは話し始めた。彼が人物画を描ける、そして書き続ける理由を。






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