第26話
教室に戻ると、女子がわらわらと寄ってきた。
「わあ、かいとくん大丈夫なの?」
「なんか血まみれだったって聞いたけど。あれ? 怪我ないね」
「軽い脳震盪だったらしい。怪我は治ったよ。心配ない」
生還ムードというか、歓迎ムードというかが漂っていて、俺は少し意外に思った。自分があまり愛想がよくないのは自覚しているから、ちょっといなかっただけでこんなに心配してくれる奴がいるのかと思うと、胸がじんと熱くなる。
「そのちゃん心配してたよ?」
「さわくんも」
「ああ、半澤には会ったし、リンは今教室に送り届けてきた」
「わあ、かいとくんってば紳士〜」
「絶対脈ありだよね〜」
「あとでそのちゃんからかっとかないと、ね〜っ!!」
わけわからんことを話し、頷き合う女子たちを見、先程よぎった思いを取り消す。こいつら絶対話のネタにする気だ。
「よっ、色男!」
「わけわからんこと言うな。つか他に言うことねーのかよ」
「んー? これでもおれらだって心配してたんだぜ?」
「そうそう、どれだけこけても折れない鉄の心の持ち主、遂に倒るるって、一体どんなこけ方したんだ? とかさ」
「てめえ、遂にってなんだ? 遂にって」
「うわ、かいとが怒った」
「鬼だーっ、逃げろーっ」
「誰が鬼だよ!?」
男子は阿呆ばっかだ。
と、少し怒鳴ったらくらっとしてきた。顔は努めて平静にしていたつもりだが、近くの女子が「大丈夫?」と怪訝そうな眼差しを向けてくる。
「大丈夫だ。それより次の授業、何?」
そう訊いて席に着くと、ちょうど鐘が鳴った。女子が数学の教科書を示す。ありがたい。
数学の教科書を机脇の鞄から取り出すと、教師が入ってきた。教師は俺の顔を見て少し驚いた顔をし、告げる。
「海道、お前、帰れ。迎えが来てるぞ」
「えっ」
まじですか。
どうやらなかなか目を覚まさないのを心配して、母が迎えに来たらしい。やる気満々だったが、俺は仕方なく帰ることになった。
しかし、参ったな。
というのも、放課後に久々にリンのデッサンに付き合うことになっていたのだ。「本当に心配したんだからね、馬鹿」などと、最早「馬鹿」が語尾ななりそうな勢いで"馬鹿"とばかり言い続けるリンを宥めるために提案したのだ。それに、ここのところ、リンは行き詰まっているようだし、気分転換になればとも考えていた。
まあ、母が心配するのは仕方ない。学校がどういう連絡したのかは知らないが、俺が倒れたというだけで母には充分すぎる衝撃だっただろう。母は心配性でそそっかしいからな。
今日も帰ってくるなり、「寝ていなさい」だの「晩ごはんはわたしが作るから」だのと俺に気を遣いまくった。
まあ、大学から姉貴が帰るまではゆっくりしていよう。母が夕飯を作るとなれば、必ず姉貴は俺のところに来るはずだ。また「母さんの味噌汁しょっぱいから」なんて言って。
布団を敷いて寝転がる。思っていたよりすぐに微睡みはやってきた。
「ありゃりゃ、みーくんてば気持ちよさそうに寝てる」
「疲れてるんだよ、きっと」
「ふふふ、寝顔デッサンしてやる」
「え、園崎さん、それはだめだよ」
「そんな固いこと言わないで、さわくんも寝顔撮っちゃえば? 案外と可愛い顔してるでしょ」
「うう……って、園崎さんもう描き始めてるし」
「フンフフ〜ン♪」
「……見つけた」
ぱしゃり。
「本当、よく寝てるわね」
「うん。……そろそろ帰ろっか」
「そうね。またね、みーくん」
「それじゃあ、また明日。海道くん」
遠くで半澤とリンの声がした気がした。
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