冬編

第54話

 窓の外にちらほらと白いものがまたたき始めた。

 白く清潔感のある空間で、ベッドの傍らに座す少女。目を通していたノートを閉じ、窓に目をやる。口元のほくろが「あ……」という掠れた声とともに垂れ下がる。

 彼女は立ち上がり、窓に駆け寄る。窓にそっと手を当て、その冷たさを愛しむように撫でた。しんしんと降り積もる白雪に触れたいとばかりに。

「みーくん、外は雪だよ!」

 振り返り、朗らかに告げ──答える者がないのに気づく。返ってくるのはピッピッと規則正しく鳴り続ける心電図の音のみ。

 ベッドに横たわる少年からはいくつもチューブが伸び、人工呼吸器を取り付けられ、右腕には点滴も刺さっていた。頭には包帯が巻かれている。

 唯一表情を窺い知ることができそうな眦には何の感情もなく、生きているかどうかもわからなかった。敢えて言うなら安らかに見える。

 少年の頭上のベッドの柵には"海道美好"とネームプレートが入っていた。

 少年を見る少女は頬を一筋の雨滴で濡らしていた。

「みーくん、目を覚ましてよ。なんで目を覚まさないの? 怪我は信じられないくらい綺麗に治ったのに、さわくんの包帯で治っているのに……そうだ、さわくんね」

 彼女は無意識か、口元のほくろに軽く指を当てる。

「さわくんが死んでから、もう二年が経ったわ。みーくんを助けるためにって手首を切って、おじさまが見つけたときにはもう手遅れだったって……この話はもう二年前にしたけれど。ねぇ、起きて、起きてよ。二人でお線香立てに行きましょう? みーくん、お葬式も三回忌も出てないんだよ? 私や同級生たちはみんな行ったのよ? 一度は揉めてたっていう先輩方だって、悲しんでいたわ。一番悲しむはずのあなたが、行かなくてどうするの」

 少女の声に少年が反応する様子はない。

 少女はベッドから出た少年の手に自分の手を重ね、小さく溜め息を吐く。

「みーくん、季節はもう二回巡ったわ。先生には脳死とも言われた。でも、さわくんが遺したメッセージのとおりにしてる。だから生きてよ」

 少女が祈るように少年の手を包み込んだ。

 ぱさり。乾いた音を立てて床に落ちたノートから写真の束が見えた。

 八枚の写真。全て植物を撮ったものだ。


 キバナコスモス

 白詰草

 ハナミズキ

 紫苑

 菜の花

 ペンペングサ

 イチョウ

 雛菊


 その順に紐で綴じられていた。


 少女の震える声が静かな病室の中に溶けていく。

 もう叶わない願いが。


「みーくん、死なないで」



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坂の上から毎日のように転げ落ちる無愛想くんと怪我をあっという間に治してしまう不思議な包帯を持つ爽やかくんのお話 九JACK @9JACKwords

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