第35話
体育館に行くと、誰もいなかった。他にやることもないので、事前に教わっていたとおり、準備をする。
ボールを倉庫から出し、ゴールをきこきこと動かす。きこきこという軋んだ音は誰もいない体育館によく響いた。
かちゃん、とゴールを出し終わったところで、一人目のバスケ部員が来た。
「はよっ、かいと。よかった。ちゃんと来てくれたな。ゴールサンキュー」
「別に。一応これでも義理がたい方でな」
「ははっ、それ自分で言うかよ」
一応、これ着とけ、とユニフォームを渡される。
俺は更衣室を貸してもらい、着替えた。
ノースリーブのユニフォームは着なれないせいかなかなか落ち着かない。俺は同級生の奴に倣い、上から半袖の運動着を着た。
更衣室を出、体育館のフロアに戻ると、制服姿の女子が一人いた。
「げ、リンか」
「げって何よ。失礼ね」
思わず呟いた俺の一言を耳ざとく聞きつけ、リンがこちらを見る。隣で雑談していたらしい女子マネが「あ、かいとくん、おはよー」とお気楽さを全面に滲ませて手をひらひらと振った。
他の部員も揃いつつあり、皆ユニフォームを着ている。そんな中、一人制服姿のリンはやたら目立った。
「お前がこんなところに来るなんて。暇なのか?」
「んなわけないでしょう」
予想通りの返事が返ってきた。それもそのはず、リンはこの夏休み中に絵を一作品仕上げなければならないはずなのだから。
「お暇ではない園崎さまがどういったご用でこちらに?」
「何突然畏まってるの? ま、いいけど。そんなの決まってるでしょ。これよ」
リンは脇に抱えていたスケッチブックを示す。どこからともなく4Bの鉛筆を取り出し、くるりと手の中で回してみせた。
やる気満々ですな。
「今日は存分に描かせてもらうわ。インスピレーションのチャージね。覚悟しておいてよ、みーくん」
「何をだ」
俺の絵なんか描いて何になるのやら。
インスピレーションのチャージとか言っているが、要はやはり暇なんじゃないか。
「チッチッチッ、わかってないなぁ、かいとくんは。色々言いつつ、そのちゃんてばあなたの応援に来たんだよ。愛されてるねぇ」
「憎いぞ、このモテ男!」
女子マネとバスケ部員が二人がかりで茶々を入れてくる始末。
それにしても、とリンが呟く。
「似合ってるわね。本当にバスケ部員じゃないのが不思議なくらい」
「かいとは帰宅部のくせしてがたいいいからな。特に足とか? ……って、どうしたんだよ? その包帯」
言われて、しまった、という思いがよぎる。着替えたときに外しておくんだった。
「ああ、これはまあ……なんとなくだな……」
上手いごまかし方が思いつかず、そんなことを言う。
怪我はないんだな、とバスケ部員に迫られ、かくかくと首を縦に振る。一同、そこで胸を撫で下ろした。
「紛らわしいことすんなよな、かいと」
「お、おう、すまん」
「でもあれ? かいとくんてば意外と中二病発症しちゃったなんて」
「違うって。とにかく、大丈夫だから今外してくる」
再び更衣室に戻る。その途中、とーるとばったり鉢合わせ、とーるに外してもらった。
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