第34話

 がっしゃーん!!

「あー、またこけた。最悪だ。そもそも夏休み入ったのに学校に行かなきゃならんのが気に食わん」

 そう思わないか? と誰ともなしに問いかけてみるが、返ってくるのは蝉時雨。ああ、空しきかな。

 さて、変な歌を詠んでいる場合でもない。さっさと行こう、と自転車を立て直す。自転車がかたかたと悲鳴を上げている。文句があるなら法定速度オーバー気味で下ってきた車に言ってくれ。あの中はきっとクーラーかかっていて、天国で、ひゃっほー気持ちいいぃぃぃっ!! なんて変なテンションの奴が乗っているにちがいない。そのテンションのまま、アクセルを踏み込んでいるのだ。いくら涼しかろうと羨ましくはない。変人になるのはごめんだ。

 ともかく、事故には気をつけないとな、と自転車を引いて登校再開。膝小僧が痛い。今日はバスケ部の助っ人に行くだけなので、制服ではなく体操着。半袖短パンである。……擦ったか。

 夏は殊更坂が長い。働き者のお天道様のせいだろう。でも太陽がなかったらなかったで困るなあ、と思うのだが、俺の脳裏に天の岩戸隠れがよぎる。さぞや涼しかったことだろう。

 どうにもならないことをぼーっと考えていると、目的地に到着。

 花壇の方に目を振れば、いつもどおり、とーるがいる。

「よ、とーる」

「おはよう、うみくん」

 渾名呼びは、お互い結構すんなり定着した。夏休みなので、女子に無駄に騒がれることもなく、気が楽だ。

「今日、バスケ部の助っ人だっけ?」

「ああ。九時半から」

「応援行くよ」

「いや、俺、出るわけじゃねーから」

「そうなの?」

 ま、でも行くよ、ととーるは続ける。暇だから、と。

 バスケ部連中はさぞや喜ぶことだろう。主に女子マネが。

 心中でこっそり溜め息を吐き、自転車を置くためとーるに背を向けると、引き留められた。

「膝、擦りむいたの?」

「ん、ああ」

 訊きながら、とーるが膝に例の包帯を巻いていく。

「試合が九時半だったよね? その頃には治ってると思うから」

「さんきゅ。にしても、相変わらずの治りの速さだよな。どこで売ってんの?」

「……非売品だよ」

 一瞬の間を置いて、とーるは答えた。

 しかし、よく考えればわかることだ。近頃は傷の治りが早くなるよう様々な工夫がされたバンドエイドが出ているが、包帯タイプのものは市販では少ない。まず、包帯というのは"巻くのが面倒"という点から敬遠されており、商品価値は低い。包帯そのものは何も悪くないが。

 包帯というよりは包帯みたいな見た目の湿布、といった商品が多い気がする。けれど、とーるの包帯はどう見てもただの真っ白い包帯だ。

 非売品。その言葉が妙に頭に引っ掛かる。

「じゃあ、どうやって手に入れたんだよ?」

「内緒。じゃ、試合頑張ってね」

 わかりやすくはぐらかされてしまった。けれど、それ以上問い詰めるのも憚られる。とーるの引く一線を越えるのは、厚かましい気がするのだ。

 そう感じてしまうのは、まだ俺ととーるが"気の置けない仲"にまでなっていないからだろう。

 そう思うと、少し寂しい。



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