閑話 ニーナ①

 


 今の私は侮蔑の視線の元、下働きとして屋敷で働いている。


 ゲイルが……兄が私の下から去って三年くらいだった。

 私が贅沢に暮らすことが出来ていたのは。


 あの時は美味しい物を食べて、綺麗な服を着て、柔らかいベッドで眠るのが何よりも幸せだった。


 時折来るドボルの相手も馴れれば気持ちよくなることも出来た。


 それだけで信じられない贅沢をさせてもらえていた。


 そう、ドボルが飽きるまでは……。



 結局、兄が言った通りだった。


 ドボルが好きだったのは私自身ではなく、私の顔と体。

 そして別の若くて綺麗なお気に入りを見つければそこに目移りするのは当然だった。


 なによりドボルは豊満な女性らしさより、華奢で儚く少し幼い位が好みらしかった。


 だから、栄養のある美味しい食事を取るようになり、痩せこけた体から、女性らしい豊満な胸と男受けしそうな魅惑的な体に成長した私は、図らずもドボルの好みとは真逆になってしまい、その事も捨てられる要因のひとつになった。


 そして、完全にドボルからの興味を失い相手にされなくなった私は、もう贅沢を許される事はなくなっていた。


 幸いか不幸か、いきなり放り出される事は無かったが、立場は元々の下女に戻った。


 いや、立場的にはもっと下だろう。

 散々贅沢して使用人達を下に見て好き放題していたのだ。同僚として歓迎されるはずもなかった。


 仕事も皆が嫌がるトイレの汚物処理や残飯の廃棄を押し付けられた。何よりも屈辱だったのはドボルと新しいお気に入りとの情事の後の後始末だった。


「馴れてるんだから素手でも平気でしょう」


 そう本来ベッドメイクを担当する使用人に言われ、素手で気持ち悪い精液塗れのシーツや汚らしい粘液に塗れた張り型の処分などをさせられた。


 でも、そんなのは序の口だった。


 ある日、私は同じ下働きの男に襲われ犯された。


「主人相手に散々体を売ってきたのだから今更だろう」とまるで娼婦のように扱われた。


 屋敷を取り纏める執事長に非道を訴えたが、

 その執事長にも弄ばれた。


 そうして私は下働きの男達の欲望の捌け口として扱われるようになっていった。


 助けてくれる人は誰もいない。


 同僚の女達も関われば巻き込まれるかもしれないと見て見ぬふり。


 当然、ドボルは私のことなんてもう気にもしていない。


 本当に……本当にこんな事になるなら、あの時兄と一緒に逃げれば良かった。


 そうすればこんな惨めな想いをしなくてすんだのに。


 でも、あの時目先の欲に目がくらみ、何よりも自分を大切に思ってくれている人を切り捨てた私にすれば、今の結果は当然の報いなのかもしれない。


 でも、それでも……。


「助けて、兄さん」


 涙と一緒にこぼれ出る呟き。


 思い出すのは苦しくても幸せな思い出。

 お金を貯めていつか一緒にここを出ようと誓った約束。

 どんなに貧しくても私が居てくれれば平気だと笑ってくれていたのに。


 もう頼れるのは心の中にしかいない、唯一、無条件で私を愛してくれた人を思い出す。


 それだけが唯一の心の安らぎだから。


「兄さん、どこに行ったのかな」


 口にして実感する喪失感。

 あれから、もう何年も経っている。

 いまさら後を追うなんて無理だと分かっていた。

 それでも何か……。


 そう思って、ふと昔を思い出す。


 そしてもしかしてと、床下に二人で作った隠し場所を掘り返す。


 出てきたのはお金の入った麻袋と手紙。


 手紙にはこう記されていた。


「これが必要にならない事を願って」


 思わず声を上げて泣きそうになった。


 兄は、私があんなに酷い言葉を投げかけたのに、最後まで私のためにこのお金を残してくれていた。


 けっして大金ではない、それでもあの当時の兄からすれば生きていくために必要だったはずだ。

 それこそ全部持っていったところで咎める者なんていなかったのに。


 きっとこれは私と約束していた一緒に暮らすために貯めてきたお金だろうと思った。

 でも、私はそれを裏切った。

 それも最悪の形で。


 本来ならこのお金を手にする資格なんてない。


 でも、それでも私はどうしようもない妹だった。


 私は兄の残してくれたお金を手に取り、夜逃げ同然に屋敷を抜け出すと駅馬車乗り場に向う。


 私に残された望みはただひとつ。


 一目だけでいい兄に会って謝りたい。

 そして一言。

 「ありがとう」と感謝を告げたい。


 正直、兄が生きているかなんて分からない、どこにいるかさえも、でも探し続ける。


 それこそどんなに苦渋を嘗め、汚濁を呑む事になっても。


 私はそう固く誓って朝一で到着した駅馬車に乗り込むと街を出た。

 


――――――――――――――――――――


読んで頂きありがとうございます。

評価をしていただいた方には感謝を。



こちらも終盤と言うことで

新作開始します。

自分なりに楽しく書けているので、そこそこ楽しめるのではないかと思います。


合わせて読んで頂けたら嬉しいです。


《タイトル》

『覇者転生 〜スローライフなにそれ美味しいの?』


https://kakuyomu.jp/works/16818093077307679991


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