第55話 君に伝えたいこと①どうか傷つかないで

 わたしは人の顔を覚えるのが苦手だ。いきなりの大人数はさらに難しい。


 わたしはベビーブームの生まれなのだが、子供の数が多いと言われながらも小学校は2クラスしかなかった。それなのに6年間同じクラスにならなかった子については、顔はなんとなくわかるものの、下の名前は知らないぐらいだった。

 中学生になった時6クラスになって、本当に驚いた。当時は学区というものが存在したので、義務教育で都立なら、住んでいるところで学校が決まった。


 わたしの住んでいたところは学区を分けるには微妙な位置だったらしく、同じ小学校から同じ中学に行く人は少なく、クラスに知り合いは一人もいない状況だった。顔と名前を覚えるまでにかなり時間がかかったのを覚えている。そしてなぜか似通って見える。誰それと誰それって似てない?とわたしが言えば、似てないと返される。名前や顔を早くに覚えられる人はどうやって覚えるのか、伝授してもらいたいものだ。


 このスラムでもわたしは覚えるまでに時間がかかった。色とりどりの髪、そして瞳の色なので、覚えられそうなものだけど、やはり難しかった。やっとひととなりもわかってきたところだ。


 アジトのツートップは、最年長の13歳。ボスのトーマスと、副リーダー・赤毛のアルス。

 あくまでもイメージだけど、トーマスは剣道部主将タイプって感じがする。自分にも厳しいけど包容力がある。アルスは絶対、副委員長! 奔放な委員長に振り回されながらも解決していける能力を持つ感じ。トップのトーマスが振り回すタイプじゃなくてよかったね。


 12歳は5人。行動派のカルラン、マッケン、ソングク。トーマスに続き体の大きな3人だ。それから商人志望ってこともあって、おしゃべりなブラウン、おっちょこちょいで内気なナッシュ。

 タイプで言えば、ちょいワル先輩っぽいのがカルラン。ザ・男の子って感じの主人公を地で行けそうなヒーロータイプなのがマッケン。ソツなくなんでもこなしそうなスマート男子がソングク。この3人はいるだけで目立つ感じで、女の子にモテると思う。3人揃うと余計に目をひく。 

 ブラウンはクラスにひとりはいそうなウンチクが出てくるおしゃべりキャラで、ナッシュは、運動部に入ってなかなか成果が出なくて校庭の隅で泣いているのを見られちゃうタイプ、な気がする。


 11歳が2人。ムードメーカーのエバンスと泣き虫のケイ。

 場を盛り上げるのに道化者になることも厭わないお調子者のエバンス。

 その容姿からも保護欲を掻き立てられて、お姉さま方からかわいがられそうなケイ。


 10歳が4人。内気なホセとのんびりしたリックと、小柄なルシーラと料理好きのチャーリーだ。

 動物とか植物とか人外が大好きで、人とはあまり合わせられないようなタイプに見えるホセと、のんびりに筋が通り過ぎていて、人のことは気にせずに意思が強そうなリック。どこか品がよくて隣のクラスの転入生風なルシーラと。オカン属性の男の子なイメージのチャーリー。


 そしてなぜかアジトを気に入っている、13歳のソレイユとその弟の9歳のラオス。

 ソレイユは間違いなく、生徒会先輩キャラだね。ラオスはそんな先輩が大好きで自分以外を近づけないよう色々画策しそう。



 ちびちゃんたちが寝静まってから、思い思いの体勢でみんなでおしゃべりする。わたしは寝てしまうことが多いんだけどね。ランタンを中心に、なんとなく円になっている。


 真ん中のランタンを明るくしているのは火ではなく夜光虫だ。

 この世界では夜に光るその虫を『夜光虫』と呼んでいて、その辺にいくらでもいる。ランタンにちょろりとお水を垂らしておくと、それを飲み水として一晩くらいは中にいる。ちなみにトイレの明かりとりも夜光虫だ。お水を入れておけば勝手に入ってくるからね。

 そしてさらに夜光虫は甘いものが好きということがわかった。お水をちょっと甘くしておくと、驚くぐらいの夜光虫がランタンに飛び込んでくる。だから、真ん中はかなりな明るさだ。

 アジトではみんな仲がいい。いつもこうしていっぱい話しているからかもしれない。



 会話は多岐にわたる。仕事のこと。ご飯のことや、知り合ったサラちゃんのこと、いろんな話に飛びはしたが、聖水のことがやはり頭によぎった。

 昨日ポーションを売りに行ったが、聖水が流行っているため、ポーションの需要がなく、安くなった。聖水は効かないことがあるところを訴えたけど、聞き流された。子供の言い分なんか誰も聞いてはくれない。わたしはわりと根に持つタイプなので、その憤りをみんなに訴えた。


