閑話 クラリス①

 どんなに待ち望んでも帰ってくることはない。


 それは私自身が一番分かっていること。


 なのに私はこの家から離れられない。


 リンガミルに来て、ゲイルと共に過ごした。二人だけの思い出が詰まった場所。


 忘れようとして忌避して、忘れられずに戻ってきてしまった二人で借りた家。


 ここにいればいくらでも思い出せるゲイルとの思い出。



 会ったばかりの頃のゲイルは何とも頼りない印象の男だった。


 そらが父さんから剣を習い始め、天賦の才の片鱗を見せ始め、僅か五年そこらで私と同等まで上り詰めた。


 父さんは剣聖の座は私に譲ったが、風月流の秘伝を体現した刀【朧月夜】はゲイルへと手渡された。


 悔しくもあり、どこかで納得もしていた。


 だから私はゲイルに負けない剣士になるため必死に努力した。


 努力して、努力すれば、するほど超えられない高みをゲイルに感じ絶望する。

 また彼が自分の力量を理解していない事にも腹が立つ。

 リンガミルの迷宮に潜って彼が怪我をする時は決まって私や誰かを庇った時のみ。

 つまり、自身は一度も敵から攻撃を受けたことがない。


 それがどれだけ凄いことなのか分かっていない。


 正に守りの剣を体現した存在。

 あの父さんが認めた男。


 そんな彼にいつしか憧れを抱き、嫉妬し、愛した。


 混ざりあった感情の果てで私は葛藤し続けた結果逃げた。

 自分の弱さから、超えられない壁から。


 逃げた先で私は私が最も愛していた人を犠牲にした。


 そうして手に入れた力。


 何より大切な者を犠牲にしたのなら、その犠牲に報いなければならない。


 そう思ってずっと戦い続けてきた。



 でも……。




 エントリーされている名前を見てまさかと思った。


 変な噂が広がっているのも知っていた。


 あり得ないことだとも。


 そう、だって間違いなくあの感触は未だに手に残っているから。


 何度もあの時の悪夢を見てきた。

 忘れようと必死になった。


 でも無駄だった。


 私の中に根付いたゲイルの幻影は消えることは無かった。


 忘れようとした思い出はいつの間にか、忘れられない心の拠り所となってしまっていた。


 だからだろう。

 私はどこかで期待していた。


 もしかしてゲイルならと……。


 だから彼と同じ名前の剣士を目の前で見ようと闘技場まで来ていた。


 そしてひと目で分かった。

 髪の色などすっかり変わっていたが、私の愛したゲイルだというのは疑いようがなかった。


 なにより、あの強さと太刀筋。


 あれこそ私が求めていたもの。

 まるで初心な乙女のように私の胸が高鳴る。


『ああ、ゲイルが戻ってきてくれた』


 私のために。

 それが復讐であろうと関係ない。


 自然に涙がこぼれ落ち、感情が溢れ出し声を上げて叫びそうになる。


 私は爆発しそうな感情を抑え、二人の思い出が詰まった我が家に戻る。


 もしかしたら彼が戻ってくるかもしれないと淡い期待を抱いて。


 


――――――――――――――――――――


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