第36話
結局、俺は試合に出ることになった。先輩が風邪引いたとかで一人休んだのだ。体調不良は仕方ない。仕方ないのだが、素人がいきなり試合に出るのはさすがに無理があったんじゃなかろうか。少なくとも俺はそう思っている。
バスケはほとんど走りっぱなしだ。その上状況が目まぐるしく変わる。俺は何をしたらいいかわからないまま、ボールが来たらパスかシュートという具合に動いていた。ドリブルなんてできるか。とられるのが怖すぎる。
そんなこんなで同点で一試合終了。休憩に入った。
俺は体育館を出、外の水道の蛇口をひねった。蛇口が熱かったが気にしない。それよりも溢れてきた水の心地よさに浸る。
暑い日にこんな熱くなるようなことをするバスケ部の連中を尊敬する。それで、好きでやっているというのだから本物だ。
リンもそうだ、と思い返す。体育館上のギャラリーから観戦していたリン。タイムアウト時などに見上げると、どんなタイミングでも筆を走らせていた。
その傍らにいたとーるもとーるで、カメラを離そうとはしなかった。リンよりは余裕があるようで、俺が見ていると気づいて手を振ってきたりもした。
似ているのか? あの二人は。そう思って戸惑う。自分の好きなことに熱中すると周りが見えなくなる辺りとか、こんな暑い日に俺の応援なんかに来る物好きなところとか。
ぼんやり考えていると、何やら話し声がした。
「さわくん、最近みーくんの呼び方変わったけど、何かあったの?」
噂をすれば何とやら。リンの声だ。
「特には何もないけど、うみくんが、好きな呼び方でいいって」
「なんで"うみくん"?」
「"海道"って"海の道"って書くでしょう? だから。それと……」
「それと?」
「海のような広い心を持っているから、なんてベタかな」
なんか恥ずかしいぞ。とーるは素で言っている気配があるから尚のこと。リン共々息を飲む。
「さわくんって照れもなくとんでもないこと言うのね」
「そうかな?」
やはり自覚なしか。
「……羨ましいわ」
リンの口から零れた一言に疑問を抱く。羨ましい?
とーるも同じように思ったらしく「どうして?」と訊ねる。
「だって、本音を何のてらいもなく言えるって、なかなかできることじゃないわ。そうやって言おうとしても、相手に誤解されたり、煙たがられることの方が多いもの」
誰とでも簡単にコミュニケーションのとれるリン。そこから考えると、それは意外な悩みだった。それとも最近誰かとトラブルでもあったのだろうか。
「……そうかな」
自信なさげにとーるが返す。
「本当に伝わっているかどうかは訊かないとわからないよ。僕だって、わからないから」
でも、訊くのも怖いんだよね、と紡ぐとーるの声に、俺は佳代さんを思い浮かべる。とーるが一線を引いているようだ、と悲しげに言っていた佳代さん。きっとあの人もとーる自身も距離の置き方がわからないのだ。
とーるからすると、俺もそういう存在なのかもしれない。だからいつも、線の向こう側にいる。
俺も俺で、とーるとの距離感は迷っている。ずけずけと寄っていって、とーるは不快じゃないんだろうか。──決定的な拒絶がないから、俺は近づこうとしているのだが。
「そうよね。訊かないと、わからないわよね。でも、訊く勇気がないわ」
「僕にだってないよ」
「同じなのね」
くすり、とリンが笑う。とーるも笑っているようだった。
深刻そうな雰囲気から脱したらしい二人の様子に安堵していると、俺を呼ぶ声がしたので体育館の中に戻った。
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