第54話 君が教えてくれたこと⑨ 出会ってくれてありがとう
休息日、川原に行く班と、森に行く班に分かれた。夕方には昨日の中級ポーションの少女に髪を切ってもらうことになっているので、それまでに帰ってくる約束だ。ちびちゃんはもれなく川原で、わたしは森に立候補。
今日も順調に高いもの鑑定をかけ、危険なものは排除して、素材をゲットする。
森に初めて組のソングク、カルラン、ナッシュ、マッケンも小さめの魔物なら難なく狩れたし、わたしより敏捷性が高いこともあって、危なげはなかった。川原の仕掛けが頭にあったせいか、罠を張ったりもして、森に来たがっただけあって、生き生きとしている。
罠なんて、仕掛けてからある程度の時間が必要だと思ったのに、ラッキーなことにすぐにかかった。落とし穴方式のもので、猪みたいな魔物を狩ることができた。微妙な大きさだ。大きな獲物が取れた時は、誰かがギルドから荷車を借りてくることになる。街から少し離れたところから、バッグからは出して、みんなで運ぶのだ。この間のサイもどきもそうやって運んだのだが、結構めんどくさかった。一応、わたしのマジックバッグは大人には分からないようにしたいからだ。特にここのギルド信用ならないしね。荷車のめんどくささと秤にかけて、みんなでなんとか捌くことにした。
わたしには魔物でもどうしても捌くことは難しい。皮を剥ぐっていうのと、内臓がダメだ。個別になっていればそうでもないのかもしれないが、あの繋がってる感、これで生きていた感に、目がまわる。今までも何度か挑戦はしたが、意識が遠のきそうになるところで、誰かに後ろに引っ張られる。倒れられる方が迷惑なのでやめとけと言われた。ごもっともです。ごめんなさい。大変申し訳ないが、匂いが凄いので、少し離れたところで座り込む。肉の塊からならいけるんだけどな。
罠に魔物がかかった時はちょっと興奮した。本当に狩れちゃうんだもん、スゴイ。
元の世界でも一度だけやったことがある。こちらは未遂?となったのだが。
確かな記憶ではない。小学校に上がる前だったからな。近所のお兄ちゃんたちがやり出したんだよね。道徳の教科書に挿絵が載ってたとかなんとかで。木の棒に紐を巻きつけて、その先は自分たちで持つ。ザルを用意して、地面に被せるようにして置く。木を縦に置いて、ザルの片側を支えさせる。ザルの下にお米を撒いて、鳥を待つ。鳥がザルの中の米を食べに入ってきたら、その木の棒を引いてザルで逃げられないようにするってものだ。
その挿絵のようなことで、本当に鳥を捕まえることができるのか試してみるということだった。その木の棒でザルの一箇所を支える仕掛けが難しくて、なかなかできなくて。
やっとできて、お米を撒いて。そしてわたしたちは、紐を持った先で腹這いに寝転んで鳥が来るのを待った。道路の真ん中で。
覚えているのは、棒が全然うまく立たなくて飽きて違う遊びをしたいと思ったことと、道路に寝転んだときにアスファルトをあったかいなと思ったのと、実際逃げられたんだけど、鳥が来て、紐を引っ張ったのに、木の棒が倒れなかったことかな。
姉は学校から帰ってきたら、ちびたちが団子になって道路に腹這いに寝転んでいたので、度肝を抜かれたらしい。それからことあるごとに姉から揶揄われ、その話をしてくれたから、覚えているんだけどね。
でもさ、紐もそんな長さがあるわけじゃないから、多分その罠の1メートルも離れていないところで、子供5人ぐらいが寝転んでいたんだと思うんだよね。全部見えているのに、よく鳥来たなと思って。鳥にしたら、動いていなければ、人だか物だか判断つかないものなのかな。
この人数でくるとかなり成果をあげることができた。でも、みんな口を揃え、それを全部持ち帰れるのもわたしのバッグがあるからだという。
荷車を街外れまで持ち出すのだって大変なのだ。それを森の中からなんてできないから、やはり手に持てるだけ、運べるだけになっちゃうもんね。
