第49話

 帰り道。コンビニに寄って写真をプリントアウトする。プリントといっても、写真のプリントにすると一枚あたりの値段が二百円ほどする。だから普通プリントを選択し、一番小さいサイズで出す。

 数が多いので、一時的にプリンタジャックになるのが心苦しい。

 今回は夏からプリントアウトしていなかったので、殊更量がある。とーると撮った花畑の写真、いつの間にやら母が庭に植えていた紫苑、通学路のイチョウ。色鮮やかなものばかりで見る分には楽しいが、プリントアウトとなるとどうしてもカラーにしなければならないため、値が張る。いや、普通写真プリントと比べると格段に安いのだが、それでも数が数だ。

 英世を三枚消費したところで印刷完了。写真をファイルというか、ボックスに仕舞う。

 毎回店の人がじと目で見てくるが、無視。春からだいぶ慣れた。

 自転車に跨がりとーるの家へ向かう。

 最近は坂に限らず暴走車が多いらしい。コンビニを出るとき、猛スピードで突っ込んできた車に轢かれそうになった。そのまま店にも突っ込むんじゃないかとはらはらしたが、縁石のところでぴたりと停まる。器用なものだ。しかし危ないのには変わりない。

 一般道では自転車の肩身は狭い。歩道を走っていると注意されるし、かといって車道を走るのも怖いものだ。一部の地域では自転車専用道路というものもできたらしいが、それがしっかりレールで区切られていればいいものの、ただ線が一つ増えているだけでその上幅が狭いというありがた迷惑な中途半端仕様が主流となっている。

 そもそも、自転車専用道路という考え自体が最近現れたものなので、田舎道のような細い道路、坂など工事のしづらい場所での取り入れはまだない。細い道路はともかく、坂をどうにかしてほしい。

 とーるの家周辺はまだ自転車専用道路がなく、たまにかっ飛ばす車が通るので非常に危険だ。俺も自転車を漕ぐのは途中で諦め、歩いて押した。

「こんにちは。海道です」

「あら海道くん、こんにちは。入って」

 佳代さんが出てくる。居間にお邪魔すると、「通くんはまだ帰ってないの」とお茶を出しながら教えてくれた。

「そういえば、園崎さん、絵で賞を取ったんですってね」

 リンの名にちりっと痛みを感じた。それをどうにか押し隠し、応じる。

「もうご存知だったんですか?」

「いえ、たまにスーパーに買い物に行くと、お母さんにお会いするの。そのとき教えてもらったわ」

 俗に言う井戸端会議とかいう奴だろう。女の人の情報網ってすごい。

 そう考えているうちにとーるが帰ってきた。

「ただいま。あ、うみくん、来てたの?」

「まあな。ほら、写真、現像したから」

「わあっ、ありがと! 今回はどんな?」

 とーるは目を輝かせ隣の椅子を引く。まとめてきた写真のボックスを渡した。

 一枚一枚、順に見ていく。一通り見てから。

「やっぱりうみくんの写真、いいなぁ」

「そうか? 別に普通だろ。頑張ってもガラケーだから、それくらいが限度だし」

「いやいやそれを踏まえたら尚のことすごいって」

 お前の写真には敵わねーよ、と心中でこぼしつつ、ふととーるがケータイを手にしていることに気づく。ケータイを所持しているのは知っていたが、実際に出して使っているところは見たことがないので珍しかった。

「もしかして、お前もケータイで何か撮ったのか?」

「んっ? ……ああ」

 どこかぎこちなく頷いてとーるはケータイを開く。すらすらと操作し、あるものを俺に見せた。

 凍りつく。

「リンの、絵か」

「うん」

「うん? 園崎さんの? わたしにも見せてくださいな」

 佳代さんが興味津々で覗き込む。本当はそっと避けたかったが、写真がそれを許してくれなかった。

 それはリンが賞を撮った絵だった。放課後に見せられた花畑の中の少年の絵。生だとかなり繊細な描写がなされていて、見るものを惹き付ける作品だった。

 だが、更にそれを撮ったとーるの写真は見るものを離さない。もちろん絵そのものの良さもあり、充分に惹き付けられる。しかし、そこから目を離せなくなるような魅力が小さい枠の中から溢れ出ていた。

 煌めき、とでも言おうか。被写体そのものの良さを損なわず、それどころか見事な陰影で撮影したことにより、さらなる吸引力を持った。


「だって、私の絵より上手いんだもの」


 そう言ったリンの声が実感を伴ってやってきた。

 被写体モデルがいいとか、そういうレベルの問題ではない。

 とーる自身の恐ろしいほどの才覚がその一枚に込められていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る