エピローグ①

 リンガミルから追放され故郷に戻った私は、剣を完全に捨て去る事は出来なかった。


 そして私に残された道は皮肉にも、私が一番蔑ろにしていた、父さんやゲイルが最も得意とした力に頼ることのない技量による守りの剣。


 それを一から見つめ直し、食事と寝る時以外の時間を修練にあてたことで、多少は形になってきた。そんな頃に一人の女性が私の元に訪れた。


 彼女の名はネロ。最近このダグザでも噂される伝説級の冒険者。

 西方の蘇った古の魔人退治や、狂った国王と邪悪な大魔術師との血みどろの戦いに終止符を打っただとか話題にに事欠かない。今や冒険者達の憧れである二人組のパーティ『サードタイム』、その名は二人の出会いを綴ったサーガ「三度目こそは」から名付けられた通り名が由来らしい。


 つまり私が望んで、自ら捨てた夢の続きに立つ存在が彼女ということだ。


「直接会うのは初めてだな。わらわはネロ。偶然近くに来たのでな寄らせてもらった」


 話しぶりからして私のことを知っているらしい。

 ゲイルから話を聞いているのだろう。


「そうですか。私としてはいつでも首を差し出す覚悟は出来ています。とお伝え願いますか」


 剣神祭の決勝で私の命を奪う事も出来たのに、それでも私を生かした。それが気まぐれならば、改めて首を差し出し責任を取るのも悪く無い。


「ゲイルのとの事はケリはついているのだろう、なら私が今更口を出す事でもあるまい。いや、それにしても、もっと図々しくてふてぶてしい女かと思っていたが、随分と殊勝な態度じゃないか」


「そうですか? 私は咎人ですから、生きているだけでも十分浅ましいと思いますよ」


 私はゲイルとアヴェルを自分の為に手に掛けた正に鬼女だ。

 リンガミルでは追放処分に留まったが、決して許されること出はない。


「成る程な。だが安心しろ、わらわが許すぞ。そなたはミリアーナに誑かされていのだからな、言うなら最初のわらわと同じだ」


 突然許すと言われてもわけが分からない。


「ミリアーナとは誰の事ですか? 誑かされていたというのはいったい?」


 真意を確かめたくて矢継ぎ早に問い掛けてしまう。


「そうだったな、ミリアーナとはお前達の仲間だったミナの事で、アヤツが裏で暗躍して、お主らのパーティを狂わせたのだよ」


 ミナが暗躍?

 正直ピンとこなかった。

 ネロは私が未だに理解していないことを察すると事の経緯を順序立てて説明してくれた。


「ミナが…………そうだったのですね」


「なんだ怒らないのか? ミナに対してお前は怒っても良いと思うぞ」


「そうですね。怒りはあります。ですがやはり今となっては、そんな虚言に騙された、心の弱い自分が何より許せません」


 きっとあの時、心の底からゲイルの事を愛して信じていたのならきっとそんな言葉に惑わされる事も無かった。結局は弱い心に漬け込まれたとはいえ、間違った判断を下した自分自身の罪が許されるとは思えない。


「ふむ。まあそれも人の在り方かもしれぬな。ただ覚えておけ、世の中には罪人だろうと許すことの出来る人間もいる。わらわも先程言ったとおりそなたの事を許してやれる側の者だ。そもそも世の中の人間など十善で生きている者などいないのだしな」


 尊大な物言いだが、私のことを気遣ってくれているのだろう。声色に柔らかさを感じる。

 ゲイルは三度目にして、裏切ることのない本当に良い人と巡り会えたのだろう。それが本当に良かったことだと今なら心の底から思える。

 

