第28話
夏休みは着々と近づいてくる。だが俺はまだ半澤へのプレゼントを思いつけずにいた。
ちなみに、リンはファンシーショップで買ったというコースターをさくさく用意してしまった。
俺にはそんな気の利いたもの、すぐには思いつかない。けれど、半澤のためになるもの──半澤にとって意味のあるものを用意したかった。
そんなある日のこと。
「おーい、かいと。夏休み暇か?」
「今んとこ一日を除いては暇だけど」
「ならちょうどいい。最初の日曜、バスケ部の助っ人頼むわ」
「はあっ!?」
なにゆえ、という話である。確かに、うちの学校のバスケ部は人数不足が深刻と聞いていたが。
「でもバスケって、最低五人いれば出られるんだろ? そんなに人いねーのかよ」
「まじぎりなんだって。保険に補欠でベンチあっためてくれるメンバー探してんの。かいと、後生だから頼むよ」
「やだよ。俺は便利な暇人じゃない」
「試合出なくていいんだってば」
「人数合わせだけなら他にもいるだろ」
「他みんな運動音痴なんだよ」
そんなことはないだろうが。
「そもそもなんでそんな人数不足なのに試合すんだよ?」
「みんなバスケに青春かけてんだよ」
おお、青春。眩しいねぇ。
「だから、なんで終始他人事なんだよ!?」
「だって他人事だし」
「うう、かいとがそんな血も涙もない奴だとは思わなかったぞ。園崎に言い付けてやる!」
リンに告げ口されても、痛くも痒くもない。勝手に言うがいい。
そう告げ、突き放すと、かいとのいけず! などと叫んでくる。無視。
ところが諦めて呟き始めた一言に、俺は振り向く。
「じゃあ、あとは隣の半澤か」
「半澤っ?」
「うぉっ!?」
思いがけない俺の反応にそいつがすっとんきょうな声を上げる。どうしてもその名前だけは聞き捨てならなかった。
「半澤って、半澤通か?」
「それ以外半澤っていないと思うけど、どしたの? 急に」
「あ、いや……」
特に意味などないことに気づき、言い淀む。それをどう捉えたのか、そいつが再び迫ってくる。
「何何? 半澤に食い付きいいね。なんかあんの?」
「い、いや」
「そういや友達だっけ? あ、もしかして半澤には出てほしくないとか?」
「そ、そんなこと」
あるかもしれない。なんだか、半澤に余計なことをして、余計な負担を負ってほしくなかった。
微かなその思考が語調に反映されてしまい、付け入る隙を与えてしまう。
「ならば君が出てくれたまえ、かいとくん。大会じゃない。ただの練習試合だ。だから本当に構える必要はない」
「だから俺は」
「それとも半澤くんに声をかけた方がいいかな?」
「うっ」
弱みを握られた気分だ。仕方なく首を縦に振る。
「わかった。出るよ。ベンチあっためるくらいならしてやるさ」
「よっしゃ、かいとゲット!」
ゲットってな……まあ、いいや。
「じゃ、今日の放課後、ちょっくら部活に来てくれよ」
「……試合、本当に出なくていいんだよな?」
「モチのロンさ! 挨拶するだけだよ。気が向いたら、練習見てってくれると嬉しいけどな」
一抹の不安を抱えつつも、俺は放課後にバスケ部に行った。
「よーこそっ! バスケ部へ!!」
「って、俺、入部じゃねぇぞ」
「え〜? 残念」
体育館に入るなりそんな反応をいただく。いや、残念がられても困る。
「でも、試合出てくれるんだよね?」
「ベンチな」
「つまんな〜い」
女子マネージャーが不服そうだ。よく見るとうちのクラスの奴じゃないか。
つまらないとか言われても、そういう約束だ。翻す気はない。
「せっかくそのちゃんをいじる新しいネタになると思ったのに」
「人をネタにしない」
それと"いじる"って何だ。時々リンと女子たちの関係がわからなくなる。
