第25話
うっすら目を開ける。白い天井とクリーム色のカーテンが見えた。暑かった外とは打って変わって、随分と涼しい部屋だ。
ぼんやりした頭のまま起き上がりかけて、全身がじりじりと痛むのに気づく。起き上がれず、呻いた。呻き声が掠れて響く。
「海道くん?」
カーテンの向こうから声がした。クリーム色をしゃらりとのけて、声の主が現れる。
「半澤……?」
「海道くん! よかった」
入ってきた半澤の手を借り、起き上がる。半澤がほっと溜め息を吐いた。
「朝、花壇の前を通りかかったところで、海道くん倒れたんだよ。覚えてる?」
半澤の説明に記憶を手繰り寄せると、確かに半澤に声をかけたところで記憶がふっつりなくなっている。
「びっくりしたよ。なんか血まみれだし。また朝転んだの?」
「ああ。久々に自転車漕いで坂下ったら、そうなった」
「せめて止血くらいしてから降りようね」
半澤にやんわりと指摘され、自分でも「あ」となる。
どうやら軽い脱水と脳震盪でしばらく眠りこけていたらしい。半澤が急いで保健室に運んで、治療をしてくれたのだとか。
両腕を見ると、肘の辺りにくるくると包帯が巻かれていた。真っ白い包帯。
「半澤、これ……」
「気にしないで。ただ、保健室の先生に気づかれないようにすり替えるのはちょっと大変だったかな」
笑みに苦いものを混じらせながら応じると、半澤は取るよ、と包帯に手をかけた。
「今、何時なんだ?」
「ちょうどお昼休み。みんな心配してたよ」
言いながら包帯を解いていく手つきは相変わらず流麗だった。
結構な時間、意識を失っていたらしい。今、保健の先生は昼食のため席を外しているそうだ。クラスでもそこそこの騒ぎになっているらしく、何人かのクラスメイトがここまで様子を見に来たという。
「園崎さんなんか特に大変だったよ。海道くんのこと心配で、授業もほとんど手がつかないって感じだった。話しかけても上の空っていうか……ん、綺麗に治ってる」
話すうちに包帯を外し終え、半澤は満足げに頷く。
相も変わらず、半澤の包帯は不思議だ。あれだけの傷が痕も残さず消えている。
「あ、そうそう。園崎さんから、そこのペットボトルの飲み物、奢りだってさ。ちゃんと水分とりなよ」
半澤が示した方を見ると、よく見かける清涼飲料水。ボトルが少し汗をかいていた。
「じゃあ、僕は保健の先生探してくるから」
そう言って、半澤はカーテンの向こうに消えた。
立ち去る彼のカーディガンの色が目に焼き付いて残る。別に、ただの学校指定のカーディガンだ。色は臙脂であまり派手ではないが、男子生徒はあまり着ない。それを半澤が着るのはおそらく、左手首を隠すため。
これも変わらず毎日包帯が巻かれている。まだ、半澤の苦しみは続いているのだ。俺はどうしたら半澤がリストカットをやめられるのかわからないまま、過ごしている。
自分の無力に拳を握りしめるどうにもならない。どうにもできない自分が悔しい。
そうして項垂れていると、からりと戸の開く音がした。
「……みーくん?」
リンの声だ。俺はそろりとベッドを抜け出し、カーテンを開ける。
「よ」
「みーくん……」
いつもの調子で声をかけると、リンは目を見開き、驚く。手は無意識なのか、口元のほくろを押さえていた。
「……馬鹿」
その口から次に出たのは、そんな罵倒だった。静かに、けれど確かに罵られ、予想外に衝撃を受ける。
「リ、リン?」
「みーくんのばーか。いつものようにこけて派手に怪我して昼まで寝てるとかどんな阿呆なのよ? それでいて開口一番は平然と"よ"って。脳震盪だっていうから、頭強く打ったのね。お医者さまによく診てもらったら?」
「んなっ!?」
べらべらべらべらとリンの口をついて出たのは、全て暴言だった。一瞬で頭に血が上り、怒鳴ろうとして……ふらついた。頭が痛い。寝すぎたせいか、ぼーっとする。
「わ、みーくん、大丈夫っ?」
慌てて俺を支えに入ったリンと目が合い、はっとした。リンの瞳が揺れていたのだ。
「園崎さんなんか特に大変だったよ。海道くんのこと心配で、授業もほとんど手がつかないって感じだった。話しかけても上の空っていうか」
「園崎さんから、そこのペットボトルの飲み物、奢りだってさ」
憎まれ口ばかり叩いたが、リンはリンで心配してくれたのだ。
わかりにくいっつーの。
そう思いつつも小さく「さんきゅ」と言っておいた。
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