スラムで使えるマジックバッグがひとつ、必要かもしれない。
戦利品の配分をみんなで決める。誰も個人的な報酬は求めない。いえ、はい、わたしだけスライムの魔石を欲しいと言ってもらっている。
午後の早い時間には森から出て、ソレイユとわたしで素材などを売りに行く。
懐が淋しくなってきていたので、こんな時用の予備のポーションを売った。アルスの時と同じような説明がされてひとつ300Gだった。聖水は効かないことがある危険なものだってのも訴えておいたけど、聞く耳持たず、だ。
夕方になると約束通り、少女がスラムに来てくれた。ソレイユとラオス以外はみんな切ってもらうことにした。少女はサラちゃんという名前だった。サラちゃんは、なかなかカットが上手い。みんなの顔立ちを見て、こうした方が柔らかく見えるとか、男らしいとか子供たちと話して決めて、上手にカットしてくれた。ソングクがカットしたらすっごくかっこよくなってた。
わたしも前髪が短くなって見えやすくなり、後ろとかも伸びてきてて跳ねちゃう悩みにしばらくは解放されそうだ。
中級ポーションで、弟さんの怪我は驚くほど良くなったらしい。よかった。
今日はお米を使った食事だ。昨日ライズをお披露目しようと思ったけれど、帰ったら当番の子たちがご飯を用意してくれていたのだ。
今日はサイもどきのお肉で、角煮丼だ!
塊肉を茹でるので脂も取れるしね。
最初のお米はやはり丼物がハズレなくいけるだろう。玄米にするか白米にするか迷ったけど、最初は食べやすさ重視の白米で。明日は玄米にして様子を見ようっと。
お米のとぎ汁で塊肉を茹でる。わたしは角煮が大好きだ。どうするのが一番好みの柔らかさになるのか、いろんなレシピを試した。酒で茹でる、焼いてから茹でる、茹でてから焼き色をつけるとか。圧力鍋とか。ほんといろいろやって、いろんな柔らかくなり方があったけれど、わたしが一番好みで手間もないと思ったのが、とぎ汁を使ったレシピだった。とぎ汁で水から沸騰させて30分煮る。そして冷ましてまた煮るを繰り返す。とぎ汁は変えなくてもいいから、時間はかかるけど、楽ちんだ。そのあとにネギの青いところとくささ自慢の野菜と甘だれと一緒に煮ると、とぉってもわたし好みの角煮となる。
キュウリもどきリキュウを塩で揉んだお漬物に、コンダイのお味噌汁。
ご飯が進みそうだ。
「ランディは食事を作る時、何を考えて作ってるの?」
「おいしいの食べたい」
手を動かしながらも、チャーリーが吹き出す。
「でもね、おいしくなあれって思いながら作ると、本当においしくなるらしいよ」
「嘘、魔法?」
「心意気で違うんじゃない?」
「そういうもの??」
わたしたちは顔を見合わせて笑う。
「まぁ、どんなんでも、おいしくなるならいっか」
「うん、細かいことは気にしない。ただ、そうだな、体は食べたものでできているって覚えておいて」
これが口に入る。これで体ができていくって思えば、悪いものは作れないと思うんだよね。
「食べたものでできている?」
「うん、食べたものが骨を作って血を作って、力になって、わたしたちは生きていられるんだ」
難しいことはとっぱらってなるべくシンプルに。体が欲しがるものを食べる。自然が用意したものをいただく。基本はそれでいいと思う。
「そっか。父ちゃんが言ってたのは、それだったんだな」
チャーリーが呟くように言った。
「お父さん?」
「父ちゃん、料理人だったんだ。小さな店やってた」
「へー、そうなんだ」
頷きながら、それで納得できると思った。
「味とか、そういうの全然覚えてないけど。体は食べたものでできていくって、よく言ってた気がする」
「お父さんを見ていて料理が好きに?」
料理に勘が働くと思っていたけど、きっと見ていて覚えていたんだろう。
でも、その考えは外れた。
「いや、あの頃はちっちゃかったし。……店に来た客が喧嘩してさ。それを止めようとしてとばっちりで父ちゃん死んじゃったんだ」
え……。
