第53話

 四月××日

 今日は"かいどうみよし"くんと会った。クラスメイトの園崎さんがよく話していた隣のクラスの男子生徒。

 確か字は"海の道"に"美しきを好む"だったかな。名前も綺麗だけど、格好も綺麗だった。

 転んで埃まみれなのに、なんだか綺麗に見えたんだ。二枚も写真に撮っちゃった。いや、三枚だったかな。

 ちょっと叱られた。僕の飛び出しを止めてくれたんだ。手の感触が、まだ残ってる。


 四月××日

 海道くんが昨日のお礼にってカップケーキをくれた。義理がたい人。

 そういうところに園崎さんは惹かれるのかな?


 四月××日

 昨日、先輩と揉めているところを海道くんに見られた。

 海道くんの手は痛かった。でも、大きくて温かい手。

 海道くんの家に泊めてもらった。お喋りなお姉さんとお茶目なお母さんと無口なお父さんに囲まれて、海道くんは文句を言いつつ、楽しそうだった。

 そんな海道くんが、僕のことを訊いてきた。迷惑をかけてしまったので、全部話した。そしたら、迷惑じゃないって。友達だって。


 初めての友達。


 四月××日

 今日は園崎さんと友達になった。

 「みーくん(海道くん)をとらないでね」と言われた。わかってるよ。

 海道くんは園崎さんの一番だ。


 五月××日

 なんであの人たちが僕に話しかけてきたんだろう?

 あの人たちは僕なんて嫌いなはずなのに、なんで写真部に入れだなんて言うんだろう? あの人たちが怖くて僕は写真部をやめたのに。

 僕が写真をやめられないのがいけないんだろうか。でも、やめられない。僕の弱さ、なのかなぁ? それとも病気? まあ、血が包帯に変わるなんて病気を通り越して人間じゃないか。

 今日は一メートルの包帯ができました。最近は包帯を作るために腕を切っていたけど、今日は半ば元の趣旨に戻っていたかな。

 それでも、海道くんの怪我を治す役に立つんだから、いいけどね。

 頭がくらくらするから早く寝よう。


 六月××日

 梅雨が来た。

 しとしとと降り止まない雨を憂鬱そうに園崎さんが見上げていた。

 最近園崎さんの顔色が優れない。悩み事があるのだろうか。友達としては相談に乗るべきなんだろうけど、訊けない。

 海道くんに関することだったらと思うと、怖くて訊けない。


 七月××日

 海道くんが倒れた。

 頭を怪我していたので包帯を巻いた。打ったときのことは覚えていないという。

 危ないんじゃないか。春にも頭打ってたことあるし、最近は平気で法定速度を破る車が多い。

 事故とかにならなきゃいいけど。


 七月××日

 海道くんが八月に花畑に連れていってくれるって。

 花畑、懐かしいなぁ……昔父さんとよく行ったっけ? 今年で閉園なんだよね。

 寂しいけど、閉園前最後に行けるなら嬉しい。

 お盆休みに行くことになった。


 七月××日

 終業式で倒れた。軽い脱水。

 うみくんに怒られた。たぶんあれは怒っていたんだと思う。

 うみくんはこんな僕に平気で近づいてくる。うみくんは僕が死を望みながら生活している変人だと知っているはずなのに、どんどん近づいてくる。

 怖いよ。でも嬉しいよ。

 だから君は"うみくん"なんだ。

 海みたいに綺麗で深くて底が知れない。


 七月××日

 うみくんがバスケ部の助っ人で試合に出ていた。僕は園崎さんと一緒に応援した。

 応援というか観戦だったかな? 隣の園崎さんはずっと絵を描いていた。

 何を描いているの? と訊いたら"みーくん"って言ってた。

 最近、スランプ気味なのだそうだ。うみくんを描くと気が紛れて、少しの間スランプの苦しさを忘れられるらしい。

 僕で力になれたらいいんだけど、園崎さんにうみくん以上の存在はない。おこがましいかな。


 七月××日

 うみくんと園崎さんが家に来た。びっくり。

 結構前から僕の誕生会を二人で企画していてくれたらしい。とても嬉しい。

 じゃあ、新しい年になったついでに、今までの僕とお別れしよう。




「園崎さん、好きです」




 園崎さんを困らせてしまった。

 けれど、園崎さんははっきり言った。

「さわくんばっかりみーくんの笑顔見てずるい。だから嫌い」

 ……ありがとう、園崎さん。


 