「価格破壊なんて死活問題なのに。それをさ、ギルドとかが何もしないのがおかしいと思うんだよ」


「まさかそれが悔しくて泣いたの?」


「泣いてないし」


 左隣のソレイユに慌てて言って、その隣の隣のチャーリーと目が合う。


「ふうーん」


「だからさ、偉い人に正して欲しいよね、全く!」


 ソレイユのふうーんを無視して強引に結論を導き出す。話題を変えなくては。


「どうしたらエライ人って動いてくれるんだろう……」


 わたしの対角上にいる気弱なケイが呟くように言う。


「っていうかさー、聖女を見たことあるやついるか?」


 みんな首をかしげる。


「だろ。見たことないのに、なんで聖女の聖水があるんだ?」


 エバンスの問いかけに、カルランがバッサリ。


「だから、そもそも聖女が作ったってのも嘘なんだよ」


「それじゃぁ、偽物を売ってるってことか?」


 理解の度合いは皆違うらしい。

 わたしはもちろん聖女ちゃんを知っているし。聖女と呼ばれる瘴気を浄化できる者が、聖水を作るっていうのも意味わからんと思っている。


「聖女といえばアルバーレンだよな。すっごい迷惑だ」


 ブラウンが憤慨する。


「でも瘴気を浄化させる聖女を喚んだんだろ? 凄いことじゃんか」


 呑気な口調でマッケンが言った。彼は完全に寝転がっている。


「召喚を成功させたのって、第一王子なんでしょ? やっぱり凄いな」


「何が凄いんだ?」


 憧れるように言ったナッシュにソングクが突っ込む。


「12歳の時に大陸の武闘会で優勝したツワモノだって聞いたよ。それに切れ者って」


「そんな凄い人なのに、女の趣味が悪いのか」


「趣味が悪いの?」


 リックが不思議顔で尋ねる。


「ほら側室の話聞いたことあるだろう? 今もまだ探しているらしいぞ。それはあの国だけに限らないけど」


 ソングクはしたり顔で頷く。


「側室って、ああ、器量が良くなくて、目つきが悪い」


「黒髪に黒い瞳でどっしりしてるって。歩くたびにドスンドスンって地面が揺れるんだろ?」


「丸々肥えていて、グリンスを片手で倒せるぐらい強いって」


 知らないとはいえ、本人前にしてよく言うよ、君たち。


「へぇ、そんな強い女なのか。王子は強い女が好きなんじゃないか?」


 マッケンが思いついたというように言って、寝転ぶのをやめ座り直した。


「それはわからないけど、王子がそこまで執着している女だから、他国も興味津々で大陸違いの奴らも探しにきてるらしいぞ」


 と、カルラン。

 王子のスペックが高いゆえに付加価値がついてしまったってこと? なんて迷惑な!

 まぁ、側室なんてそんな人はどこにもいないからいいんだけどね。


「他の国は探してどうするんだろう? 報奨金狙いってこと?」


 ケイが首をかしげる。


「んなわけねーだろ? その側室も聖女じゃないかって言われているし、子供ごと攫うんだよ」


 ケイの隣のカルランはケイの額を指で押す。


「ああ、浄化させるためか?」


 エバンスがみんなの顔を見渡す。


「それだけじゃないだろ。それだけ王子が夢中になるぐらいだから、体がいいんじゃないかって大人が言ってた」


 ブラウンが口を挟む。


「体がいいってなんだよ? 丸々肥えているのがか?」


 エバンスが驚いたように尋ねる。


「サルベさんは胸と尻が大きいのがいいって言ってたよ」


 サルベさん、子供の前で何を言ってるんだ。ホセは大工のサルベさんに懐いているときく。


「違うよ、アレんときの話だろ?」


 マッケンが意見する。


「アレんときってなんだよ?」


「アレはアレだよ」


 トーマスとアルスにちらりと見られた気がした。


「あのさー、ランディは……子供の作り方、知ってるよね?」


 アルスがなんともいえない微妙な表情でわたしに尋ねる。みんなの視線が一気に集まる。


 わたしは頷く。


「3歳の時には知ってたよ」


「3歳?」


 わたしの右隣のトーマスが変な声を出す。


「お前、それはマセすぎじゃねーか?」


 ソングクに突っ込まれた。


「まぁ、精神年齢高いからね」


 わたしはニヒルに笑って見せた。

 アルスはちょっと考え込む。


「あのさ、じゃぁ、どうするのか、言ってみてよ?」


 アルスの隣のカルランが、おい、とアルスの肩を掴んだ。


「なんだ、みんな知らないの? 教会に行って届出をする。神官様に祝福をしてもらって結婚したら、神様に伝わる。神様が佳い時に神鳥ペリカーンを使って、赤ちゃんの魂を届けてくれる。そうすると、母親のお腹の中に赤ちゃんが宿るんだよ」


 みんながなんとも言えない顔をした。ラオスには馬鹿にしたように笑われ、隣のソレイユがラオスを小突いた。


「まぁ、ランディだからな」

「賢いけど抜けてるからな」

「信じちゃったんだね」

「ランディだねぇ」


「なんだよ、どう言う意味?」


 すると、男の子たちが活気づき一から十まで、きちんと生殖方法を教えてくれた。元の世界と違いはなかった。

 モードさん! 嘘言わないでって言ったのに! 