「ありがとうございますネロ様。それからゲイルには改めて『ごめんなさい』それから『ありがとう』とお伝えください」


「分かった。必ず伝えておこう」


 ネロ様はそう言い残すと颯爽と去って行った。

 その後ろ姿にかつて追い求めた理想の自分の姿が重なる。

 もうすっかり枯れ果てたと思っていた涙が一滴こぼれた。


「さよならゲイル」


 去りゆく後ろ姿に言えなかった別れの言葉をようやく口にする事が出来た。





 それからしばらくして私は弟子を一人取った。


 最初は断っていたが、何度も懇願され、まっすぐ私を見る瞳に折れてしまった。


 彼の名はカイナン。

 リルガミンから流れてきた駆け出しの冒険者との事だったが、最初は剣もろくに扱えなかった。

 しかし、私と共に努力を欠かす事なく技術を高め続け、たった五年でかつてのゲイルを彷彿とさせる腕前にたどり着いた。


 私はそれが自分の事のように誇らしく、嬉しかった。彼になら託しても良いと思えた。

 父さんからゲイルへ、そして私に預けられた刀【朧月夜】を。


 それを見極める為に私はカイナンと死合った。


 彼の手に朧月夜を預け。

 私も真剣を持って全力で打ち込んだ。


 かつてのキレなどない、けれど乾坤一擲の一撃を。

 彼はそれを簡単に往なすとカウンターの一撃で私を打ち負かした。


「勝負ありです師匠」


 冷静にカイナンが告げる。


「……何故切らなかったのですか?」


 私は率直な疑問を投げかける。

 カイナンの一撃はみね打ちだったからだ。


「そっ、それは、さすがに師匠を斬るわけには」


 戸惑っているのか歯切れ悪く答えるカイナン。


「でも、貴方には私を斬る理由があるのでしょう」


「なぜ……どうしてそれを?」 


 私の言葉に益々狼狽えるカイナンは私から目を逸らす。


「初めて会った時から、貴方の殺気は私に向けられていました。凄く純粋な殺意が、きっと貴方には私を斬らないといけない理由がある。そう感じました」


「……なら貴方は自分を切らせるために僕を弟子にしたと言うことですか。異常です普通じゃない」


「ええ、私は普通じゃない、咎人なのです。きっと私は知らないところで貴方の大切な何かを傷つけたのではないですか?」


 私の言葉にカイナンが黙って俯く。

 しばらくの間をもってカイナンは口を開いた。


「アヴェル・スインフォード。僕の叔父になります」


 アヴェルの名を聞いて思い出す。彼が迷宮に潜り続けた理由。

『病気の甥っ子を助けたいんだ』そう話していたのを。


「そうですか、貴方がアヴェルが救おうとしていた……」


 アヴェルが迷宮の深層を目指していたのは、そこでしか手にすることのできない霊薬エリクサーを求めての事だった。


「はい。ことのあらましは僕が助けられた孤児院の先生に聞いて知っています。叔父が褒められた人間では無いと言う事も……でも、それでも僕にとって叔父は憧れで、強くて優しい大切な家族だったんです」


「そうですか……なら尚更。貴方は私を斬る資格があります。貴方の叔父を手に掛けたのは間違いなく私なのですから」


 私はもう一度剣を持ち直し踏み込む体勢に入る。


「やめてください師匠。今の僕に師匠を斬るなんてことは出来ません」


 カイナンはそう言って私を止めようとする。

 けれど私は動きを止めることなく本気でカイナンに斬り掛かる。

 しかし、私の剣は空を切り代わりに重い一撃を受け意識を失った。





――――――――――――――――――――


読んで頂きありがとうございます。

評価をしていただいた方には感謝を。



新作開始しています。

自分なりに楽しく書けているので、そこそこ楽しめるのではないかと思います。


合わせて読んで頂けたら嬉しいです。


《タイトル》

『覇者転生 〜スローライフなにそれ美味しいの?』


https://kakuyomu.jp/works/16818093077307679991



こちらも引き続き応援してくれると嬉しいです。

面白いと思っていただけたら


☆☆☆評価を頂けると泣いて喜びます。


もちろん率直な評価として☆でも☆☆でも構いませんので宜しくお願いします。

  


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