 七月××日

 園崎さんがうみくんに告白したようだ。

 学校から出てくる園崎さんを見た。訊かなくてもうみくんがどう答えたのか想像はついた。

 園崎さんが泣いていたのはきっと、振られたからじゃない。

 うみくんが優しいからだ。

 優しいうみくんは酷い。振った園崎さんに優しくして、僕を死ぬなと引き留める。

 不謹慎かな。

 園崎さんが告白したって聞いて、僕は自分が告白したときより清々しく思ったんだ。


 八月××日

 うみくんと花畑に行く日。

 受付の人に案内されて着いたのはキバナコスモスのオレンジ色の花畑。

 うみくんが笑った。

 うみくんは相変わらず綺麗な笑顔をする人だ。

 保存した写真を眺めてそう思っていると、撮り返された。

 写真撮られるのって、何年振りだろう?

 後日うみくんが現像してくれるって。

 なんだか恥ずかしいな。


 八月××日

 写真屋さんに行って、一枚だけ現像してもらった。

 うみくんの写真。オレンジ色の花畑の中で心地よさそうに風を浴びている。これが一番綺麗に撮れたから。

 園崎さんにあげようと思う。うみくんが写っている写真なら、スランプだという彼女を元気づけられると願って。


 九月××日

 最近うみくんが転ばないので機嫌がいい。

 とはいえ、あの坂が危険なことに変わりはないので気をつけないと。

 でも、心なしかうみくんの自転車が喜んでいるような気がした。からからと車輪の回る音が楽しそう。

 よかったね、壊れなくなって。


 九月××日

 写真部に入ろうと思う。

 どういう心境の変化かというと……園崎さんに振られて、色々とすっきりしたから、全部吹っ切れるだけ吹っ切ろうと思って。

 園崎さんの件は元々賭けにすらならないものだとわかっていたし。この際だから、全部綺麗にしてしまおう。

 学校でカメラ持ってないと手が寂しいというのが本音だけどね。ははは。


 九月××日

 残暑はすっかり抜けきって、風が肌寒くなってきた。

 すんなり吹っ切ろうと思った写真部の件だけど、自分から言い出すのにかなりの時間が経ってしまった。

 それでも、先輩たちは快く受け入れてくれた。一ヶ月後まではお試し入部。

 家でデジカメの手入れ。


 十月××日

 うみくんが久しぶりにこけた、と言っていた。転んだ割に上機嫌だった。

 今日は車に轢かれそうになったんだ、と朗らかにとんでもないことを言う。

 うみくんが危なっかしい。本当に車に轢かれたらどうするんだ。

 死んじゃうんだよ?

 僕はそんなの嫌だ。


 十月××日

 園崎さんが絵のコンクールで賞をとったらしい。

 職員室近くに貼り出されると聞いて向かったら、園崎さんとうみくんがいた。何やら話しているようだけど、園崎さん、泣いている?

 二人が去ったあと、絵を見て絶句した。


 僕が園崎さんに渡した写真だ。


 帰ったら、うみくんが僕に写真を届けに来ていた。夏の花畑、うみくん家の庭に咲いた紫苑、黄色いイチョウの葉っぱ。

 ずるいなぁ、うみくん。本人が綺麗なだけじゃなくて、撮る写真まで綺麗なんだもの。

 ちょっとうみくんからもらった写真を一部抜粋して、言葉遊びをした。

 近頃のうみくんに届けたいメッセージ。


 ……包帯、最近あんまり作ってないから、怪我しないようにしてね。



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