第56話 君に伝えたいこと②正しい噂の広め方
「でもさ、やっぱ元凶はアルバーレン、なんだよな」
ブラウンが話を戻す。ブラウンはよくわかっている。本当にそう。全ての元凶はアルバーレンなんだよ!
「そんじゃあ、アルバーレンに責任とってもらおうよ」
エバンスがニヤリとした。
「責任ってどうやって?」
「だからさ、あんたの国が聖女をちゃんと管理しておかないから、こっちの国にまで出張してきて、ポーションの縄張り破ってきて困ってますって言ってやるんだ」
「どうやって言うんだよ?」
「ただの言いがかりじゃん」
みんながわーっと突っ込む。
「待って、それ使えるかも」
「え?」
みんながひとり擁護したアルスをみる。言い出したエバンスが一番驚いている。
「アルバーレンは側室を探していたはずだ」
みんな頷く。
「だからさ、探しているような側室に似ている聖女と呼ばれる人が、この街にいるって噂を流すんだよ」
「流してどうするの?」
ルシーラがゴクリと喉を鳴らす。
「アルバーレンが、この街に聖女を探しにきたらどうなると思う?」
「嘘だったってわかる」
「偽物聖女が作った、偽物の聖水を売ってたってわかる」
アルスに尋ねられて、ホセとルシーラが答えた。
「王族を謀ったらどうなる?」
「あ」
続けての問いかけにみんな言葉を無くす。
「でもそれ、国同士の争いにならない?」
不安そうに言ったのはリックだ。
「そうならないよう、国がこの街の領主をどうにかすると思わない? セオロードがもしそうしなかったら、この国はもうダメだ」
それは子供の視点とはとても思えなくて、アルスの言葉はなぜか心に残った。
「噂を流すってどうするんだ?」
ソレイユが不思議そうにアルスに尋ねる。
「それは今から考える」
みんなで唸った。案があるわけじゃないのか。
「まぁ、目的は聖水をなくすことだな。聖水を売り出している連中を捕らえて欲しい。
嘘だってわかってるのにそれに目をつぶっている大人たちも、ギルドなのに人を見て態度を変える体制もどうにかしてほしい。ギルドは独立した機関だから、これはまた別かもしれないけどな。
子供が騒いでも大人は大人を取り締まってくれないから、外国から偉い人にこの国、まずいぞと言ってもらうのが大筋だ。
呼び寄せるのに、アルバーレンで探している側室がここにいるような噂をまく」
カルランが、今までの流れをまとめると、わかりやすくなった。
みんなアルスが何も言わないから言えなかっただけで、買い叩かれていることが頭にきてはいたんだな。
「来ないなら来させればいい。欲しい情報の噂をまいてやれば良い」
カルラン、頼もしい。水を得た魚のようにノリノリだ。
「黒髪に黒い瞳の女の人を見たって言うの?」
「それは悪手だ。逃げている女がその特徴あるところを見せるわけない」
「それじゃあ?」
「例えば、ローブが風に煽られて黒い髪が見えた、とかな」
「おお、それっぽい」
「でも、これも悪手だな。噂をまくと足がついた時にまずいから、俺たちがまき散らすんじゃなくて、まき散らす対象に想像を掻き立てるようなことを見せるか聞かせるんだよ。それから、俺たちは嘘は絶対言っちゃダメだ」
いつの間にか、この計画については主導権はカルランに移っているように感じる。
こういうところもトーマスはすごいと思う。いつもそれが得意な人がいつの間にか頭になっているのだ。いつだってボスが頭であるべきって人もいるだろうに、トーマスはそういうところに頓着がない。
「まずはその側室と聖女が同一人物と思わせるには、どうしたらいいかだな。とりあえず、側室の噂で聞いたことあるの、みんな言って」
「黒髪に黒い瞳」
「目つきが悪くて」
「どっしりしてて」
「不器量で」
「ふてぶてしい!」
「丸々肥えてて」
「歩くたびに地面が揺れるって」
「グリンスを片手で倒したらしい」
「ランディ、なんか怒ってる?」
ケイにおっかなびっくり聞かれる。みんなに見られた。
「怒ってない」
「眠いのか? 寝ていいぞ」
「眠くない」
「そうだな、信憑性があるのは、黒髪に黒い瞳で目つきが悪くてどっしりしてて、ふてぶてしい態度。そして足の膝より上にホクロがあるってことだけだな」
「な、なんで? 膝より上にホクロなの?」
思わず聞いてしまう。
出回っている情報では、足にホクロがあるとだけなはずだ。
「膝下のホクロなら、スカートをちょっと上げてもらって見られるから大げさにはならないだろ? 部屋をとってスカートをたくし上げさせて見たって聞いたぞ。そりゃもう、際どいところだったんだよ。絶対」
「際どいって?」
「内太腿か、足の付け根だろうな」
素晴らしい読みだ。
「ホクロで人を調べたってところから、アルバーレンも側室は姿を変えているって思っているってとこだな。魔法でも魔道具でも人の目をごまかせるだけで性別とか本来の姿が変わるわけじゃないからな」
なるほど。魔法とか魔具では対象に魔法をかけると、見る人がその魔法にかかって違う姿形に見えるって原理なのか。
だから性別は見かけだけ変えられるとしても本当に変わるわけでもなく。ホクロも見えなくすることは可能でも、なくすことはできないわけね、魔法では。
わたしは神様の容姿替えだからホクロはなくなったけどね。
「魔法で髪や瞳の色を変えたんじゃ鑑定があれば見破られるだろうから、それ以外で姿を変えられる何かを持ってたんだ、側室は……と思われている」
カルラン、すげー。
「だから、聖水作っている聖女は、黒髪に黒い瞳じゃないんだ。そうだな、一番ありふれたのがいいな。聖女は茶色の髪に、葉っぱ色の瞳だ」
「「「嫌なんだけど」」」
チャーリーとルシーラとわたしの声が重なる。
「ここでも3人もいるんだ、ありふれているのに紛らすのが一番いい」
そういうもんなのかな?