「そっから母ちゃんとふたりになったんだけどさ。母ちゃん、父ちゃんのことが好きすぎたみたいで、父ちゃんがいなくなったら、おかしくなっちゃったんだ。スープは母ちゃんの担当だったんだけど、まずその味が変になった。それからひとりでブツブツなんかいうようになって。
おれそんで初めてスープ作ったんだ。母ちゃんに元気になって欲しくて。だけど飲むより前に、スープぶちまけられて、それから、ぶたれたり蹴られたりするようになった。おれがスープ作ったから母ちゃんが壊れちゃって。おれがいたら母ちゃんダメになると思って、おれ家を、街を飛び出したんだ。
流れに流れてこのスラムで暮らしてきて。それから何食べても味なんかしなかったのに、一度もスープのことなんて思い出さなかったのに、ランディのすいとん食べたら、おいしいって思えてさ、思い出して。おれも作って、みんなにおいしいって思ってもらいたいって思ったんだよ。えっ」
速攻で、チャーリーにタオルで顔を押さえられる。
「なんでランディが泣くんだよ。やめてよ。ランディが泣くと、いろんなとこでめんどくさいのが発生しそうだから、ほんとやめて。勘弁して」
「なんだよ、それ」
小さく吹き出す。
「ごめん」
チャーリーでもないのに、泣いて。わたしの価値観で人をどうこういうのは間違いだってわかっている。でも、元気になってもらいたくて作った初めてのスープで、大切な人を壊してしまったと思ってしまった時、チャーリーはどれだけ辛かっただろう。哀しかっただろう。
「ああ、もう。おれはそんなんでも親の記憶があるから、恵まれているかもね。クリスとベルンやメイは赤ちゃんの時からいるみたいだから、本当に親を知らないと思う。まぁ、居るから良いってわけでもないだろうけどね。え、ええっ。なんで余計泣くかな。泣き止んでよ。誰かに気づかれる前に」
チャーリーの声が切実だ。
わかってる。失礼すぎていることは。でも、辛くても、哀しくても、チャーリーは行動した。それ以上お母さんが壊れないように自分がいなくなることを選んだ。そうやって、生きてきた。
そんなことがあっても、お父さんとお母さんを慕っていて。そんな記憶のない下の子たちに、その分愛情を注いでいるんだろう。
「……チャーリーがこの街に流れ着いて、スラムにいてくれて、よかった。わたし、チャーリーと出会えて嬉しいから、ここに居てくれてよかった。ここに居てくれてありがとう。わたしと出会ってくれてありがとう」
君が教えてくれた。君たちが教えてくれた。
未来は広がっているってこと。
傷ついても立ち止まらない強さ。
人は温かく優しいのだということ。
力を合わせると凄いことができること。
道は開けるということ。
生きるのは楽しいということ。
明日はきっともっと楽しいということ。
変化が苦手なわたしの背中を押して、いつも新しい発見をくれた。それはいつだってワクワクにつながる楽しいものだった。
わたしと出会ってくれてありがとう。ここに在ってくれてありがとう。わたしとかかわってくれてありがとう。
わたしはそれしか言えないけれど。
「おれも、みんなもそう思ってるよ。ランディと出会えてよかった」
チャーリーが特大の笑顔をくれた。
食べ始めた時、無言だったので、米はダメだったかと焦ったけれど、お皿を持ち上げて掻き込むのを見たときには、小さくガッツポーズしちゃったよ。
丼はうまいよね、間違いなく!
お味噌汁も初めての味だといいながら、おかわりでたし。昆布も鰹節も煮干しもないから、ものは試しに魚の骨をカラッカラに焼いて、錬金釜で粉砕した粉を入れたら、ちょっと味に深みが出た。これはいろんなところで使っていこう。
明日のお弁当は玄米おにぎりを試そう。玄米だから今のうちから浸水させて。おにぎりの中にはお味噌を仕込んでね。コンダイを塩で揉んだ漬物と一緒にね。
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