第14話

 電源ボタンを押す。数秒して、ぼやんと画面が明るくなった。ボタンを操作し、半澤が夕方撮ったらしい画像を見るべく、進めていく。

 当の半澤は、悲しそうな目で俺を見守っていた。正座した足の上に置かれた手が、微かに震えている。

 半澤は何も言ってこないが、緊張しているのだろう。おそらく、先輩方との一件から、他人に自分の撮った写真を見せてはいないだろうから。

 オレンジ色の小さなコマの集合を発見した。ざっと見て十枚くらい撮ってある。随分撮ったな。

 俺はそのうちの一枚を選択し、決定ボタンを押し込む。

「……!」

 言葉は出なかった。

 そこにあったのは、オレンジ色と緑色の間に浮かぶ街並み。坂の向こうの学校や店や病院、住宅街が、空と地面の境界を象っている。普段はなんてことないただの景色なのに、この画面の中では何故かとても神秘的なものに感じられた。

 写真に心奪われていると、俺の無言に不安を感じているのか、半澤の緊張が割り増しで横合いから押し寄せてきた。俺ははっとしてそちらを見る。少し潤んだ黒い目と出会った。

「綺麗だな」

 自然と言葉が零れた。半澤の目が見開かれる。唇が何かを紡ごうとしたが……それは叶わず、代わりに大きな雫がぽたりぽたりと零れ落ちた。

「え、えと……半澤?」

 いきなり泣かれるのは予想外だった。おろおろしてしまう。

 けれど、半澤が顔を上げたとき、はっとした。

「ありがとう」

 笑っていた。

 ……何を言っているんだか。

「こっちこそ」

 綺麗な世界を、ありがとう。

 そう言って返してやった。


 半澤の写真はどれも綺麗だった。何故、半澤があそこまで恐れていたのかわからない。

 半澤は嬉しそうにしていた。やはり、本当は誰かと一緒に見ていたかったんじゃないだろうか。写真って、そういうもののはずだ。

 誰かが見られなかった景色を代わりに写真に収めて、見せに行く。それがどれだけ綺麗だったかを伝えるために。

「なあ、半澤」

「ん?」

「お前が撮った先輩方の写真、本当に、悪かったのか?」

 さっきは躊躇った問いを口にしてみる。半澤は静かにうん、と頷いた。

「僕には、そう見えたよ。たぶん、先輩たちも」

 でも、と続ける。

「君は綺麗って言ってくれるのかな」

 その言い方にちょっとかちんときた。

「まるで俺がお前をひいきしてるみたいな言い種だな」

「違うの?」

 こいつな。

「違うに決まってんだろう。同情なんかで、目を曇らせたりしねぇよ。んなことしたら、リンに怒られる」

「リン?」

 あ。つい余計なことを言ってしまった。

「……園崎花隣のことだよ」

「へぇ」

 ナチュラルに微笑む半澤。詮索するような色はないが、俺の中で警戒が走る。こいつに限ってまさかとは思うが、からかってきたりはしないよな?

 それを気にして問うのもなんだか負けのような気がして、「そろそろ寝ようぜ」と部屋の明かりを消した。

 デジタル時計は十一時に近くなっていた。



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