第10話 懐かしい場所
駅前に行くと、
「遅刻したかと思った。でも、待たせたのは間違いないから、 あやまるよ。ごめんね」
沙羅の言葉に、伊藤は首を振り、
「オレが早過ぎただけ。何か、気合が入っちゃってさ。じゃ、早速だけど、行こうか」
沙羅が頷くと、伊藤は微笑み、歩き出した。沙羅もその後を追った。伊藤の隣に並んだ時、ふいに気が付いた。
(そういえば、二人きりで出かけるの、初めてだ)
沙羅は、何だか急に意識してしまい、変に緊張し始めた。
改札を通り、ホームに行くと、すぐに電車が入ってきた。伊藤は、「あ。来た来た」と楽しそうに言った。ドアが開いたが、誰も降りて来なかった。伊藤は沙羅の方に振り返ると、「乗ろう」と言って、先に電車に乗り込んだ。沙羅も、それに従った。
空いている席を見つけた伊藤は、そこを指差しながら、「あそこに座ろうか」と言った。沙羅が頷くと、伊藤は先にシートに腰をおろし、「三上さん。おいでよ」と、手招きをした。急いでそこへ行き座ると、沙羅は、顔をしかめながら伊藤を見て、
「いとーちゃん。恥ずかしい」
「え? 何で?」
「とにかく、恥ずかしいから」
「わからないなあ」
意に介さない伊藤に、沙羅は溜息を吐いた。しかし、伊藤の気にしない感じが、沙羅の心を癒してくれているのも否定出来ない。これは何だろう、と沙羅は思う。よくわからない感情だ。
電車が動き出すと、伊藤は楽し気にいろいろと話しかけてきたが、沙羅は「へー」と相槌を打つ程度だった。そうしている内に、バラ園の最寄り駅に着いたので、二人並んで降りた。そこからさらにバスに乗り換え、十分ほど行く。バスに揺られながら、沙羅はぼんやりと、出かける時の祖母の様子を思い出していた。
(何で、あんな顔をしてたんだろう。バラ園が、何?)
バスを降りると、坂の上の方にその家が見えていた。単に「家」と言うよりは、お屋敷と言いたくなる、そんな立派な建物だ。沙羅は、伊藤と目を合わせ頷き合うと、覚悟を決めて歩を進めた。
バラ園のお屋敷までは、徒歩5分程だったが、そこへ行き着くまでに、道の両脇に建っている家は、どれも洒落ていた。大抵庭もあり、様々な花が咲いている。
沙羅は、それを見るともなしに見ながら歩いていたが、ふと何かが頭をよぎった。が、それはすぐに消えてしまい、ただ心のざわつきだけが残っていた。
(今の、何だった?)
思わず首を傾げた。伊藤は、そんな沙羅の様子を横目で見て、
「三上さん。どうしたの?」
「んー。どうしたのと訊かれても、よくわからないんだ。ただ、何か思い出しそうな気がして」
家を出る時にも感じた、何か忘れているという気持ち。いったい、何を忘れているというのだろう。そして、やはりわからないのは、祖母のあの表情だ。
「ごめん。やっぱりわからない」
「いや。いいんだけどさ。三上さん、急に難しい顔になっちゃったから」
「混乱してるからかな」
沙羅は、前髪をかき上げながら言った。伊藤は、「そっか」と言った後、
「無理して思い出そうとしなくていいんじゃないかな? 思い出すべき時に思い出すから、きっと」
「だといいんだけど」
何とも言えない感情を抱えたまま、その場所に辿り着いた。そばで見ると、よけいに迫力があるお屋敷だ。が、その時、不思議と懐かしいような気持ちになった。そして、そのことに沙羅は戸惑った。
(懐かしいって、何だ?)
「さあ、あそこでチケットを買おう」
玄関を入ると、受付の女性が沙羅たちに微笑んだ。その人は、祖母と同じくらいの年齢と思われる、年配の女性だった。彼女につられるように、沙羅も微笑むと、
「大人二枚お願いします」
チケットを渡してくれながら、受付の女性は、「ごゆっくりどうぞ」と優しい声音で言った。沙羅は女性に頭を下げ、伊藤とともに玄関を出て、庭に向かった。
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