エピローグ②

 目を覚ますと見慣れた天井。

 ゆっくりと体を起こす。


「気が付かれましたか」


 私に気付いたカイナンが声をかけてくる。

 その表情は寂し気で困っているようにも見えた。


「なぜ殺してくれなかったのですか?」


 カイナンの心遣いを乱暴な言葉で台無しにしてしまう。分かっている。分かってはいるのに、死ねなかった自分に絶望し、弟子に八つ当たりする醜い私はあの時から何も変わっていない。


「逃げて楽にしないため、とでも言えば気が済みますか?」


 カイナンに言われて気付く、また逃げようとした弱い自分自身に。


「本当に情けないですね。弟子である貴方に諭されるなんて」


「そんな事はないですよ、師匠は凄いです。それは側でずっと見てきた僕が保証します。その腕で絶え間なく研鑽を続けていた事も、ずっと贖罪の気持ちを忘れていない事も知っています。小屋の後ろにある慰霊碑に毎日祈ってましたよね」


「そんなのは自己満足させるための行為だよ褒められたものじゃない」


「そうだとしても、師匠は後悔しているのでしょう自分のした事に、それを悔いる気持ち間違いなく本物ですよね」


 悔いる気持ちか、確かに私は後悔してばかりしている。

 そして今日もまた恥の上塗りを重ね後悔するところだった。

 弟子に師匠殺しの汚名を着せて、自分だけ楽になろうとした。

 本当に私は………


「どうしようもない人間だな」


 零れ出た言葉。


「まったくです。これだけ言っても理解してくれない。僕はね、もう師匠の事を許してるんですよ」


「許す?」


 意味が分からない。

 どうして私なんかを許せるのか?

 だって私はカイナンにとっては大切な家族を奪った憎い相手だ。そう簡単に許せるはずが無い。


「信じられないと言った顔ですね。確かに叔父さんは家族として大切な存在でした。母が亡くなった後、叔父も死んだと聞かされ時、僕の周りにある繋がりが全て断ち切られ、世界で自分だけが取り残された気になってしまいました」


 その気持ちは少し理解出来る。父さんが亡くなった時、ゲイルが側に居てくれなければ、同じように天涯孤独になっていただろうから。


「でも僕を助けてくれて、病気まで治してくれた孤児院の先生が教えてくれたんです。血の繋がりだけが人と人との結びつきではないと、だから結ばれた絆は自分で解くことなく大切にしなさいと」


 結ばれた絆は自分で解くなか、耳に痛い言葉だ。

 正に私はそれを実践してしまったのだから。


「まあその当時の僕は言葉の意味が理解できていなかったんですけど、だから僕は復讐なんて考えて師匠の元を訪れたわけですし」


「なら何故?」


「分かりませんか? 師匠の元で共に修行し、師匠の後を追いかけている内に結ばれていたんですよ、僕と師匠にも絆が、そしてそれは過去の因縁よりも今を生きる僕に取って、より大切なものだったんですよ。まあ叔父さんからすれば薄情者かもですが」


 そう告げたカイナンの表情に憂いは無かった。

 その瞳に宿していた炎も気付けば消えていた。


 本当はどこかで分かっていた。もう彼が復讐を望んでなんていないことはとっくに。

 だからこそ怖かった。心を許した人から、自分のした過ちを突きつけられるのが。だから先に贖罪をしようとした。自ら斬られる事で耳を塞ごうとした。

 笑えるほど変わっていない。あの時と。

 いつも私は自分のことばかりだ。


「情けないな」


「そう思うのなら改めて下さい。僕にとっては貴方はずっと師匠なのですから。それこそ孤児院の先生……ニーナさんの言葉通り、僕から師匠との絆を解くつもりはありませんから」


 そう言って笑ってくれたカイナンの笑顔に、心の底にある濁って淀んだ物が少しだけ浄化された気がした。


「そうか、なら私もこれから励むとするよ。君の師匠として恥ずかしくないように」



 そして、その言葉通り、カイナンに【朧月夜】を託し彼が去った後も、師匠として恥じぬように努め。ひたすらに剣の道を追い求め続けた。


 いつしか私の剣は朧月流ろうげつりゅうと呼ばれるようになり。災禍の地を救った英雄カイナンの師匠としてその名が知られる事となった。


 それでも奢ることなく、父さんが誰よりも認め、剣神の先にある遥かな頂き、そこに居る彼の側に一歩でも近づけるよう邁進を続けた。



 結局彼は一度も会うことは無かったけど、稀に訪ねてくるネロ様とは茶飲み友達になった。

 そんな私もいつしか病で伏せる事が多くなり、自分でも残された時間は短いと悟った。


 ちょうどネロ様も訪ねてこられていたので、最後に私の剣の集大成である秘剣『朧』を披露しお褒めの言葉をいただいた。


 それからしばらくして私は、もう立つこともままならなくなり、目もハッキリと見えなくなった。

 もう後は静かに眠るだけ。


 そんな私に懐かしい声が聞こえた。


『クラリス。今のお前はまさしく剣聖たるに相応しい、誇るといい』


 それは私の願望が生んだ幻聴だったのかもしれない。


 間違いだらけで。

 失敗ばかりして。

 罪に塗れた人生。


 でも、一番認めて欲しかった人に認められ、最後にその言葉を胸に旅立てるのならきっと幸せなことなのだろう。

 私は体から力が抜けていくのを感じ、そのまま身を委ねた。


 差し込む春の月明かりに照らされながら。




――――――――――――――――――――


読んで頂きありがとうございます。

評価をしていただいた方には感謝を。



新作開始しています。

自分なりに楽しく書けているので、そこそこ楽しめるのではないかと思います。


合わせて読んで頂けたら嬉しいです。


《タイトル》

『覇者転生 〜スローライフなにそれ美味しいの?』


https://kakuyomu.jp/works/16818093077307679991



こちらも引き続き応援してくれると嬉しいです。

面白いと思っていただけたら


☆☆☆評価を頂けると泣いて喜びます。


もちろん率直な評価として☆でも☆☆でも構いませんので宜しくお願いします。

  

 

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