第31話
入ったことのない店というのは緊張する。
俺はあまりスポーツとは縁のない生活を送っていたからなぁ、なんて右も左もわからずきょろきょろしていると、見覚えのある人物が目に留まる。
「あれ?」
「ん、ひぇっ、かいとくん!?」
バスケ部の女子マネージャーでクラスメイトの奴だ。呟くと何故かすごい勢いでびびられた。ぼーっとしていたのだろうか。
何かにひびが入ったような音を幻聴しながら、俺は疑問を口にする。
「お前、バスケ部は?」
「あ、えーとね、今日はあいつら自主練なの。だからマネージャーはフリー!」
「嬉しそうだな」
「べ、別に部活が嫌とか、そういうんじゃないよ。っていうか、あいつがいるわけだし、嫌なわけな──って何言っちゃってんの、わたし!?」
「あいつ?」
疑問符浮かべて繰り返すと、そいつはほっとした表情になる。
「そういえばこいつ、とんでもない鈍だったわ。警戒して損した」
「あいつって、バスケ部の奴のことか? 俺に練習試合の助っ人頼んだ」
「ひぇっ!?」
おお、図星。君、俺をあんま甘く見ない方がいいぞ。
「さすが高校生。バスケにかける青春の次はそちらで青春ですか」
「って、あんたも高校生でしょうに!」
ツッコミどうも。
「奴にも言ったが、俺は何か一つに青春をかけるなんて柄じゃねぇよ。心配すんな。別にあれこれ言い触らしたりしねーし」
夢を追いかけるには生々しい現実が展開しているし。家でほぼ主夫化していることとか。
俺が答えると、そいつは何故か悔しそうにこちらを見上げる。
「屈辱だわ。こんな激鈍大仙人にばれるなんて」
「激鈍大仙人って何だ」
深々と溜め息を吐くそいつに色々とツッコみたいことはあったが、本題に戻ろう。
「そうだ。この店よく来てんならさ、ちょっと案内してくれよ」
「え、買い物?」
「プレゼント用にリスバン買おうと思って。大体目的一緒だろ?」
「そのとおりだけど見抜かれすぎててなんか屈辱」
不平たらたらながらもそいつは案内してくれた。
「ところで、青春謳歌なんて柄じゃないと語るかいとくんが、リスバンなんて一体誰にプレゼントするの?」
当然といえば当然の疑問だ。しかし、素直に答えるかは悩みどころだ。何せ、半澤にリスバンを買ってやりたい理由が理由だからな。
「……半澤だよ」
「へぇっ? なんで?」
何故だか女子って、俺と半澤が絡むのに疑問を持つらしい。そいつも意外そうな面持ちで訊いてきた。
「他言するなよ。半澤の誕生日が近いんだ。サプライズでプレゼント用意してんの」
「ほほう。他言無用オッケー。しかしかいとくんってとんだマメ
「そりゃ、リンとは長い付き合いだからな。腐れ縁っつーか」
「……それがそのちゃんの勘違いを招いているのはつゆ知らずといった感じか。やはし、激鈍大仙人ですな」
「だから何だよ? その"激鈍大仙人"っての」
じゃあさ、とそいつが振り向き、ぴしっと人差し指を立ててみせる。
「単刀直入に訊くけど、そのちゃんのことどう思ってるわけ? 恋愛対象として見たことないの?」
「ない」
即答。
本当のことだ。リンはただの幼なじみ。腐れるほど長い縁。何度か切ろうとして避けたら、リンが泣いてしまったから、その縁を自分から切るのはやめた。女の子泣かすのはさすがにどうかと思うから。
俺の迷いのない答えに、目の前の女子が唖然とする。ここまできっぱり答えられるとは思っていなかったのだろう。
「公言してんだろ。俺とリンはただの幼なじみで、それ以上にもそれ以下にもならない。俺はリンを恋愛対象として見ることはない」
「ちょっと、それはそのちゃんの気持ちわかってて言ってんの?」
気持ち、と言われると胸が痛むものがある。
「ねぇ、みーくん、無視しないでよ。こっち向いてよ。リンのこと、嫌いになったなら、謝るから」
幼いリンが、縁切りしようとした俺にすがってきたときの言葉。小さな手が、俺の服の裾を掴んで放さなかった。
それが、リンを振りほどけない理由だ。
「服の裾を掴んだ手が払えなかっただけだ。自分から手を繋いだりはしない。そう決めてる」
「かいとくん……」
それより、と重い空気が落ちる前に話を変える。
「どれがいいんだ?」
「あ、えとね。相手の手首の幅とかわかる?」
「ああ、たしか半澤は俺の手で掴んでしっかり回るくらいで……細っ」
「かいとくんの手、でかいにしても細いね。……ってかいとくんてばさわくんの手首握ったことあるの? ますますどういう関係?」
「ただの友達だってば」
「そんなこと言って〜。今度はごまかされないぞ」
「……俺は何一つごまかしていないんだが」
他愛のないやりとりをしながら、俺はリスバンを選んだ。
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