「ほら、かいとくんが試合に出るってなったらさ、そのちゃん絶対応援来るじゃん?」
「来るか?」
「来るの! で、"みーくん、頑張れ。あ、そこ! シュートだ!! 入ったわ。キャー!! みーくんすごい"なんてやってるところに」
「いや、待て。どこの清純女子だ」
身振り手振りを交えての力説。ドン引きである。
リンは"キャー"とか言わない。多分。
しかしそんな俺のツッコミを華麗にスルーし、その女子は続ける。
「みーくん、やったね! はい、飲み物。……なーんてのろけてるところを、熱々ですな、お二人さんってからかってやるのが楽しいんじゃない!」
「…………一気に出る気失せる」
誘ってくれたあいつには悪いが、ベンチ入りもやめようか。
「わわっ、お願い! ベンチだけでいいので出てください」
慌てて女子が弁明する。どうしよっかなぁ、なんて思わせ振りに首を傾げると、タイミング悪く、俺に声をかけてきた男子がやってくる。
「かいと、忘れたのか? お前が出ないと半澤に声をかけるぞ?」
「くっ……」
「何? その脅し文句」
案の定、女子からツッコミを食らう。
「さわくんが来るならそれもそれで乙かしら?」
女子はそんなことを言う始末。やべぇ、俺が断りづらくなった。
半澤が来れば、会場は黄色い歓声で埋まることだろう。それはいいが、あいつ、運動できるのか?
とりとめのないことを考えていると、男子に肩を叩かれた。痛い。
「ま、そういうこった。かいと、よろしくな!」
「んあ、うん」
しまった。どさくさで返事してしまった。
まあ、いいや。と開き直り、バスケ部の顧問に挨拶し、部活を見学した。ちなみに顧問は俺を非常にありがたがり、へこへこと頭を下げ続けた。随分と腰の引けた人だ、とぼんやり思った。
「おーい、かいと。
「おい!」
早速約束と違う現象。仕方ない。こっち見て拝んでいる女子マネに免じて参加するとしよう。
俺は特にこれといったスポーツはしていないから、どの競技も体育の授業程度の知識しかない。バスケは、ドリブルして、パスして、リングに向かってシュートする、くらいの理解だ。
「全然問題ないって。参加してくれるだけでありがたい」
「やけに謙虚だな。怖いぞ」
「失礼な。じゃ、始めるぞ」
三対三のルールは簡単。ハーフコートでディフェンス三対オフェンス三での対戦。ディフェンス側がオフェンス側からボールをとるか、オフェンス側が一点決めたら攻守交代。というものだ。
素人の俺がどうすりゃいいのか、と思いながら説明を受ける。
開始の気の抜けたホイッスルが鳴ると、バスケ部連中の雰囲気が一気に変わった。気迫に思わずびびる。
「みんなバスケに青春かけてんだよ」
その言葉は伊達じゃないというわけだ。
「かいと!」
「うおっと」
ゆっくり考え事をしている暇もない。パスが来て、受け止めると、ボールはやけに重かった。味方二人がしっかりマークされているのを横目で確認し、とりあえずシュートを打ってみる。リングに当たって跳ねる。
「リバン!」
そう上手くはいかないもんだ、と苦笑する。ゴール下に集うバスケ部の奴らの気迫に圧倒されていた。
何かに打ち込める奴って、すげぇや。
ふと、写真を撮る半澤の姿を思い出す。今のバスケ部連中は、「見つけた」と言う瞬間のあいつに似ている。
こういうのを見ると、写真に収めたくなるんだよな。なんとなく、衝動的にシャッターを切る半澤の気持ちがわかった。
「かいと!」
またボールが来る。やはりずしりと重い。
ぽーん、と適当に放った。何の偶然か、綺麗な放物線を描いて、そのボールはゴールに収まった。
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