第8話 告白
アイスティーを一口飲むと
「話、聞いてくれてありがとう」
「役に立てたのかな、オレ」
「うん。本当に感謝してる」
「そうか。役に立てたなら、良かったよ」
伊藤は、沙羅の顔を見て微笑むと、
「オレ、そろそろ」
「あ。私も、もう帰る」
椅子から立ち上がり、伝票を取ろうとしたが、
「オレが払うから。おごらせて?」
可愛く言われて、沙羅は思わず頷いた。
人に何かしてもらうことは、沙羅にとって、借りを作るみたいで嫌なことだった。が、今日は伊藤に任せようと思えた。自然とそういう気持ちになれた。
二人で並んでレジに行くと、店長が立っていた。店長は伊藤から伝票を受け取ると、レジに打ち込み、金額を告げた。支払いが済んだ後、店長は伊藤をじっと見て、
「あなたは、
伊藤が、明らかに驚いたような顔をして、「はい?」と言った。店長は、同じ言葉を繰り返した。伊藤は、「あー」と言った後、
「友人です。でも、オレ、この人が好きです」
店長の目が、吊り上がったように見えた。
「それは、友人としてではなく?」
「そうです」
「三上さんを、幸せにしてくれるんですか?」
伊藤は、店長に向かい、微笑んだ。店長は、仕事中だということを忘れてしまったかのように、真剣な表情のまま、伊藤に問うた。
「私は、何かおかしいこと言いましたか? その微笑みは、どういう意味ですか?」
伊藤は、表情を改めてから、首を振った。
「おかしいことなんて、仰ってませんよ。そうじゃないです。ただ、もしかしたら、店長さんも三上さんを好きなのかなって思いまして。それで、あ、仲間だ、と思ったら、つい微笑んでしまったんです。気に障ったなら、すみません」
伊藤の言葉に、店長は、
「ええ。好きですよ。好きじゃいけませんか? 私はね……」
二人のやりとりをそばで聞いている沙羅は、どうしていいのかわからずに、二人を交互に見やっていた。
店長のヒートアップぶりに反して、伊藤は全く落ち着いていた。店長から視線を外さず、真面目な顔のまま、言った。
「好きじゃいけないなんて、オレ、そんなこと言う権利、ありませんから。それから、店長さん。三上さんは、オレが幸せにするんじゃありません。自分で幸せになるはずです。オレ、そう信じてます」
店長が、ハッとしたような表情になった。そして、大きく息を吐き出すと、
「そうですね。私は、何を言ったんでしょう。あなたの方が、よほど冷静ですね」
店長は伊藤に微笑みかけ、
「目を覚まさせて頂いて、ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています」
「もちろん、また来ます。あ、店長さん。今度髪切る時は、ここへどうぞ」
伊藤が店長へ名刺を渡した。店長はそれを受け取りじっと見た後、「その時は、よろしくお願いします」と言った。
沙羅は、伊藤とともに外へ出た。快晴で、風が強く吹いて、沙羅の髪を乱す。沙羅は、そっと髪に手を当て伊藤を見上げた。沙羅の視線に気が付くと、伊藤は微笑み、
「ねえ、三上さん。さっき言ったこと、本当だから」
沙羅は、さっきの二人の言葉を思い出して、赤面した。
「三上さんを好きだよ。だけど、返事はいい。いらない。三上さんは、好きになっちゃった人と縁が切れて苦しいだろうし、そもそも恋愛は避けたいだろうし」
「避けたいっていうか……避けたいのかな。そうかも」
それでも、二人からの告白は嬉しかった。父を裏切って、若い男の人を好きになって、あんなことをしていた母は許せないし、恋愛がそういうものなら、自分はしたくないと思っていた。が、知らない内に人を好きになってしまうことがあると知った。理性だけではどうにも出来ないんだとわかってきた。
「いとーちゃんの言う通りだね。でもさ、嬉しかった。私なんかを好きになってくれる人がいるってわかったから」
「なんか、とか言うなよ」
伊藤が、少し強い口調で言った。驚いて、沙羅は伊藤の顔を凝視してしまった。
「そんなさ、自分を価値がないみたいに言うの、オレ、反対。三上さんは、オレたちにとって、すごく価値ある存在なのに。三上さんがいなかったら、オレ、困るけどな」
「あ。将来のこと? 介護してほしいから、そんなこと言ってる?」
伊藤に真面目に言われて、つい、ふざけたことを言ってしまう。そんな沙羅を怒るでもなく、伊藤は破顔した。
「そっか。そうだね。オレの将来は、三上さんにかかってる」
が、伊藤は急に真面目な顔に戻って、
「という冗談はさておき、返事は当分聞かせてもらわなくていいから。だから、恋人になるわけじゃないけど、たまに二人きりで出かけてよ。って言っても、オレ、火曜日くらいしか休みはないけど。会ってくれたら嬉しいな。来週は? 仕事? 再来週は?」
沙羅は、少し考えてから、
「来週は休みだよ」
「そっか。ラッキー。じゃあ、オレと出かけよう。どこがいいかな?」
「そんなこと言われても、わかんない」
人と出かけることがほとんどない沙羅は、適当な場所が思いつかない。
「どこがいいかな」
そう言いながら思案していた伊藤が、手を打ち、「そうだ」と言った。沙羅が、「え?」と言うと、
「バラ園は?」
「バラ園?」
「そう。バラ園。ここから三駅先の。何か、凄くいいって聞いたことあるんだけど。どうかな?」
「いいよ。バラ園に行こう」
沙羅がそう言うと、伊藤は笑顔になり、
「よし。じゃ、決定。また、近くなったら連絡する」
「わかった」
手を振り合って別れた。沙羅は、自分一人で抱え込んでいた感情を解き放ったせいか、心が軽やかになり、自然と早足で歩いていた。
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