ただ、噂に振り回されてきた身としては、噂を自ら撒くのは気乗りしない。しかもアルバーレン絡みなんて。かといっていい案も思いつかず。その上、最初に価格破壊を何とかできないかと話を持ち出したのはわたしだ。
「でもさ、側室は赤ちゃん産んだんだよね。ひとりでいるのおかしくない?」
わたしは小さく抵抗してみる。筋が通ってないと諦めてくれるだろうか。
「噂に辻褄はいらねー。聞いた奴が勝手に帳尻合わすのが噂ってもんだ」
確かに、噂ってそういうところがあるかも。
「姿を変えているんだから、すらっとした華奢な若い娘で、側室の噂とは反対な女にするんだ。だけど、ホクロだけはなくせなかった」
「足のホクロが見える無理のない状況ねぇ。なくない?」
さらに抵抗してみる。
「そうだな。ひったくりにあって、転んでスカートが捲れあがってホクロが見えた、とかだろうな」
難なくクリアだ。
「それをどう合わせる?」
トーマスが静かに問う。
「あのさ、こんなのどう?」
カルランはニンマリと笑った。
「事実はふたつだ。街はずれにもう誰も来ない物見の塔があるだろ? あそこに茶色の髪の女が出入りしているというのがひとつ目。ホクロの女がひったくりにあいそうになった事実がふたつ目。これを違った人たちに目撃させる。それをみんなが側室聖女じゃないかと思うように、嘘はつかずに誘導する」
カルラン、お芝居とか書けそうだね。
ひとつ目は、街はずれに街人ではない誰かがいると思わせるもの。ふたつ目は足にホクロのある女性がこの街にいるというもの。足にホクロがある……今記憶に決して古くなく残っているのは『側室』だろう。ホクロがあったからって側室だとは必ず思うものではないけれど。その女性が街外れの物見の塔に隠れるようにいる女性と同一人物と思われたら、どうだろう? なぜ、物見の塔なんかにいるのか。街人ではない誰か。街人ではない……今この街の見たこともない女性といったら……。
そして、毎日飛ぶように売れている聖女様の聖水という事実。運任せの連想ゲームのようだが、もし、そう誘導できたらカルランの筋書きは見事!のような気がした。
場がシーンとする。
「女いないじゃん? どうやって、見させるの?」
エバンスが突っ込むが、カルランは慌てない。
「塔に女が出入りしているってのは簡単だ」
「簡単?」
「子供を使えばいい。幽霊を見た、なんて飛びつきそうだろ?」
「幽霊を見たって噂をまくのか?」
アルスが尋ねる。
「いいや、見せるのが一番いい。子供を夜、塔の近くに来させるんだ。それで塔には誰かが灯りをつける。それで塔に幽霊がいるって噂が出る。もうひとつが厄介だな。茶色の髪で葉っぱ色の瞳をお持ちの3人さん、誰か聖女役やって」
「いや、どう見ても子供だろ」
と、チャーリー。
「大丈夫だよ、太腿のホクロだけ見せてすぐローブでも被れば。お礼を言って立ち去るだけ!」
「女顔はランディじゃない?」
とルシーラが言えば。
「こいつはダメだ」
「それはダメだ」
わたしの両隣が即答した。
「なんでだよ、ボス?」
チャーリーが理由を尋ねる。
「それはっ。……こんな足の遅いやつがスムーズに立ち去れるわけないだろう?」
指をさされた。トーマス、ひどい。
「僕もランディには無理だと思う」
やりたくないから助かるが、ソレイユもひどい。事実だけどね!
「目撃者は飲んべぇのサルベさんあたりがいいな。あの人夕方以降はいつも酔ってるから誤魔化しやすそうだ。ホセはあの親父と気が合うよな。例えば、その前から何回か細工物かなんか作ってここはどうするのか教えてくれないかとか聞きに行ってさ。その日もたまたま、何か習いに行ってさお礼にお酒飲ませて、その帰り道に、チャーリーの手提げかなんかをひったくってるトーマスを目撃する」
「俺は決定かよ?」
トーマスがむくれる。
「ボスだったら子供に見えないからな」
「おれも決定なの?」
「チャーリーくん、その長い髪は素晴らしいよ」
チャーリーは、ああ、と額を押さえている。
覚えているのはそこまでだ。どんどん眠くなってきていたのも手伝ってあまりよくわからなくなり、いつの間にか眠っていた。
とにかく、カルランが先頭にたって、話は練られていくようである。
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