 しばし呆然としていたからか、アルスが心配そうに声をかけてきた。


「ショックだった? でも、知識はあった方がいいと思うんだ」


「うん、特にランディは抜けてるからな」


 ソングクも頷いている。

 トーマスが口を開く。


「男と女は役割が違うだろ。だから持っている能力も違う。だいたい女より男の方が力が強くて、その力で守らなきゃいけないのに、考え違いをして無理矢理襲うやつもいる。女はそれで赤ん坊が宿ることもある。

 ランディは賢いからわかっていると思うけど、嫌な考えを持つ奴もいるからこのことは知っていて欲しかった。いらない子供が増えても、俺たちみたいのが増えるだけだからな」


 あ。

 子供に性教育されてるよ、なんて軽く考えてしまった自分をひっぱたきたくなる。

 わたしの知っている子供の概念と違うって思っていたけど、この子たちは自分の境遇とこれからのことを考えて、そうならずにはいられなかったんだね。


「わかった。心する。教えてくれて、ありがとう」


 そう言うと、みんなの顔がホッとしたように緩んだ。


「教えるついでに、まぁ、貴族の異性とふたりっきりになることなんてないと思うけど、貴族には隠語っていうのがあるんだ」


「貴族の隠語?」


 エバンスが首を傾げる。


「暗号っていうか、その言葉を出すと、そう思われるってのがね」


「へぇ、どんなのなの?」


 ケイが促す。


「朝日が見たい。朝食を一緒に食べる。疲れたから休みたい。眠い。これ、全部誘いの言葉だから。異性とふたりでいるときだけどね。まぁ、貴族とふたりってことなんてないとは思うけど、ランディなんて、ものすごく言いそうだろ」


「いつでも、どこでも、眠くなるもんな、ランディは」


 何だと?

 でも確かに。眠いなんて普通に言うよね。休みたいも言うし、朝ご飯一緒に食べようを深読みされても困るだろう。なんか、頭の中をかすめた気がしたけど、かすめただけだったんで気にしないことにする。大事なことなら、いつか思い出すだろう。


「へぇー。貴族ってめんどくさいんだな。やろうはやろうでいいじゃんかなー」


 大雑把ではあるけれど、真髄をズバッと貫くマッケンはあっけらかんと言う。


「まーなー。でもアルス、よくそんな貴族の隠語?なんか知ってるな」


「……前に、貴族の屋敷の侍従見習いの仕事した時に教わったんだ」


 アルスは口八丁で切り抜ける。みんなには言ってないのか。まぁ、そうか、言わないか。


「貴族とはかかわったりしないだろうけど、変な大人もいるから気をつけないとだよな、特にチビは……」


 どうしてわたしを見るかな、みんな。


「ランディ、誰かになんかくれるって言われても、絶対について行くなよ」


 ? カルランはふざけているんだよね? わたしは何の心配をされているんだ? 飴くれるって言われたらついて行きそうに見えているの?


「あのねー、子供じゃないんだから」


「「「「「「「「「「いや、子供だろ」」」」」」」」」」


「あ、子供でした」


 わたしはすぐに撤回した。


「でも、迷惑だよな。子供がいらないなら作らなきゃいいのに。なんでするんだろう?」


 ナッシュはつまらなそうに口を尖らせた。


「そりゃ仕方ないさ。種族を増やすよう、魂に刻まれているんだ。本能だ」


 カルランが言って。エバンスは隣のナッシュを慰めるように頭を撫でてあげている。


「そうそう。必要なことだから、みんなやりたくなるように、気持ちいいんだって」


 ホセはサルベさんから聞いたのだろうか。


「「「「「へー、そうなんだ」」」」」


 みんな興味深そうな顔をしている。

 嗚呼、これが発展するとわい談になるのね。

 こんなあどけない子供たちが、こうやって大人になっていってしまうのね。


「おい、大丈夫か?」


 隣のトーマスに言われて頷く。


「大丈夫だよ」


「お前のことだから、嘘教えられたとか思ってるんだろ?」


 なんでわかるんだろう?


「じゃぁさ、お前、今聞いたこと、メイに教えられるか?」


 え? ええと。それはとてもいいにくい気がした。

 5歳のメイにも難しいのに、いくらほんとは大きいといっても見かけが3歳児に話すのは難しかったことだろう。モードさんにものすごく悪いことをしたかも。

 わたしの顔を見て取って。


「な?」


 と、トーマス。


「そうだね、できないや」


 わたしは頷いた。

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