第15話
がっしゃーん!!
「……うー、またこけた。最悪だ」
恒例行事である。今日は止め金のロックを外した直後に力尽きたように倒れてきた自転車の道連れとなった。
翌朝、半澤を送るのに出かけようとしたときのことである。朝早くから心が折れる。怪我はないが、それ以外の部分がずたぼろというか。
「か、海道くん、大丈夫?」
半澤が半ば唖然としながら訊いてきた。毎日こけている俺ですら驚く状況だ。半澤が呆気にとられないわけがない。
「大丈夫だ」
世の中のどんな嘘よりも嘘っぽいごまかしをし、俺は流した。大丈夫なわけがない。自転車の後輪が大破している。大破といっても原型は留めているが、明らかに自転車としてあってはならない位置にタイヤがずれている。もう俺の技術では手の施しようがない。
「海道くん、別に僕、一人で帰れるからいいよ? 無理しないで」
やめろ、半澤。その気遣いがむしろ一番傷つく。
と、半澤の言葉にぐさりと胸を貫かれながら、どうにか笑みを保つ。
「大丈夫だって。どうせそのうち自転車屋にみせようと思ってたんだ。ついでだから今日行くよ。お前んちの近くだし。それに、お前んちまで行ったのに、この前は挨拶もしなかったし、昨日だって、急にうちに連れて来ちまったからな。一回ちゃんと会って挨拶しないと悪いよ」
「そ、そう……」
なんだか半澤に気を遣わせてしまっているようで悪いが、それでも道理とか、ちゃんと通しておかないと。
「母さん」
玄関に顔を出し、呼び掛ける。ぱたぱたと忙しない足音がして、割烹着姿の母が現れる。
「あ、そろそろ行くの? 美好」
「うん。その前に、ごめん。自転車壊れた」
「えぇっ!?」
「俺じゃ修理できそうにないから、自転車屋に出してくるつもり。修理代、ある?」
「ちょっと待ってなさい」
ぱたぱたと母は居間に行き、一葉を握りしめて戻ってきた。
少しくしゃっとなった一葉が、手の中で微笑む。
「足りるかしら」
「これで足りなかったら、色々考えるよ」
さすがに、長いからなぁ、あの自転車。
若干たそがれながら、家を出た。
出っ端をくじかれた分か、道中でこけることはなかった。
半澤の家に着くまで、普段なら一人で歩く道が、なんだか賑やかだった。半澤が傍らで「見つけた」ぱしゃりを繰り返していたからだ。ペンペン草にヒメオドリコソウ、菜の花……春は花が多くていい。
「さて、着いたな」
黒い屋根にクリーム色の四角い家。門の前で一度立ち止まり、ふとあることに気づく。表札の名前が"新田"となっている。
ここ、半澤の家だよな? ──確かめようとしたら、既に半澤は玄関に鍵をさしていた。慌てて追いながら、気のせいか、と処理する。
自転車を塀に立て掛け、半澤の開けた玄関に入る。
「こんにちは」
恐る恐る声を上げると、「はぁい」という返事の後にすたすたという静かな足音が寄ってきた。奥から、二十代くらいに見える若い女の人が出てきた。
「あら、通くん、おかえりなさい」
「ただいま、佳代さん」
「……ええと」
半澤がその人の名前を読んだことで、俺は混乱する。母親、というには若いし、けれどこの人の接し方を見るに全くの赤の他人というわけでもないようだし……どう声をかけたらいいものか、悩む。
「海道くん、こちらは、新田佳代さん」
「はじめまして」
佳代さんは丁寧にお辞儀する。お辞儀の仕方が半澤と同じで折り目正しい。つられてこちらも頭を下げる。会釈程度で申し訳ないが。
「海道美好です……」
名乗ったはいいものの、どう言葉を次いだものやら。半澤自身がこの人を"新田"と紹介したことから見るに、さっきの表札は見間違いではないようだが。
「どうも、あなたが昨日お話にあった海道くんですね。わたしは通くんの養母の新田佳代と申します」
──養母?
「……半澤?」
見ると半澤は切なげに笑んで答えた。
「僕の両親はずっと昔に死んで、今は親戚の新田さんにお世話になっているんだ」
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