第32話

「え〜、土曜練習来ないのかよ?」

 金曜、昼。俺はバスケ部の奴にそんなブーイングを食らっていた。

「悪いな。用事があんだ。……って、俺本当にベンチだけでいいんだよな?」

「お望みならスタメンも可」

「そりゃ先輩に悪いだろ」

 出す気満々じゃねぇか。

「で、どういう用? とうとう園崎とデートか?」

「何故にお前らは俺に用事ができるとリンのネタに走るんだ……」

 それほどに俺は暇人だと思われているのだろうか。いや、確かに暇人かもしれないが。

 誤解されても面倒なので、ちゃんと説明しておく。

「ふーん、半澤と花畑、ねぇ。園崎差し置いて男とかよ」

「リンとは五月に行ってるからな? 既に」

 後ろの方で騒ぎ出した女子は一体何なのか。時々"バラ"という言葉が聞こえるが、俺はそんな趣味を持ち合わせちゃいない。

「つーか、リンと行ったそれもデートとかじゃねぇし」

「じゃ、園崎に確かめに行こう」

「やめろ、そっちは面白半分でデートだと主張する」

 全く、話題にリンが絡むとややこしくなるから嫌だ。それに、半澤も。女子評判のいい半澤だからこそなのかもしれないが、ネタにされる方の身にもなってほしい。

 ──これが変な噂を生んで、半澤を傷つけるようなことにならなきゃいいが。

 そう考えながら遠くを見つめる。

 半澤はいつもどおり、朝には学校の花壇に水をやり、放課後には帰宅部らしくいそいそと帰ってしまう。

 最近俺はバスケ部に引っ張られ気味で、朝ぐらいにしか半澤と話していない。メアドは交換しているが、お互いメール打ちは達者でないので、そちらでもやりとりしていない。

 相変わらず、半澤は毎日カーディガンを羽織っている。夏真っ盛りで暑い日が続いているのに、毎日。当然、左手首の包帯も毎日ついている。

 まだ、リストカットを続けているのだ。半澤は苦しいままなのだ。

 どうしようもないことはわかっている。けれど、考えずにはいられない。

 先日、半澤のために買ったリストバンド。あれを渡さずに済むのなら、それが一番いい。

「やっぱり、痛いんだろうな」

「ん? どうした、かいと?」

「あ、いや」

 思ったことをそのまま呟いてしまったらしい。どうやってごまかそうか悩んでいると、俺の顔を見て、そいつはああ、と一人合点する。

「怪我痛ぇの? つか、よくもまあそう毎日怪我できるよな」

 どうやら、今日擦ったばかりの鼻の頭を無意識にいじっていたらしい。

「五月蝿い。好きで転んでんじゃないやい」

 ちょんと触れると、確かにそれはひりひり痛んだ。

 今朝は夏休みの予定を考えながら歩いていたら、変なところでブレーキを握ってしまったらしく、前につんのめった。コンクリートに鼻の頭を擦るだけで済んだが、やはり痛いものは痛い。

「でも、だからかいとって丈夫なのかね。運動してない割に、体力検査のときとか成績いいし」

「んなことねーよ」

「風邪引かねぇし?」

「俺は馬鹿じゃないぞ?」

 そんな馬鹿話をしているうち、午後の終業式の時間がやってきた。


 終業式なんて、やることは決まっている。ただただ長い校長の話を聞き流し、何かの表彰があれば適当に拍手し、生徒指導の教師から言われるテンプレートの注意事項を半分くらい真面目に聞いていれば終わる。

 ただ、夏はきつい。暑いせいか、ただでさえ長い校長の話が、割り増しで長く感じる。早く終われよ、というオーラが体育館のフロア全体に立ち込めている。心なしか、その中には教師も含まれている気がした。

 暑い。暑いが、外の蝉は元気だ。それに自分の体力が吸いとられていくような錯覚さえ覚える。

 鼻の傷に汗が触れ、少しひりっとした。思わず顔を歪めたそのとき、隣の列でざわめきが起こった。

 何事か、と耳を澄ましていると、どうやら隣のクラスの奴が倒れたらしい。

 教師が何人か来て、肩を貸す。去り際、見えたその顔は、半澤だった。



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