第10話

 今週はほぼほぼ毎日リンに付き合わされた。

 そう思って溜め息を吐いた金曜日。今日は美術部は休みで、リンも用があるとかでさくさく帰ってしまった。

 俺も今日は帰宅部らしくさっさと帰ろう、と自転車置き場へ向かったときだ。

 視界の隅で校舎裏に数人の生徒が連れ立っていくのが見えた。それだけなら、別に気にするようなことでもないのだが、人影の中に半澤の姿があったように見えた。

 自転車の鍵を抜き、そろそろと人影を追ってみる。

 人影は校舎裏の隅で固まっていた。ゆっくり近づきながら様子を窺うと、やはり半澤がいた。二、三人に囲まれているのが半澤だ。声はよく聞こえないが、半澤の眼前の人物が何かをぶらぶらと玩んでいた。半澤がすがりつくように手を伸ばすが、横合いから突き飛ばされ、倒れる。

「おい、何やってんだ」

 思わず声を張り上げた。半澤を囲んでいた連中がびくんと肩を跳ねさせ、振り向く。それからゆっくりと顔を上げた半澤が俺の姿に驚く。

「海道くん……?」

「よ、半澤。こんなとこで何してんだよ?」

 訊くまでもなく察しはついていたが、問いかける。敢えて半澤に訊くことで事が荒立たないように、と努めて穏やかにしたつもりだ。

 半澤は戸惑いの表情で一度俺を見、先程眼前にいた人物の手にしているものに目線を注ぐ。それを追って俺も見やれば、そいつの手にはネックストラップのついた半澤のデジカメがあった。

「なんでそれ、お前が持ってんだよ?」

 少しぶっきらぼうな口調で問うと、相手は不快そうに顔をしかめてデジカメをつい、と持ち上げた。

「注意してたんだよ。写真部でもないくせにこんなん学校に持ってきて、校則違反なんじゃねーの? ってさ」

 半澤が部活に入っていないのには驚いたが、それを表に出さないようにずいっと迫る。

「だからって、突き飛ばすほどのことでもねぇだろ。それと、返してやれよ」

 ずい、ともう一歩詰め寄ると、相手は軽く悲鳴を上げて後退る。そんなにびびられるような顔をしたつもりはないが、普段からの仏頂面が役に立ったのだろう。軽く傷つくが。

 しかし、そいつはデジカメを離そうとしない不審に思って手を差し出してみるが、相手は手を引っ込め、デジカメを抱え込んでしまう。

 訳がわからん、と思いつつ、俺は一旦半澤の方に向き直る。半澤は驚いたような顔のまま、ぺたんと座り込んでいた。ほら、と手を差し出せば、こちらは素直に手を取った。

「っつか、お前ら何なの? 校則違反の注意に二人も三人もいらねーだろ。それとも、半澤に恨みでもあんの?」

 周囲の二、三人を見回して言う。

「い、いや別に」

「別にって?」

 おどおどしたその様子に少し苛立つ。

「別に何だよ? 何でもねーなら紛らわしいことすんなよ。それとも本当に恨んでんの? 何かあんならさっさと言えよ。聞くからさ」

「海道くん」

 後ろから半澤が俺の手を引く。俺は目の前の奴から目線を外し、半澤を見る。振り向くと真っ直ぐな目が合った。

「わかって、いるから」

 静かにその唇が動いた。

「この人たちがこうする理由は、僕がわかっているから。いいんだ、別に。いいでしょ? 海道くんがわざわざ、巻き込まれる必要なんて、ない」

 その言葉が、俺をとん、と突き放したような気がした。俺の中の半澤が、日曜に会った半澤が、遠退いていくような感覚。

 けれどそれとは裏腹に、黒い瞳は間近にあって、制服の袖を掴む手はぎゅっと握りしめられている。

「ちげぇよ」

 俺は掠れた声で言った。

「ちげぇよ。巻き込まれるとか、そんなんじゃねぇよ。俺はただ、お前が写真好きだっていうから」

 大事そうにしてたカメラを取り返そうと思っただけだよ。

 そう続けた声が震えているのに気づいた。ぐ、と唇を噛みしめて、いつもの不機嫌面を再現する。それでも喉からせりあがってくる何かを堪えきれそうになくて、俺は半澤から目をそらした。代わり、視線の先にいた連中を睨み付ける。

「返せよ」

 もう少し穏やかにするつもりだったが、面倒だ。視線で威圧し、先程より乱雑に手を差し出す。すると存外あっさり、デジカメが返ってきた。

「ほら、半澤」

 俺はデジカメを手渡す。半澤はおずおずと受け取る。そっと半澤の手の上にカメラを置いてから、ぐい、と手首を掴んで引いた。そのまま自転車の方へ歩いていく。

「海道くん?」

 半澤の戸惑い声が後ろからかかるが、俺はかまわず歩いた。本当なら何か言った方がよかったのかもしれない。けれど、言えなかった。口を開くと、腹に溜まった苛立ちをぶつけてしまいそうだったから。

「ど、どこ行くの?」

 せかせかとされるがままでついてきている半澤が問う。

「……俺んち」

「え?」

 苛立ちを消しきれなかった声が一言答えると、半澤が呆気にとられる。それもそうだろう。あまりにも唐突だから。俺自身、どうしてそうしようと思ったのかは全くわからない。

「白詰草、見ないか?」

 どうにかこねくりだした言い訳はそれだった。自転車を解錠して振り向くと、狐につままれたような表情の半澤が一転、爽やかで穏やかな笑みを浮かべて頷いた。



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